君思ふ



「赤と金が貴方にはお似合いだわ。」

そう言って微笑んだ、あの笑顔が忘れられない。何よりも愛おしくて、一生守りたいと思ったあの笑顔。

今、彼女はどうしているのだろう。
あの笑顔は、まだあるのだろうか。


一人、暗闇で掌を握る。
冷たい床に打ち付けては、乾いた喉を鳴らす。
もう、どれだけ月日が経ったかなど覚えていない。
けれど、あの悪夢の日のことだけは鮮明に覚えている。忘れることなど出来るわけがない。

親友だと思っていた彼の裏切りは、容赦のない槍の雨となってシリウスを打った。
赦すことなど出来るはずもなく、やり場のない怒りが消え去ることもなく、ただただ怠惰に消費されていく日々を虚しく過ごすだけ。

憎しみが巣食い、心を蝕めば、
それこそ邪のようだと理解しながら、
それを抑えることなど出来なくて、
心が病み堕ちて、
いっそ気が触れてしまえば良いと思い続け、
それでも、あの眩しい笑顔がどうしても見たくて、
意地汚くも、逃げる事を諦めはしなかった。

スリザリンに、純血主義に逆らい続け、
親に牙を剥き、運命に逆らって生きていたあの頃。

認めてくれる仲間と、同時に手に入れたのはマリアのような慈愛に満ちた瞳。
グリフィンドールに入ってなお、付け回って来る純血主義に吐き気を感じながら、やはり自分はブラック家でしかなかったのかと、半ば諦めていた時。

彼女は、笑っていた。

「赤と金が貴方にはお似合いだわ。」

そう言って。
迷う度助言をくれる彼女もまた、由緒正しい純血でありながら純血主義に異を唱える一人だった。
優しく強い彼女に、どれだけ惹かれた事か。
マリアのような、あの包み込むような優しさにもう一度触れたい。

逢いたい。
狂おしいほど愛おしい。
今君は何をしている?

私を、忘れてしまっただろうか。
まだ、泣いてくれているだろうか。
それとも、私が裏切ったと、信じているのだろうか。

その瞳が憎しみで歪んでいようと、逢いたい。
君に会えれば、それでいい。そう、それだけで。

黒い影が視界を過る。
この記憶だけは、失ってなるものかと必死に掻き抱く。渇き切った喉を震わせる。

「ルネ…」

堪らなく、愛おしい―――――



「シリウス……?」


久々に帰った我が家に、大して思う所もなく。あるのは下らないと一蹴してしまえる記憶ばかり。

だが、ルネを最初にこの家に連れて来た時の思い出は温かいまま此処にある。
家に来る事を拒んだにも関わらず、強引に彼女はクリスマス休暇に付いて来た。

最初は彼女がそこまで来たがる意味が分からず困惑したが、休暇明けに学校へ戻った時、その意味がなんとなく分かった。
純血、純血と五月蠅かった母が、手紙を寄こさなくなったから。

それは反発する自分に対して毎週のようにして送られてきていた。
だが恋人が由緒正しい純血だと知るや否や、母は以前より五月蠅くなくなった。
それが彼女の狙いだったのだと気付いた時、頬が緩むのを抑えられなかった。


その思い出が残る自分の部屋を眺めていた時、後ろの扉から声が掛かる。
聞き間違うはずなどあるわけがない。
ずっと、ずっと、
聞きたくて堪らなかった声。

ゆっくりと、背後を振り向く。
そこには、覚えているよりも歳を取っている愛おしい恋人の姿。
変わらない面差しに、胸を撫で下ろす。
ルネまで変わっていたらと、恐ろしかった。

両腕を広げ、笑顔を向ける。
だが、彼女の表情は曇ったまま。
どうしたのかと首を傾げると、徐々に近付いてくる彼女。

そして、頬を思い切り殴られた。

あまりの痛みに涙が浮かぶ。
枯れ果てたと思っていた涙腺はまだあったか。
唇の端に触れ、痛みに顔を顰める。
指先を見れば赤い血が付いていた。

顔を上げ、抗議しようとすれば、温かな温もりに包まれた。

優しく、陽だまりのような香りがする。
懐かしく、ずっと求めていた感覚に、固まってしまう。
力いっぱい抱きしめられているのは分かるが、痛みは無い。

それはルネが小刻みに震えているからなのだろう。

再び、目頭が熱くなる。
ルネの温もりを確かめるように、
存在を確認するように、
彼女を強く掻き抱いた。

それに痛がる素振りも見せず、一層強く抱きしめ返される。

やがて、長い間抱き締め合った後、
震える声でルネが呟いた。

「おかえりなさい。」

どうしようもなく愛おしくなって、彼女の両頬を掴み、顔を覗きこむ。
涙のせいで真っ赤な瞳。
それが、愛おしい。
溢れ出す気持ちを伝えたくて、唇を近付けた。

触れ合う熱が、
柔らかさが、
今自分が生きている事を伝えていた。
それと同時にルネの存在の証明が、嬉しかった。

「ただいま。」

応えを返す。
またマリアの微笑みが見たくて。



願い続けた君の笑顔を、今度こそ手放さない。


end
貴方の帰りを、ずっと待っていた。

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