「今までもこうして吐いて?」
「うん。綺麗なものではないし、あんまり見られたくなかったな」
「私は話して欲しかったけどね」
一頻り反芻が終わって、転がり出た呪塊を集める。任務が立て続けに入っていたからか、大小合わせて結構な数になった。念のためもう一通り水洗いしておく。
扉の近くに双子の姿も見つけてしまって、何とも言えない気持ちになる。
「辛いかい?」
「吐くのは苦しいけど夏油くんほど辛くは無いよ」
「どうかな。そうまでしてなまえが非呪術師のために身を削る必要はない」
「ふふ、そうかもしれないね」
笑う私と、納得いかない表情を浮かべる夏油くん。
無駄に負の感情を抱かせてしまったみたいで、申し訳なくなる。それに私は呪霊を喰べることを人のためだと思ったことはないから、彼の辛さは半分も理解できてない。
「そんな顔しないで、大丈夫だから。双子ちゃんたちもごめんね、変なもの見せちゃって」
ふるふると、二人は首を横に振る。彼女たちの唯一の頼りである夏油くんをとってしまっていて、益々申し訳なくなった。
「片付けてから行くよ。夏油くんたちは先に戻っててくれる?」
「……奈々子、美々子、行こうか」
3人は手を繋いでバスルームを出て行く。
呪塊の中から高専に提供するものを数個選んで、内側に呪符を貼った袋に入れた。残りは悪用されないように、自分の領域内へしまう。口を濯いでからバスルームを出ると、洗面所の入り口を塞ぐように夏油くんが立っていたから驚いた。いつの間に戻ってきていたんだろう。
「吃驚した。どうしたの?」
何か忘れ物だろうか。黙ったまま夏油くんが近付いてきて、思わず後退りしてしまう。陰った表情からは感情が読めなくて怖い。彼が一歩踏み出せば、私が一歩下がる。そんなことを繰り返して、バスルームに逆戻りしてしまった。
「んぅ…っ?!」
乱暴に押し付けられた唇。口を濯いでおいてよかった、じゃなくて。
吃驚して噛んでしまったのに、夏油くんは離れようとはしなかった。これ以上後ろに下がらないように囲われて、顎も固定されてしまえば私に逃げる術はない。
急にどうしたのか。
リビングには双子がいると言うのに、呼吸と唾液の交換は終わらない。
引っ込んだ舌を追いかけて、吸われて、ねぶられる。こんな一方的なキスは初めてだった。
いつまでそうしていただろう。水が床に落ちて跳ねる音がして、漸く彼が離れて行った。吐いた後のキスだったせいか、疲労感がすごい。残っていた体力までごっそり持っていかれた気がする。ずるずると、その場に座り込む。
「口直しにはなったかな?」
「わたし、別に…なん、で?」
「いつもしてもらっているから、たまには私も返さないとね」
いい笑顔で返される。望んでいないと言うか、私に口直しは必要ないんだけどな。さっき喰べたものだけじゃ、やっぱり足りなかったんだろうか。言ってくれれば、後で喰べたのに。
なんだか言い返すのも面倒で、取り敢えず口の端についた唾液を手の甲で拭った。
「ほら、掴まって。奈々子と美々子も心配しているよ」
夏油くんが屈んで、スマートな動作で私を抱き上げる。こんな状態になってるのは彼も原因なのに、すごくスッキリした表情を浮かべていることに、疑問しか抱かない。おもちゃにされてる気分だ。
「げとうさま」
「だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ。少し休めば元気になる」
夏油くんは、双子ちゃんに私を見てて欲しいを頼んだ後、勝手知ったる様子でキッチンに引っ込んだ。この子達のお腹がまだ可愛らしくなってるし、桃缶でも出しているんだろう。彼の言付け通り、怯えながらも心配する四つの目に見つめられて、大丈夫の意味も込めて笑った。ベッドに寝たままだから、説得力のかけらもないけれど。
あんまりにも心配そうに見てくるので、ゆっくり上げた手で双子の頬を撫でた。カサついて、冷たい。目を見開いて、初めて優しさに触れたような、そんな表情を浮かべられる。
夏油くんがまた戻ってきて、2人は弾かれたように彼のボンタンに縋った。
「ん?なまえに何かされた?」
「触られたのが嫌だったのかも」
「今まで人と接触してこなかったからね。台所借りたよ。食べたくないかもしれないけどきみも何か食べた方がいい」
「桃は3人で食べて。慣れてるし。それに私は人前では食べれないって忘れちゃった?」
記憶力いいのに珍しい。夏油くんは、やってしまった、という顔をしたものの、双子にせがまれて空いた小鉢に桃を掬ってあげていた。
3人分の負担はないから、ここに3人で寝てもらおう。ベッドは少し大きいから、2人を抱えた夏油くんでも大丈夫なはずだ。私は座椅子を倒して寝ればいいかな、なんて考えながら、美味しそうに桃を頬張る2人を見ていた。
「私も、小さい頃に夏油くんに会いたかったかも」
「急な話だね。私はなまえが先輩で良かったと思っているけど」
「先輩として接してくれてことってあったっけ?」
「態度で敬っていたかはさておき、尊敬はしていたかな」
「その言い方、嘘っぽいなあ」
何でもないことをに対して変わらず会話はしてくれて、その姿を見てる限り造反した後なんて思えない。行くも地獄、帰るも地獄。夏油くんが選ぶ道はいつも過酷すぎる。せめてこの家にいる時だけば穏やかな時間が流れればいいなと、考えずにはいられなかった。