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「うわぁ…寒い…」

はぁ、と指に息を吹きかけているルネを横目で盗み見る。
細く白い指は真っ赤に染まっていて見るからに痛々しい。

僕はそっと、自分のコートのポケットに視線を落とした。そこは僕の手の体温が籠っていて温かい。思い切って顔を上げた。ら、

「何処行こうか?」

きらきらの笑顔に阻まれた。

「あ、…ぇそうですね。」

しどろもどろな返答しか出来ないのが情けない。溜息を吐き掛け、慌てて引っ込める。
今日は隣にルネがいるのだ。
それだけで落ち込んでいたはずの心は急激に浮上する。

「ルネの行きたい所に行きましょう。」

にこりと、笑いかけてみた。
すると彼女は驚いたように目を見張った後、すぐに微笑んだ。
その笑顔に思わず頬が緩みそうになる。
が、

「そっか。シリウスとジェームズだったら勝手にスタスタ行っちゃうから、意見聞かれるのって慣れてなくて…」

はは、と笑う彼女に対し、僕は上手く笑えなかった。
ここでも邪魔してくるのか、悪戯仕掛け人。いつもルネと来てたなんて羨、


軽く頭を振って心の声を薙ぎ払う。
平常心平常心と自分に言い聞かせ、ルネを見る。彼女は腕を組み、真剣に悩んでいるようだった。
それがとても微笑ましい。するとルネがちらりとこちらに視線を寄こす。僕が首を傾げると、彼女は少し困ったように微笑んだ。


「ねぇ、二人で回るんだし、二人で決めない?」


僕は目を瞬かせた。
まさかそうくるとるとは。
きっと自分の行きたい所を何個かあげてくるのではと思ったのに。

実際今まで二人っきりで行った女性たちは行ききれないほどの場所の名を上げ、へとへとに成る程レギュラスを連れ回した。
その後、辟易したレギュラスがその女性と縁を切ったのは言うまでもなく。
それは一度や二度ではなかった。
だから当然、女性はそういうものなのだと決め付けていた。


「……じゃあまずは三本の箒に行きましょうか。」
「あ、いいねっバタービール飲みたい。」

朗らかな彼女を、陽だまりのようだと思った。



「ちょっと、シリウス!落ち着いてっ!!」
「放せっエバンズ!!アイツぶん殴ってやる!!ルネにデレデレしやがって…ッ!!」

今にも物陰から飛び出て行こうとするシリウスをリーマスとリリーが必死で抑える。だが、逞しい彼を細身の彼らが抑えるのには限度があった。

すると、ジェームズが眉間に皺を寄せながら、シリウスに話しかけた。

「今はまだダメだよ、パッドフット。…何もしてないからね。」
「だからってジェームズ!!ルネも警戒心なしにヘラヘラしてるし…何かあったらどうすんだよ!!」
「証拠がなかったらこっちが不利だ。…スリザリンが仕掛ける直前に動かないと。」

ジェームズの冷静な言に、シリウスは渋々押し黙り、再び物陰に隠れた。
ほっと、溜息を零すリリーに対し、リーマスは冷ややかだった。

「本当なら今すぐにでも呪いをかけてやりたいのに…」

「…え?」

三人の言が重なったのは言うまでもなく、彼から漂う負のオーラから視線を逸らした。



「…付いてますよ、口元。」
「え?嘘、どこ?」
「あ、そこじゃなくて…ここです。」
「おぉ、ありがとう。」
「どういたしまして。」



「な、なんだい、アレ…!!まるでカップルじゃないか!!」

わなわなと、怒りと嫉妬に燃えているジェームズ。シリウスは見たくもないと言う様に一心不乱にバタービールを煽っていた。
リーマスはと言うと、二人から一切視線を外さない。

三人の表情を一瞥し、リリーは再びルネ達に視線を向けた。

仲睦まじく会話をして盛り上がっている二人は、事情を知らない者たちからすればさぞ仲のいい恋人同士に見えるのだろう。

楽しそうに笑うルネを見て、リリーは胸を痛めた。尾行をしている事が後ろめたかったのだ。

本当にレギュラスは何か企んでいるのかしら…

見れば見る程、それは杞憂の様に思えた。
ルネと実に楽しそうに笑う姿も、彼女を見つめる視線と表情も、ルネを敵視している男とは思えない。

そう、どちらかと言えば、悪戯仕掛け人の視線に近い様な…

「…リー、リリー!!」
「ぇ、何?」

飲み干してしまった瓶底を見ながら、物思いに耽っていたリリーは、ジェームズに名を呼ばれ慌てて顔を上げた。
すると彼は怪訝そうな顔をしたものの、深くは追求しなかった。

「ほら、あの二人行っちゃうよ。」

彼の言葉に、また胸がチクリと痛む。
その迷いが顔に出ていたのか、彼は少し眉を寄せていた。

「何も無かったら、それでいいんだよ。」

心の中を見透かされたように言われ、はっと顔を上げジェームズを見つめた。
彼の瞳はレンズ越しに分かるほど透き通っていた。まるで何事もない事を祈るかのように。

「僕だってルネの恋路を邪魔する気はないし、彼女が好きな人と両思いになれるならそれが一番だと思ってる。」

思いもよらない彼の本音に、リリーは驚きのあまり目を見開いた。
それを見たジェームズは些か恥ずかしそうに頬を掻く。その頬は少し朱が散っていた。

「そりゃ、ルネは僕の可愛い妹だけど、だからって僕が束縛していい訳じゃないしね。…シリウスとリーマスがどうかは、知らないけど。」

少し困ったように微笑みながら、でも、と彼は続けた。


「ルネが傷つくようなことが、あってはいけないんだ。」


強い意志を持った瞳が、レンズ越しにきらりと光った気がした。
息を呑むリリーに、彼は髪をくしゃくしゃにしながら言った。

「ちょっとくさかったかな。」

「…いいえ。そんなことない。私も、ルネが幸せならそれが一番だと思うわ。」

心の底からの想いを吐露すると、ジェームズはほっとしたように微笑んだ。
その笑みが静かに目に焼き付いた事は、後世までの秘め事である。


「それじゃあ、見失わないうちに行こう。」
「…えぇ。」


ジェームズに続いて店を出たリリーは、冷気のせいではなく、赤みを帯びた頬に手を当てた。


寮に帰ったら、ルネに報告しなきゃ。
彼女は一体どんな反応をするだろうか。
幼馴染の兄のようやく叶った片思いを喜ぶだろうか。それとも、

キラキラと輝く親友の表情が容易に想像できて、リリーはそっと微笑んだ。


(早くあなたに話したい)



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