ゆらりと、夜の闇が揺れる。
笠を目深に被った男と女が路地裏を音も無く行く。
辺りは静寂で満たされ、風に遊ばれる葉音が小気味よく響いた。

男より先をひた歩く女は辺りを注意深く観察しながら先を急いだ。
その後ろを男がゆったりと余裕を含ませて進む。
対照的な二人の様子を見る者はない。

路地を抜ければぽつぽつと住宅からの明かりが差し込む。
閑静な住宅街に不釣り合いな貼り紙を見つけ、男は目を眇めた。

―過激派攘夷志士 高杉晋助―

それを見て、彼の口端が吊り上がる。
別に何が面白いわけでもない。
ただ、まるで鏡を見ている訳でもないのに、あちらこちらで自分の顔を見るのは少しだけ愉快だった。

「早く行かないと危ないっスよ。」

先を急いでいる女が振り返り、声を掛ける。
男は何も返さず、己が写る貼り紙から顔を逸らした。
上がった口角を隠すように笠を深く被る。

さぁ、この辺りに住んでいるという旧友に会うのも久方ぶりだ。
その事だけが男の足を動かす理由だった。



「晋助様、本当にここで合ってるんスか?」
「あぁ。間違っちゃいねぇ、此処だ。」

晋助がそう答えると、女は怪訝そうな顔で扉を見た。
簡素なマンションの一室の前で二人は立っている。深夜であるから、人が通る気配もない。
しげしげと扉や電気メーターやらを眺めた後、女は納得がいかなそうに軽く首を傾げた。

「こんな普通の所に居るんスね。…巴御前。」

ふ、と晋助は笑った。
その渾名を聞いたのも何時振りだろうか。
攘夷戦争の後、一緒に来いと差し伸べた俺達の誰一人の手も取らず、何処かへ消えたアイツが、江戸にいるかもしれないという不確かな情報を頼りに探し出した此の場所。
戦場で不釣り合いな程、華やかに翻る赤い長髪を思い返しながら、インターホンを押した。

間抜けな音を2、3度響かせる。
もう1度押す為に指を伸ばすと、ガチャリと鍵の開く音がしてゆっくりと指を下ろした。

扉の隙間から見えたのは相変わらず見事な赤髪。
俯いていたその眼光が長い前髪の中からこちらを映す。
赤茶のその眼光は鋭く、闇夜に光って見えた。

何一つ変わらぬその威圧感に晋助が口端を上げると同時に、その隣で女が息を飲むのが分かった。
笠越しにでもその眼光に気圧されたらしい彼女は硬くなった唾を嚥下していた。

「久し振りだな。…巴。」

黒の着流しを纏った“女”巴は、特段驚く様子も見せず、不機嫌そうに目の前に佇む旧い友を睨んでいた。


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