透明の一から十まで

・担当者派遣から5日後、旧■■村の住民112人の死亡を確認。
・残穢から夏油傑の呪霊操術によるものと断定。
・夏油傑は逃走。呪術規定第9条に基づき呪詛師として処刑対象とする。

そんな情報が回ってきたのは、夏油くんを家に招き入れたあの日から、数日後のことだった。彼はそのメールを横から覗いて、やっぱりねと笑う。後悔はないらしい。
奈々子ちゃんと美々子ちゃんを虐待をしていた村人を殺した、とは聞いていた。村人全員ということは、知らなかったけれど。

「報告するかい?」
「しないよ。説明は欲しいけど」
「簡単なことさ。非呪術師のために呪霊を取り込むこむ必要性を感じなくなった。猿どものために動くことが嫌になったんだ」
「…」
「術師は非術師の為にある。その言葉に意味を持たせていた私が正反対の事をしてるのもおかしな話だけどね」

膝で寝ている双子の頭を撫でながら、夏油くんは呪術師のための新しい世界、理想郷について話してくれた。呪術師が消耗品にされない世界、無駄に命を散らさない世界を作りたいと。その思いは、星漿体殺害事件後からずっと燻っていたのだと教えてくれた。

彼らしい志だと思う。
呪術師の在り方に矛盾した思いを抱えていることは知っていた。多分、最後の最後まで悩み抜いたんだろう。今回の任務が、彼が別の道を決める決定打となっただけ。誰にも止められなかった。それだけだ。
けれど、志を新たに道を歩き始めてにしては、あの夏油くんの表情はどこかすっきりしない。

「驚かないんだね」
「うん。だって夏油くん、本当は殺してないでしょ?」
「…」
「けしかけたのかもしれないけど…主犯は元々いた調伏する前の呪霊で、夏油くんは見てただけなんじゃない?」
「そうだね。助けてくれと伸ばされた手を無視したし、寧ろ呪霊が殺しやすくなるようには動いた」
「だから夏油傑くんの残穢が残ってたんだ」
「その方が高専を離れる理由にもなる。なまえは私を酷いと思うかい?」

どうなんだろう。見殺しにしたことなら、夏油くんだけが酷いとは思わない。村人が自分で蒔いた種の結果だと思ってしまう私も、十分酷い。それに派遣されてのが夏油くんじゃ無くても、村人が死ぬ未来が無かったとも言えない。
今の呪術界が疲弊しているのことは事実だ。このメールの事件を例にしたって、事実は捻じ曲げられ詳細も伝えられず、末端が使い捨てにされている感は否めない。でも私が持つこれは、上層部に対する不満だ。幸か不幸か、私は非呪術師の醜い姿を見ること自体少なかった。だから夏油くんが抱く葛藤の全てを、理解することはできない。

「スッキリした?」
「え?」
「非術師を嫌いだって事を本音にして、見捨てた。それでスッキリできた?」
「…どうしてそう思うの?」
「ふふ。夏油くんはね、優しいから。非術師に対して無関心になりきれないんだね」
「…」

戸惑う横顔に、もう一度笑いかける。嫌いだと言いつつ、夏油くんは非術師を見捨てたことにどこか引っ掛かりを覚えている。まだ、迷いがあるのだ。
好きの反対は無関心と言うけれど、夏油くんの口から出るのは専ら“嫌い”と言う言葉だから、やっぱりまだ非術師に関心が向いているのだ。助けても助けなくても、それを背負ってしまう。結局、どちらを選んでも苦しい。それなら、いっそヘイトを集めた方が、彼にとってはまだ楽なのかもしれない。
私とは大違いだ。

「私はね、基本的に非術師がどんな結末を迎えようとどうでもいいの」
「そうか」
「でもどうでもいい対象だからこそ、夏油くんに呪殺はしてほしくないな、とは思う」
「非術師がいる限り、呪いが生まれ続けるとしても?」
「うーん、そこが私の考えとちょっと違うんだけど…」

確かに呪いの元を吐くのは非術師かもしれない。けれど、それを目に見える呪いとか呪詛、呪霊の形にするのは非術師だけじゃない。強い呪力をもつ術師が、呪いを作る。そもそも呪いを生むは人間だけじゃないし、呪術師だから呪いは生まないとも限らない。非呪術師をこの世から一掃したら呪いが無くなるのかと言われたら、たぶん否だろう。
ただこれは、私が今まで喰べてきたモノからの推察だ。
私の見ている世界と、夏油くんが見ている世界は違う。だからどっちが正解とかも無いのだろう。

「負の感情と滲み出た呪力だけでは呪いにならない。呪いを呪いたらしめてるのは、いつだって呪術だったもの」

生まれることと、作られることはまた別だ。呪術師だけの世界で、呪霊もおらずみんなが平和に暮らせるかと聞かれたら、それも否。呪力の弱いものが世界の底辺になって、消費されるだけ。

「呪術師だけを守りたいなら、それでいいと思う。でも非術師を殺すこととはまた別だよ。彼らの人生まで背負わなくていいんだよ」

夏油くんは黙ったまま、話を聞いてくれた。元より彼の考えを変えられるとは思っていないし、決断したことを止めようとも思ってない。何を本音にしてどう動くかは、本人の自由だ。それでも変な提案をしてしまうのは、口直しにキスを提案した時と同じ、私の勝手なエゴだった。

「非術師は高専が守る、呪術師は夏油くんが守る。そういう棲み分けは難しい?」

視線を向けた先で、夏油くんが顎に手を当てて考えている。難しい顔で唸った。言われた提案は思っても見なかったことなのか、いやしかし。だが、などと呟いている。

「仮になまえの言う通り棲み分けをしたとして、私が術師を保護したとする。彼らを育てる方法は?」
「夏油くんが教える。宗教団体とか作って、非術師からお金を巻き上げたらいいよ。敬愛する教祖様のためならお金かき集める人多そうだし、殺すよりよっぽど有意義な使い方じゃないかな」
「高専が黙っていないよ」
「最初は潰される危険があるから大変だけど、勢力さえ付けちゃえば高専もそういう団体を認めざるを得なくなるんじゃないかな。派閥みたいなものだし、御三家だってそうでしょ?」
「成程。なまえは面白いことを思いつくね」
「そう?夏油くん、無駄に顔はいいし胡散臭い笑顔も教祖様にぴったりだと思う」
「酷いな。私が胡散臭い笑顔を向けるのは非術師だけだよ」
「え?」
「ん?」

お互い褒めてるのか貶しているのか、どっちなんだろう。でも何となく、夏油くんの中でまた一つ、曖昧だった部分が確信に変わったらしいことは分かった。

「うん、そうか棲み分けか。ふっ…ははっ!私が教祖、ね」
「笑いすぎじゃない?」
「今は気分がいい。これも口直しの効果かな」

ツボにでも入ったのか、夏油くんはそれからも暫く可笑しそうに笑っていた。




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