足元、暗いから気をつけてな。彼の持つ懐中電灯の明かりがふらふらと彷徨い、羽虫も集まりつつあった。校舎から少し外れたこの道、一応舗装されてはいるらしいが、とてもそうは思えないような林道だ。そんなようなことを呟くと、ここ、生徒が毎年秋に長距離走する時の道なんだぜ、と彼が笑う。僕なら絶対に嫌だと思った。そしてしばらくして、懐中電灯の光がひとつの建物を照らす。ひらけた場所にあるそれが、どうやら目的地らしい。
 漣さんは、どうやら水泳部の顧問に頼んでくれたらしい。幸いその壮年の顧問は彼の経歴を知ってから彼を気に入っているらしく、快く承諾してくれた。その代わり、今度飲みに付き合うことと、水泳部の練習に顔を出すことになったらしい。そんなのでいいのかと思ったけれど、まあ人脈や信頼も能力の一つである。彼はそういうところでやり抜いてきたところもあるのだろう。
 一括管理のライトを一気に付けると、まるでオリンピック会場の点灯式だ。巨大なプールと、ガラス張りの天井の姿が眩しい光に照らされたに。屋内だから天候に左右されないし、さすが金持ち校……と彼が苦笑していた。その分の予算をこっちにも回して欲しいらしい。
 薄暗いシャワー室で水を浴びた後、更衣室も少しだけ覗いた。水泳部の私物が転がっていて何とも生活感がある。そこにお邪魔するのは少し気が引けたので、持ってきたものはプールサイドに置いてしまった。僕があくせくし終わった頃に彼はもう水の傍で、腰を捻っていた。その下半身に纏った紺色の水着に、僕はおや、と思った。この前の大衆プールの時はもっとゆったりして柄も派手なハーフパンツ型の水着だったのに、今日はぴっちりと彼の肌に密着し、筋肉の筋もよく見える。それに踝まであるような、長いスパッツ型のものだ。
「あ、これ? 大学時代のさ、競泳用のやつ。働きだしてから流石にちょっと太っちゃったけど、入ったから良かった」
 それからも彼はまだ何か喋っていたようだが、さして耳には入ってこない。それよりも、足を後ろに引いて腱を伸ばす時の筋や、二本の脚が並んだ時の曲線や、見慣れたはずの彼のからだがとてもうつくしいものに感じられていた。さすがに見つめ過ぎたのか、ちょっと恥ずかしいんだけど……と笑われてしまったが。恥ずかしいのは僕のほうだ。勿論この前買った安物しか持っていないので、この豪華な競泳プールにはとても似つかわしくない格好だ。貧弱な体を恨んだことはそんなに無かったが、何となく薄手のパーカーを羽織り続けていた。
 彼もきちんとした競泳用のプールに来て、少し気分が高揚しているらしかった。僕をプールサイドに座らせて、はい脚バタバタさせてー、はい水掬って顔洗ってー、とインストラクター気取りだ。さっさと入りたいと不満を漏らすと、彼は水の中で呆れた顔をした。
「だってお前、放っておいたら準備も何もなしに突然飛び込み台から飛んだりするだろ」
「……なんでそれを」
「いっつもお前、いかにも真面目そーな顔して、突然変なことするだろ。どんだけの付き合いだと思ってんだ」
 だって、こう、憧れがあるじゃないか。真夏の日差しと、水に魅せられその勢いで思い切り飛び込む、みたいな。駄目だったのか……。いつかやろうと思っていたことを先に止められ、地味な準備運動の続きに戻らされる。不服だ。だがしばらく我慢して彼に付き合うと、やはり徐々に水との遊び方が分かってくる。最初は想像以上に抵抗が重くて、思うように動かなかったからだが、少しずつ水を掻き分けられるようになってくる。こちらを向く漣さんに両手を引かれて、いちに、いちに、と歩いていく。自分の神経とは少し遅れて動く感覚が、新鮮でおもしろい。プールの半分程まで辿り着くと、思ったよりも疲れているらしい、じいんと体全体が熱を持っていた。水の勢いでふわりと漣さんの胸に飛び込むと、彼の腕に難なく支えられた。――彼は僕に見つめられ、ん? と小首を傾げて微笑んだ。
「漣さん……」
「どうした?」
「たのしい……」
「あはは、そりゃ良かった!」
 あの日のテレビの特集や、大衆プールでの人々の気違えたみたいなはしゃぎようがようやく身を以て理解した。なにが楽しいのか全く分からないが、楽しい。海の時もそうだったけれど、水というのは一体人のなにを引き出しているのだろう。人間の体の六割は水だし、地球の七割も水だし、命のみなもとにでも還っているのかもしれない。いや、そんな難しい論理はどうでもいい。これはもっと元祖の感情だ。泳いですらいない、ただぱしゃぱしゃ水を跳ねさせ、歩いただけなのに、ただひたすら、たのしい。
「でもしばらく水飲み休憩な、泳ぐのはその後で。だからそれまで浮き輪取ってきて、それ乗っかって休んでな」
「漣さんは?」
「俺は……そうだな、好きに泳ぐのもいいけど、お前なに泳ぎなら分かる?」
「……?」
 漣さんは静かにはしゃぐ僕を笑っていたが、そう言って僕の腰を持ち上げプールサイドに座らせた。残念ながら、僕の水泳の知識なんて無いに等しい。彼は驚いていたが、まあお前なら無理ないな……と笑いながら、プールのスタート地点に立っていた。僕がもう一度プールに入って浮き輪の穴に体を沈めた頃にそちらを見ると、彼はシリコン製の艶々した水泳キャップに髪を仕舞って、さらにゴーグルまで付けていた。彼の色彩が一気に無くなり一瞬驚いたが、高い天井に響く声と笑顔が紛れもなく彼のものだった。
 祐月! 爽やかな彼の声色。なにかまぶしいものを見たと思った。
「個人メドレーするから、見てて。最初がバタフライで、次が背泳ぎ、平泳ぎ、最後が自由形で、クロール」
「……えっと」
「まあいいや、見てなくてもいいよ。ただ真ん中のレーン使うから、そこには入るなよ。あ、あと最初の合図だけ頼んでいい、マネージャー?」
 浮き輪に嵌ったままという、こんな間抜けな体勢のまま合図をして良いのだろうか。……ま、いっか。身体の力も抜いて、ぼんやりとよそ見をしながら、よーい、どん。
 バシャン! と鋭い飛沫の音がした。暫く水底に沈み静かになったかと思えば、勢い良く首から上が現れ、指先で水を分ける。バシャン、バシャン、バシャンと続くのが、バタフライの音だった。僕は最初こそ物珍しさに真ん中のレーンを眺めていたが、やがては目線を上に戻した。夏の夜空。幸いなことに、今日はうつくしい満月の日だった。一応都内であるのにも関わらず、星灯りすら見えるような、冴えた夜。僕はのんびりと星々を結び、架空の星座を思い浮かべて遊んでいた。
 バタフライの音が不意に止む。ぐるん、と波が回転するのが浮き輪の上でもわかった。次は、背泳ぎと言っていたか。背泳ぎの音は、バタフライよりも静かだ。両腕が歯車みたいにまわって、水面を叩きつけていく。星座遊びにも途中で飽きて、僕はふわふわ流されながら、月明かりを再びじっと眺めていた。うさぎを探すはずが、なぜかさかなの影を見つけてしまった。
 あ。
 また同じように、彼が端に届いて回転したようだった。今度は平泳ぎ。すい、すい、という擬音が似合う泳ぎだった。かえるのように足と手を同時にちぢめて伸ばして、あと、呼吸音。僕はその音を聞きながら、眼前に広がる光景の既視感に気付いた。そうだ。あの時も、僕は満月にさかなを見た。自由奔放、縦横無尽に泳ぎ回るさかなの影を。それにだんだんと、泳ぎ回る誰かの姿が重なっていく。まるで、この地上が夜空に反射しているように思った。月のプールで泳ぐ彼、ならば幾百の星々のチカチカという瞬きは、人々。あのプールで見た、溌剌とした感情を乗せた人々。反射というより、もしかしたら、向こうが地上なのかもしれない。ここが地球の衛星軌道上、ふたりぼっちの惑星で、向こうが人々の暮らす地球という星なのかもしれない。
 ――そうだとしたら、なんて、うつくしい。
 ぐるん。水が蠢いて、底の方から波が立つ。最後はクロール、バシャバシャと連続する飛沫と、呼吸と、水に挿す手。クロールは一番激しい分、進むのも速いのだけれど、僕はその時間を無限のように感じていた。月のさかなが泳ぐのを、僕は彼を包む空気になって見つめている。今、この瞬間の、月のさかなの眩さを向こうの星の人々が見られるのは、ずっと時間が経った後。僕だけが、今この瞬間の瞬きを、うつくしいひとのありのままを見ていられる。感じていられる。あのとき、星々の瞬きに紛れられないことを嘆いた僕に笑った。爪弾き者の席は、特等席じゃないか。ここでいい。ここがいいのだ。僕の生きられる場所は、こんな宇宙の隅っこだ。そして、そこにはきっと彼もいる。彼なら、いてくれる。僕がどんなわがまま言っても、彼ならここにいてくれる。甘ったれた無条件の信頼という安堵が自分の中に芽生えていたことを、ようやく思い知った。
 勢いよく壁を掴むと、ぷは、と放たれたように彼は息を吸い込んだ。キャップとゴーグルを勢いよく外されると、濡れた青髪が溢れるようにあらわれた。それからいつの間にか僕もちょうど近くに流されていたから、彼は僕の浮き輪に両肘をかけ、爽快に笑った。
「疲れたー! なあ褒めて!」
「うん、凄かった。きれいでした」
 腕を伸ばして、ふと微笑みながら頭を撫でてやった。運動直後の無邪気な笑顔で嬉しそうに懐いてくる様子は、なんとなく水族館のいるかショーを思わせた。確かに彼の泳ぎぶりも、いるかに喩えるのはいいかもしれない。
「な、祐月、次祐月も一緒に泳ご!」
「え、でも泳ぎなんて何もわからないし、」
「大丈夫だよ! 俺が手ぇ繋いでやるから!」
 漣さんはそう言って、浮き輪に嵌っていた僕をひょいと抱き上げて底に足を付けさせると、はい息吸ってー、水中では自然にしてたらいいからな、と一言添えて、そして思い切り彼は沈んだ。そして僕の右手を取ると、彼の左手に引っ張られて僕も沈んだ。それから前置きもなく急発進。結局息は上手く吸えないままだ。肌の上を水流が走り抜けていく。溺れる! 本能的恐怖が頭を埋めるが、強く握られた手が「来い!」とでも言うようだった。自然に呼吸という言葉の意味は分からなかったが、恐る恐る目を開いていけば、呼吸のことなんか、本当に自然に忘れていた。しなるうつくしい彼の両脚、迫り来る水の流れとその風景が、呼吸さえ忘れるほど僕を魅した。一つに纏めていた髪が解けて、水中でぶわりと広がって靡く重量を感じた。
 水底に、星明かりが降っている。あたり一面に散らばる幾千ものちいさな明かりはまるで宝石だ。その宝石をひとつひとつ拾い上げるように、彼は縦横無尽に僕を導いた。静謐の空間。まばゆい輝き。僕はただ、魅せられていた。気がつけば彼を真似て、脚をゆっくりと揺らめかせ始めていた。ふと振り向いた彼は微笑みながら、またグンとスピードをあげて、さかなの尾ひれを靡かせた。
 クレーターを乗り越えるように。時に浅く、時に潜って。あの日見た月のさかなは、いつの間にか二匹に増えると、月も飛び出してしまったようだ。夜空の星々を潜り抜け、宇宙を舞うさかな。自分のからだが、どんどん泳ぐための器官に変化していくようだ。脚は尾ひれ、手は横びれ、肌は鱗。弾かれていると思っていた水ですら、徐々に自分を覆い包んでくれる、何か優しく大きなもののように感じた。その感覚は、少し彼の腕に似ていた。そう思って、ようやく気付いた。
 これでよかったんだ。
 あのときの自分。自分で自分を騙して、結局自分を傷付けて、抉って、訳も分からない衝動に翻弄されていた自分に。生き物であることをやめて、でもひとの欲望には尽くして、それで救いを求めていた自分。過去の傷は決して癒えないだろう。苦しみも絶望も、忘れることはないだろう。自分で傷を抉って、滅びようとするときもあるだろう。でも、それで、いい。傷があっていい。抉っていい。苦しみを抱えたままでいい。何をしたって、何を持っていたっていい。そんな弱り果てたからだを、心を、仕方ねえなと丸ごと全て包んでくれるひとがいる。何をどうしたってお前は一生お前だって言うようなひとがいる。僕は、変わらなくてもいい。癒されなくていい。それで、いい。上手く生きられなくても、死ねなくても、いいんだ。こんなちっぽけに痩せ細ったからだより、ずっと大きく優しい存在が、僕を覆い包んでくれる。そこに寄りかかって、甘えたって、この人は決して怒らなかった。自分を許せない自分の代わりに、全てまとめて、許してくれた。
 ――だいじょうぶ。だいじょうぶだよ。
 泣きじゃくる自分のイメージを、抱き締める。目の下がぐっと熱くなった。何かはらはらと溢れた気がしたけれど、それは水に包まれて、あっという間に溶けていった。
 僕らは上昇する。眩しい、光のほうへ。

 すっかり疲れ果てた僕の肩にパーカーを掛けて、彼もタオルを羽織ってプールサイドに腰掛けた。膝だけまだ水に浸して、熱を持った脚を冷やしていく。僕は彼に肩を抱かれながら、ぼんやりと水面に映る夜空を眺めていた。だけれど、それは自然に湧いてきた感情で、義務や使命感ではなく本当の自分の感情として、僕は欲した。
「漣さん」
「ん?」
 振り向いた彼の頬を両手で挟んで、背筋を伸ばす。そしてあっというまのキスをした。あざとい気持ちや計算は何も無い。ただ、この人に口付けたいと思ったから、口付けた。くちびるは、塩素の味がした。彼は動揺することもなく、静かに優しく僕を見詰めていた。髪の先から雫がゆっくりと滴っていった。
「……どうした?」
「好き」
「……? 何が?」
「漣さんが」
「……お?」
「好き。漣さんが。あとおなかすきました」
「……え、えー!? まじ!? 祐月がお腹空いたって言ったー!? 何、え、明日槍でも降る……いでっ」
 思わずぽかんと殴ってしまった。そっちは照れ隠しである、ばか。実際に十年ぶりくらいの空腹感も感じてはいるのだけれど。ずっと感じていたけど封じていたものが、ようやく許せたのかもしれない。おかげで今の僕は三大欲求に忠実だ。彼の動揺が落ち着くのなんか待っていられない。もう一度唇を奪って、至近距離で睨みつけながら告げた。
「好、き」
「……ああ、えっと、ありがとう……え? ちょっと待って、わかんなくなってきた」
「なんで二文字の言葉もわかんなくなるんですか、ばか」
「え? 俺の何が好き? え、顔?」
「全部」
「全部って何ー!?」
「漣さん、僕のこと好きでしょ。僕のどこが好き」
「うーん……全部?」
「ほら」
「え、えー……?」
「だから、キスしたい。帰ってセックスもしたい」
「は……っ、待ってちょっと、今それは無理……」
「じゃあ、抱き締めて」
 ぽん、と彼の肩に頭を預けても、暫く彼はまだ何か喋り続けていた。けれど僕が黙ったままでいると、諦めたようにようやく腕を回してくれた。プールの水が、徐々に乾いてべたつき始めていた。それでもいい。僕も腕を回すと、漣さんも僕の肩に頭を埋めた。彼の鼓動が聞こえる。随分と速い鼓動だ。と思ったら、自分の心臓もそこそこの速さで脈打っていた。じっと抱き締め合ううちに、やがて彼の心臓と僕の心臓が重なり合っていった。
 どっくん。どっくん。どっくん。
「祐月、あのさ……」
「ん……」
 どっくん。どっくん。どっくん。
「俺も、好きだよ……」
「……何が?」
「お前が……」
「うん……」
 どっくん。どっくん。どっくん。
「それからさ……」
「うん……」
「ありがとうな」
 どっくん。
 ふたりぶんの鼓動の音が、ひとつになる。
「ありがとう、俺のそばにいてくれて。生きてくれて。ありがとう」
 なあ、これって、恋って言わねーよな。本当に何なんだろうな、俺たち。愛は、してる。セックスもしてる。かといってセフレって訳でもないし。でもやっぱり恋じゃなくて、なんかもっと、大事なところで繋がってんだよな。まあどうでもいいんだけどさ、周りの人間がどう言おうと、お前がいてくれるならさ……。つらつらと言葉を重ねて誤魔化すようで、でも結局辿り着くところは同じで。彼は僕の頭をそっと触れた。濡れた髪に、優しく指を通して、とんとんと撫でてくれていた。
 どうして、今までそれを言えなかったんだろう。不遜な態度で彼のそばに居続けたのだろう。どうしてこんなに時間が掛かってしまったんだろう。そんな簡単な言葉が、どうして自然に出て来なかったんだろう。体でも、行動でもなく、どうして思いを捧げなかったんだろう。彼には、たった一言、それだけのことで良かったのだ。
 身体を伝う水滴が、僕の体温で暖まり始めていた。僕は一度彼と離れて、彼の方へと座り直した。濡れた足がふやけていた。そして、笑った。演技でも嘘でも何でもなく、笑いたいと思って、笑った。彼といると、そんな何気ない出来事が重なっていく。
「ありがとう、やさしくしてくれて、僕に付き合ってくれて、今までずっと、ありがとう」
「祐月、」
「これからもありがとう、きっと。ね、好きです、漣さん、」
 ちゅ、と、くちびるを奪われた。彼の伏せた睫毛がふるえていた。くちびるの表面に触れるだけの、なんてことのないキスだ。彼はゆっくりと顔を離すと、顔を伏せて、太陽も沈んでいるのに熱中症みたいだ。笑ってしまったけど、そういえば口付けって、性欲だけじゃなく愛情とも繋がる行動なんだった。分かりきっていたことのはずなのに、いつの間にか意味が薄れてしまっていた。そう思うと、これまでたくさん、当たり前のようにくれたキスの意味を改めて感じた。そりゃあ、やましい気持ちが無いわけじゃないのだろうけれど。思い返せば彼の口付けは、それよりずっと、思いを伝えようとしてくれていた。その思いに、僕はちゃんとお返しが出来ていたんだろうか。出来てなかったなら、今からしよう。じっくり、ゆっくり、返していこう。僕らの死までのタイムリミットは、まだまだ遠いのだから。
 髪は徐々に乾きつつあった。彼の頬から耳にかけて、両手で包み込んで持ち上げる。彼が斜め下に視線を逸らすので、僕も追いかけてその斜め下に顔を動かす。あーっ、と唸って降参したのか、いじらしい瞼の奥からこちらを見つめてくる。心の準備は出来たらしい。
 ――ここは宇宙の片隅。僕らだけの幸福の星。さあ。言葉に変換できないこれを、宇宙の速度で、あなたに伝えよう。


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