前世の話2
あいつがいなくなってから一月が過ぎた。
「…カトル、これ」
団長から渡された折りたたまれた大きめの一枚の紙。
「…ありがとうございます」
「…うん。気にしないで」
団長はどこか寂しそうに、困ったように眉を下げた。
「じゃあ僕は部屋に戻ります。何かあったら言ってください」
そう言ってカトルは自分の部屋へ向かった。
落ち着こうとしているのに、何故だか足が急いてしまう。
部屋につく頃にはそれは既に早歩きの域を超えていた。
らしくもなくドアを強引に開け、強引に閉める。
その頃のカトルは自身の感情に困惑していた。
彼女が死んだときに流れる涙すらなかった理由も分からなかったし、
胸の空洞にも気づかなかった。
だから、そのきっかけになった彼女が書いた手紙を読むことが今するべきことだと思った。
「…」
カトルは自身のベッドに腰掛け、手紙を開いた。
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【最愛なるカトルくんへ】
この手紙は団長に私が死んだ一月後に渡してもらうことにしました。
君がこれを読んでるってことは私はもうこの世にいないんだね。
やったよついに!私この書き出しやってみたかったんだ!
私、死んだのかあ。びっくりだね!私の方がカトルより長生きするつもりだったのに!
大好きだよカトル!
いろいろ書きたいことはあるんだけど今の一行で全てが終わっちゃったよ。
どうしよう。
うーん。
じゃあここからおまけ!
君は優しいから、私が死んだときに心を痛ませてしまうんじゃないかって思ってたんだよね。
だからいっそ私が死んだときに君の記憶から私を消す呪いとか考えてたんだよ。
そんなこと言ったら君は怒るかな。
君は分かってなかったかもしれないけど、私結構君を愛してたんだよ?たぶん。
まあ迷惑な感情なんだろうから、悟らせないように必死だったんだけどね。
星屑の街の子たちは元気にしてるかな。
前にカトルに秘密で行ったとき、私とすごく仲良くしてくれたんだ。
お姉ちゃんって呼ばれたけど、それはエッセルさんのものだから、友達になったんだよ。
死んだときに私はなんて言ったのかな。
私のことだから「好きだよ」かな?これを書いてる私はそちらの一月前に死んだ私より君への愛が深くないと思うから分かりません。
知ってるかな?私が「好きだよ!」って言うの、どうしても顔が赤くなって何も言えなくなっちゃうから勢いで言ってたの。
からかうように話すのも、好きって気持ちが溢れるからなんだよ。
知られてたら知られてたで恥ずかしいし、これ私頭おかしい人だね。なんかすまん。
会ったころなんて、君は私を嫌ってたのに読んでくれているのがたまらなく嬉しい。
私の生きる理由みたいな感じだからね。でも君は、この騎空艇に乗っていなかったら私に接することもないだろうから。
騎空艇に乗っていない、ただの人間なんて接してもくれないだろうから。
だから、いつかまたあった日、私と話してくれるのか不安なんだ。
君から「仲間」の私が死んだとき、君の中に私はいくつあるんだろう。
生まれ変わったら君の隣にいられるくらい美人で頭良くて君を支えられるような完璧な人になりたいな。
え?なれないって?どうかな、私のことだからできるかもしれないって思わない?
まあそんな人になっても君がいなかったら意味は無いんだけど。
私は君を守っていられるような人間じゃないけど、ろくでもないやつだけど、
私はやっぱり君の隣にいたいなあ。願わくばずっと。
重くてごめん。
いやな女に好かれちゃったね。
やっぱり私は、
君を、君だけを、
愛してたよ。
君に会えた幸せ者より
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「…なんだよ、これ」
声がこぼれた。
声はほぼ枯れていた。
水性のインクが滲んでいる。
全てのものがぼやけて見えて、声にすらならない音が部屋に鳴った。
胸が痛くて熱くて寒かった。
初めて、彼女が死んだあとに深い眠りについた。
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「そんなこともあったね」
「…こっちの気も知らないで」
「へ」
カトルが睨みつけるように、でも目をうるませてそう言った。
「…隣で生きることなんてそうなるものだと思ってたんだ」
「カトル?」
「お前が死んだときに、初めて割り切れなかった」
「カトルくん!?どうしたのさ!?」
「大して遺書みたいな美人にも完璧人間にもならずに、前みたいな性格で顔で成績も理系はからきしで」
「おい言い方あるだろ」
「…ずっと前から、支えることばかり上手くて」
「え」
「お前が死んだときに初めて恋してるんだって気づいた」
カトルは続ける。
「お前の遺書を読んだときに初めてあんなにも涙が止まらなかった」
まだ続けるつもりだろうか。聞いている私が死ぬんだが。
「僕から全てを奪いやがって」
「………奪っちゃったー?」
私は鞄についていたクマのマスコットをカトルの唇にくっつけた。
「…殴る」
「怖いよ」
こんな態度だって、照れ隠しなのだ。汲み取ってほしい。
「…カトルってやっぱり少し鈍いよね」
「お前よりはましだろ」
どの口が言うのさ、と私は笑った。
泣きそうになっている私の気持ちも知らないで。
「いやな女を好きになったね」
そう言うと君は少し笑った。