いや。
「ん?」
 あまりにも自然に口から出ていた言葉。言葉、という形になっているのかも怪しいようなうわ言。彼はもう少しで触れそうだった唇を離し、僕の太腿の間から僕の様子を伺っていた。
「何がいや?」
「それ……口は、いや……、かも」
「あ……まじ? ごめん」
 今までは何とも思っていなかった行為なのに、不思議だ。蕩けたからだのせいで、脳も緩くなっていたのかもしれない。無意識の奥の方から、ひょっこり変な感情が飛び出してきたのだろう。謝られて少し悪い気になったが、そう思う間にも彼の唇は腰元を擽っている。一滴ずつ雫を垂らすような快楽に、密かにうめいて身をよじると、彼が少し笑った。
「このへんはやじゃないんだ」
「ん……ばか」
「はは、ごめんって。お前がちゃんと嫌って言ってくれるの嬉しくて、つい」
 嫌と言われて嬉しくなるとは、もしかして被虐的な願望でも秘めているのだろうか。可能性はなくも無い気がするが、どちらかと言うと今は自分の方が虐められて喜んでいる側なので、人のことは言えないのだろう。ぼーっとしているうちに、スプリングがぎしりと重い音を立てた。彼は僕に跨り覆い被さると、ひとつ吸い付くようなキスをしてから柔和に囁いた。
「祐月、手は?」
 股間に伸ばされた手にそっと掠められ、ふると震える。思わず閉じた瞼を開くと、もう一度キスをする。答えを求めるように、青い瞳が揺れていた。
「……怖いけど、いや、ではない……?」
「怖いの?」
「……たぶん」
「キスは?」
 キスは、好きだった。返事の代わりに、彼の頭を引き寄せ口付ける。彼の唇は、ふわふわしている。口付けの間に舌の先で皺に沿って舐め上げると、厚みのある肉がふわりと揺れる。そのまま咥内に引き込まれて、舌の裏を擽られる。激しすぎず、ひたすら甘い感覚だけが焦らすように這い上がってくる彼のキスは、心拍を高めながらもどこか安心感があって、好きだ。一度唇を離し、額を合わせたまま彼の上気した頬や濡れた唇を眺めた。たぶん、彼も同じように僕を眺めていた。けれど、先に口を開いたのは彼だった。
「なあ、じゃあ、キスしながらだったら、ちょっとは怖くない?」
「……そこまでして、触りたい?」
「だって、お前のこときもちよくしたいじゃん……ちゃんと、お前が嫌じゃない方法で」
 不貞腐れたように唇を尖らす彼に、そういえば、この人はそういう人なのだ、と思う。一方的に快楽を追い求める人間の記憶ばかりだったので、その癖のまま考えていたのだった。こちらが何もできないほど尽くす、奉仕のような戯れ。そういうのが、彼自身好きなのだろう。それだけなら、昔にもいた。彼の珍しいところは、僕の意思を慮るところだ。押し付けでない、傲慢でない、ばかみたいに、僕の為だけの奉仕。彼は、根っこから蕩けるように優しい人なのだと思う。
「ちゃんと、嫌なものも、好きなものも言えよ。言ってくれると俺、嬉しいし」
 ……でさ、してもいい?
 しばらく無言で見つめあった後、僕から口付けた。やはり、ふわふわの唇だ。舌が絡んで、脳がまるごと雲に包まれたようだ。その、唇にすべての感覚を集中させている状態から突然、神経が増える。指先が先端を掠めたのだった。肩が震え、唇がふあと開き声が漏れる。片手で包まれ、緩やかに根元から撫り上げ始めると、下半身に意識が固まり出すが、それを許さぬように唇を喰まれ続ける。唾液が口端から一筋溢れそうになったのさえ惜しんでか、彼の舌に掬い取られる。逃げ場を一切無くして、ただひたすら甘やかな快楽に浸り続ける。つい、彼の背に縋り付いた。密着した肌と肌が熱い。乱れて額に張り付いた髪を剥がす彼の指先さえ擽ったかった。
 キスの合間に漏れる吐息が、彼の興奮を煽っているらしい。眉が切なげにぎゅっと縮まって、好きだった。見つめ合ってから、僕はそっと彼の肩に頭を預けた。同時に僕の肩に乗っかった彼の頭を撫でる。それからようやく、熱くなっていく全身に目を閉じた。
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