「ということで、僕の奥さん!みんな宜しくね」
何が、ということで、何だろうか。
折角だから可愛い生徒に可愛い奥さんを紹介しよう!と思いつくままに行動する彼に連れられて入った、寮生の休憩室。トランプをしていた今年の一年生3人は突然のことに目を見開いて手を止め、それを注目と受け取った悟さんに肩を抱かれたまま紹介された。
「ええ?!五条先生結婚してたの?!」
「ちょっと、エイプリルフールはとっくに終わってんのよ!先生が結婚なんて何かの間違いに決まってんでしょ!」
「君たち、僕を何だと思ってるの?」
何度か会ったことがある恵くんは、相変わらず表情を動かさない。女の子ともう1人の男の子は興味津々と言った様子で近くに寄ってきた。客寄せパンダにでもなったみたいだ。
「俺、先生は一生独身かと思ってた」
「右に同じく」
「僕みたいなグッドルッキングティーチャーが余り物になるわけないでしょ。君たちも見習うといいよ」
「うわ、うっざー」
「はじめまして、虎杖悠仁です。奥さんは名前なんて言うの?」
「私は釘崎野薔薇。絶対五条先生に騙されてますよ、大丈夫?」
「織といいます。夫がいつもお世話になっております」
深々と頭を下げれば、2人とも全くその通りですと言いながら頭を下げる。僕の扱い酷くない?と冷静にツッコミをしている悟さん。恵くんだけがいつも通りだ。一体何のコントだろうか。
「織さん、お久しぶりです」
「恵くん、久しぶり。元気にしとった?あ、これお土産な」
地元で人気の生姜湯を渡せば、嬉しそうに受け取ってくれる。他の一年生である悠仁くんと野薔薇ちゃんの好みはわからなかったので、生徒用に購入した菓子折りを手渡した。
「え、1人1個?!いやいや、太っ腹過ぎない?」
「貰えるもんは貰っときなさいよ!どーせ五条先生の懐から出てんだから問題ないでしょ!」
「こう言う時は甘えてええのよ。私の気持ちだから。2人の好みが分からんかったから同じもので申し訳ないんやけど」
「いやでも…」
「織さんも頑固だから貰っておいた方がいいぞ、虎杖」
「じゃあ有り難く…!」
「織さん、いつまでこっちに居るんですか?」
「3日間の予定かな。それ以上はじい様達がうるさいからね」
「何で悟さんが答えるんですか。というかいつまでくっついてるんですか、動きにくいわ」
恵くんの問いに遮るように答えた挙句、ぎゅうっと腕に力を込められる。生徒の前で取り繕う必要なんてないのに、こんなところにまで徹底癖が出たのだろうか。肘で彼のお腹あたりをつつくが、笑顔のまま体勢を崩そうとしない。本当に何なんだろうか。
「先生、織さんが嫌がってますよ。離してあげた方がいいと思います」
「嫌がってませ〜ん!これは照れてるだけですぅ」
「…子供か。過度なスキンシップとしつこい男は嫌われるわよ」
野薔薇ちゃん、是非もっと言って欲しい。
それでも後ろから回った手は離れないし、こちらは帯で元々お腹が締まっている。冗談抜きに動きにくい。
「生徒の前ですよ。公私混同はしないはずやなかったですか?」
「してないよ。これは牽制。織は年下に目がないじゃん」
「生徒に手出しません」
「そんなこと言って七海を食事に誘ってたの、僕知ってるよ。いつ行くの?明日?」
「言いませんし、あれは付き合いやないですか。本当、面倒くさいわ」
無駄に引っ付いてけてくる身体を両手を使って剥がすも、またすぐに長い腕が絡まる。本当に面倒臭い。人前でこんなにあからさまな態度を取る人だっただろうか。もしくは上層部に対して何か思惑があるのかもしれないので、抵抗もほどほどにしておく。不仲を疑われるのはあまり良くない。
「俺たち何を見せられてんの?」
「いつもこんな感じだよ。大抵織さんが折れて終わる」
「どう考えても五条先生の一方通行すぎない?嫌われてんでしょ、たぶん」
「野薔薇、聞こえてるよ!僕と織は周りも認めるくらいには仲良しだよ。でなきゃ5年も続かないでしょ」
「え、5年?!長続きする秘訣ってなに?」
「それは勿論、奥さん大事にするってことかな。苦労もかけたくないし彼女にはいつでも笑っていてほしいからね」
「そんなことばかり言わはるなら、もう帰りますよ」
キメ顔で思ってもないことを言われても鳥肌ものである。いい加減まともに戻ってください、とお願いすると、口を尖らせながらもは渋々離れた。そのあざとさは何処で身に付けたんだか。その辺りの女性に使う分には効果絶大かもしれないが、私や生徒の前では全く効果はない。さらには思い出したように虎杖くんが爆弾を落とした。
「あれ、でもこの前先生さ、別の女の人と食事言ってなかった?」
「ばっ…!!!虎杖、お前…!」
「うん、行ったね。誘ってくれるのに断るの悪いじゃん」
「しかも次の日、前日御同じ服だったよね?」
「そうだね」
「織さん!!!!絶っっっっっ対、今すぐ別れた方がいいって!!!!」
「大丈夫だよ、織は怒んないから」
「いや、怒る以前にやっていいことと悪い事があるでしょうよ!!織さん、こんなんでいいの?!」
ビッ、と悟さんを指さして、信じられないと息巻いている野薔薇ちゃんはきっと、友達思いのいい子なんだろう。こんな話、純粋な生徒の前で聞かせるのもどうかと思ったが、こんな流れになったのは悟さんのせいでもある。あとできっちりお灸を据えることにした。
「私は悟さんが仕事で回りに迷惑かけへんねやったら、比較的どうでもええんよ」
「え?」
「今更止められると思う?それこそ天変地異でも起こりそうやわ」
笑って答えると、彼女は可哀そうなものを見るような目を悟さんに向けた。今のやり取りだけで、彼女には私が彼をどう思っているか分かったのだろう。女の勘と行間を読む能力は、男性のそれよりも高い。知らぬは本人ばかりなり。
「やっぱり先生嫌われてんじゃん。かわいそ〜」
「僕が?織に苦労させたことも怒らせたことないのに?どこからどう見ても理想の旦那だと思うけどな」
「怒らないってことは先生に興味ないってことでしょ?」
「え?」
「あ、でも織さん懐がでかいって可能性もあるよ、先生!」
「だとしても限度はあんでしょ。な、伏黒」
「…ノーコメントで」
全員の目が私に向けられる。2年の生徒達に渡すお土産を袋から取り出す手を止めて、取り敢えず穏やかに笑っておいた。何とでも好きに捉えてくれればいい。私に火の粉が飛んでこないなら、他人にどう思われてようと気にならない。
「あれちょっと待って織、あとで夫婦の時間作ろうか。というか時間頂戴。確認したい」
「何を確認するんです?悟さんの浮気癖に関しては何とも思てへんよ」
「僕としてはもうちょっとこう反応をくれると嬉しいんだけど」
「そんなんより、恵くん。これ真希ちゃん達に渡しといてもろうてええ?そろそろチェックインの時間なんよ」
「分かりました」
あれ、織聞いてる?と言う言葉は無視した。これ以上は同じことの繰り返しになるだろうし、そろそろ構うことも面倒だ。
「織さんはいつまで東京にいるんですか?」
「3日の予定だよ。あ、最終日空けといてね。デートするから」
「何で悟さんが先に答えるん?最終日は仕事入ってるので無理です。高専に来れるんは明日の午後やけど、その時真希ちゃんとも会うんよ。一緒にお稽古しよか?」
「お願いします」