いい子にしているのよ、と優しく笑った母。夜に迎えに来るから、と頭を撫でた父。
今日は夫婦水入らずで、そんな事を言って車に乗り込んだ両親を、祖父と見送る。そしてそのまま、彼らは帰らぬ人となった。4歳の夏の頃のことである。

夏の青い空に、一筋の白い雲が登っていく。それをじっと見つめた。蒸せるような暑さの中無く蝉の声が、耳の奥にこびりつきそうだ。涙は出なかった。なんとなく、こうなる様な気がしていたから。
ヒソヒソと、大人たちが囁いている。大方、私の引取先を押し付けあっているんだろう。幼いながらにその理由はよく理解できた。私は父方の連れ子で、母方との繋がりはない。加えて父方の親戚は音信不通。両親がいなくなった以上、母方の親戚が私を引き取る理由もないのだ。それは至極当然のことで、仕方のないこと。誰が好んで食いぶちを増やそうか。
そんな中、声をあげたのは初老の男性。あの日私を預かってくれた、母方の祖父であった。

「うちに来なさい」

シワが入った大きな手が頭を撫でてくれた。暖かいそれに、私の中で何かが切れる。その瞬間、火がついたように泣いた。

そうして佐野家に引き取られだ私は、真一郎と共にすくすくと成長した。私が彼をお兄ちゃんと呼ばないことに不満があったようだけど、今更従兄弟をお兄ちゃん、などと呼ぶのは違和感がありすぎる。それに確かに年上だったけど、お兄ちゃんという感じがしなかったのだ。
その為、成長した今も真一郎呼びのまま。たまに吹かせる兄貴風を適当にあしらいながら、暖かい家庭で笑いあう。家族の一員として迎えてくれた佐野家には、今でも本当に感謝している。

「お前さ、もう1人弟がいるってなったらどう思う?」

真一郎と2人で出かけたお使いの帰り道、彼はふと神妙な面持ちで言葉を溢した。ついこの間妹が増えたばかりだったし、兄妹のように過ごしているとはいえ、私たちに血の繋がりはない。だからこそ、伝えるかどうかを迷っていたのだろう。真一郎にしてはずいぶん歯切れが悪かった。

「家族が増えていいなって思うよ」
「複雑じゃねェの?」
「今更じゃない?何人増えても佐野家の食卓は守ってみせるから安心してよ」
「いやマジでナマエには感謝してる。お前の飯が無かったら多分佐野家滅んでるわ」
「わろた」

万次郎という弟にも恵まれて、その数年後には突然妹もできたのだ。今更弟が1人増えたところで、騒がしくなるだけである。家族が増えることについて、嫌だと思ったことはこれっぽっちもなかった。
それよりも少子化抑制に貢献したおじさんはすごい。そのおじさんももういないけど。

「それで、いるの?弟」
「あー…なんつうかまあ、エマの兄貴なんだけどさ」
「そうなんだ。おじいちゃんにしては珍しいね、エマと一緒に引き取らなかったの」
「そこは大人の事情もあるからなあ」
「大人って問題を複雑にしたがるからねえ。中身は実に単純明快だったりするんだよ、真一郎くん」
「その歳で悟ってんなよ」

真一郎は呆れたように笑う。
同年代の人たちと比べて、確かに擦れた考え方をしている自覚はあった。思春期に入って周りはみんな色気付き、背伸びしたおしゃれをして恋愛の話題で盛り上がっている。けれど私は全くと言っていいほどそういうのに興味がなかった。私の優先順位はいつだって家族で、化粧品を買うくらいならその分食費に回すし、恋愛話を聞くくらいなら夕食の献立とか何処のスーパーがセールしているとかそういう話を聞きたい。
相変わらず年季の入った主婦みたいだな、私。


「その弟ってどんな子?真一郎は会った?」
「会ったよ。ちょっとマイキーに似てっけど、あいつよりは大人だな。今度一緒に行くか?」
「行く!」