今日も1人、天気もいいし中庭でお弁当を広げていた。断じて一緒に食べる人がいないわけではない。滅多なことでお昼に食堂にはいかないし、あれ以来落ち着いて病理解剖室で昼食が取れないので、お昼くらいは1人ゆったりと過ごそうとしている所存である。病院の中庭は所々にあり、病理室から近いここは患者も医療スタッフも滅多に来ない言わば穴場スポットであるので、1人で過ごすにはもってこいの場所だ。子供達のはしゃぐ声を遠くに聞きながらもぐもぐと咀嚼していた時だ。何処からともなく、おーい、と声がかけられた。きょろきょろと周りを見回しても誰もいない。はて。
「上だ、上」
「げっ…五条先生…」
「君、今日も良いものを食べてるなあ。焼きそばパンと交換してくれ。そこから動くなよ?」
二階の窓から見下ろして声をかけてきたのは、言わずもがな五条国永先生だ。顔を歪めてしまったのは最早ご愛嬌。微塵も傷ついた様子がない五条先生は、私にその場から動くなと命令し、ものの数分で中庭に現れた。何でこの人私がいる場所にわざわざ現れるのか。そんなにこの貧相な体を抱きたいのか。何なの、貧乳好きなの?
「探したぞ、君。何だって俺が行こうとすると逃げるんだ」
「貞操の危機を感じるもので」
「ははっ!違いない。どれ、今日も弁当を交換してくれ」
「捨てたくせによく言いますね。食べ物を粗末にする人に食わせるものはありません」
「この前君が食べさせてくれた卵焼きならいいだろう?タンパク質は重要だと言っていたじゃないか」
「誤解を招く発言やめて下さい。まあ、卵焼きくらいなら…」
自然な動作で私の横に腰掛け、その長い足を組んだ五条先生は、どれどれとお弁当を覗き込んだ。え、本当に食べるの?取り敢えず予備の割り箸を渡そうとすれば白く長い指が黄色い卵焼きを攫っていく。咀嚼音に合わせて、長方形だったそれがだんだんと正方形になり、また長方形になり全て彼の口の中へ消えて行った。ぺろりと指先を舐める姿が何ともエロい。見惚れてなんかない。五条先生は顔を歪めるでもなく吐き出すわけでもなく、ごくんと飲み込んだ後、何かを考えるように顎に指を当てた。
「…ふむ」
「お口直しばご自身でどうぞ」
「なあ、君。変なことを聞くが誰にこれを教わった?母君か?」
「卵焼きの作り方ですか?祖母ですけど…」
「その御祖母様は何処かで料理人をしていたか?」
「えー…どうでしょう…あ、でもおじいちゃんがお店を閉めた後、2人で何処かに出稼ぎに行ってたような…えっと…ながふね、とかいう定食屋か何かで…」
「…おさふね、の間違いではないか?」
「言われてみればそんな気も…」
祖父母、特に祖母は料理がとても上手であった。たまに遊びに行った時は必ず一緒に台所に立って料理を習ったし、彼女のレシピ本も譲ってもらっている。まさか祖父母のことを聞かれるとは思っていなかったけれど、確かにあの2人は定食屋を経営していたし、お店を閉めた後は何処かで料理人として働いていたと、母から聞いたことがある。それを正直に話すと、五条先生の顔がみるみるうちに輝いて、グッと距離を詰められる。光を反射したわけではないのに、彼の琥珀色の瞳はキラキラと輝いていた。
「やはりそうか!この前食べた時、懐かしい味だと思ったんだ。そうか、君が千代ばあのお孫さんだったとは…世間は狭いな!」
「ごめんなさい、全く話についていけないです」
「ああ、千代ばあというのはな、俺が幼い頃通っていた料亭で料理人をしていた人でな。外食もあまり好きではないんだが、その中で唯一、美味いと感じたものを出してくれた人でもある」
「…五条先生ってどれだけ潔癖症何ですか。軽く引きます」
「失礼だな。他人の料理が苦手なだけさ」
だが不思議と私のおばあちゃんが作るものは美味しく食べられたらしい。そんなことを言われたら、おばあちゃんも料理人として冥利に尽きるだろう。なんだか私まで嬉しくなってしまったのだけどそれは一瞬だった。世間は狭いですねぇ、なんて返事をしながら、昼食を再開した時、ガシッと両手を掴まれる。五条先生の顔は輝いている。嫌な予感しかしない。
「というわけで、俺に弁当を作ってきてくれ!」
「何がどうしてそうなりましたか?!」
「千代ばあから料理を教わった君のなら、美味しく食べられる気がする。勿論、料理だけではなく君も食べたいが」