だから世界は呼吸を止める

例えば、小さい頃に二人が何処かで出逢っていたとして。例えば、お互い初めて好きになった相手が違っていたとして。例えば、どちらかが好きでも無い相手に体を許せるような人間だったとして。

「そうすれば、こんな結末にはならなかったのかもしれないね」

そう呟くと、千歳はそやね、と力なく笑った。望んでいなかったはずの結末なのに、なぜか心の何処かでホッとしている自分がいる。

私と千歳は高校一年で出逢い、卒業前に付き合い始めた。どちらから告白したというわけではなく、卒業するけれど自分達はこの先どういう関係になるのかという疑問が湧き、そのまま付き合うことになったのだ。

一般的な彼氏彼女のするようなことをしてきたわけではない。卒業後も大学に通いながら会えばお茶をしたり、お互いの家に行き料理をしたり、そのまま泊まったりもしたけれど、清い関係のままだった。

「このままさぁ、結婚して子供とか産んだりするのかな」

そんな言葉を何気なく言ったことを、とても後悔している。あの一言さえなければ、もう少し気付かずにいられただろう。

きっと私たちは、付き合ってはいけなかったのだ。お互いがお互いに求めていたのは、恋愛の『好き』とはまた違った好きだった。

「ち、とせ」
「……ごめん、出来ん」
「うん……私も、駄目……」

私の言葉を聞いた千歳はキスをしようと顔を近付けたけれど、唇と唇が触れることはなかった。肩に置かれた手が震えているのが伝わってきて、私の肩も強張った。

無理、と体と体が離される。そういうことをしない時にはどれだけ近くにいても平気だったのに、その時は少ししか離れていない距離でも怖かった。

今更気付いたところで一緒に過ごしてきた数年がなくなるわけではない。けれどももう、お互いの間に恋愛感情が無いことを知ってしまったから、どうしようもなかった。

「もう……会えんくなると?」
「さあ、どうかな」
「俺は……離れとうなか。俺んこつ、駄目な男ば思うかも知れんけど」

ぽたりと私の手の甲に千歳の涙が落ちてくる。そんな表情、いままで見たことがなかった。いや、私が知っている千歳の表情なんてほんのごく僅かなのだろう。

駄目な男と千歳は言う。けれども好きではない相手にキスも出来ないという男が駄目だとは思わない。むしろ私をそれだけ大事に思っていてくれたのだろうかと胸が熱くなる。

「すぐには、戻れないと思うけど」
「うん」
「千歳が好きなのは変わらないから、また初めて会ったときみたいに戻れたらって思うよ」
「ん……」

声を殺して泣く千歳の頭をそっと撫でる。ふわふわした髪が指に絡んでくすぐったかった。

私たちの世界はきっと、あの日、付き合い始めた日から止まっていた。楽な方に身を任せ、正しい恋をしようともしないで、恋のようなものにお互い依存して生きてきた。

再び世界が呼吸を始める日、それはいつになるのか。その日が訪れたとき、私たちの、お互いの隣には誰がいるのだろうか。

企画:王子様と涙企画様に提出
(20130831)