住宅街の細い道を抜けながら買い物袋を抱えて歩いていると、丁度送ってもらった様子の赤音ちゃんとマイキーくらいの男の子を見かけた。私に聞こえるくらいの声で赤音ちゃんに盛大な告白をしたその子は、よほど嬉しい返事をもらったのか足取り軽く駆けていく。
赤音ちゃんに視線を戻すと、頬を染めて恥ずかしそうに男の子の後ろ姿を見ていた。
触らぬ神に何とやら。知らんぷりして通り抜けようとしていたものの、ぱっちり目が合ってしまった。
「えーと…おめでとうございます?」
「ナマエちゃん?!…みてた?今の」
「うん、バッチリ。盗み聞きつもりは無かったんだけど不可抗力デス」
益々顔を赤くするものだから、何となくあの子からの告白はまんざらでも無かったんだと分かった。恋とか愛とか縁遠い私には、全くわからない感情だけど。それでも、恋する女の子が可愛いことくらい知っている。
「年下キラー…」
「違うモン!あの子、弟の幼馴染で…!」
「罪な人ですねえ」
「違うってば!」
「誠実そうな子だったし、大人になった時が楽しみだね」
「もうっ!!!」
忘れて!という彼女に、はいはいと返す。赤音さんとは学校は違うけど、図書館で会ったことをきっかけに仲良くなった。一つ上だけど話が合うことが多くて、学校の友達といる時よりも彼女といる時の方が楽しかったりする。そんな彼女にも恋という季節が来たんだな、としみじみと感傷に浸ってしまった。
「弟くんは知ってるの?」
「言わないでネ?!」
「言わないよ。でも進展したら詳しく教えてね!」
「ナマエちゃん、こういうの興味ないんじゃ無かったっけ?」
「赤音ちゃんのは気になる」
特に反応が、といえば、やっぱり恥ずかしそうに怒るのだ。青春って素敵だなと初めて思った。
「あ、お買い物中だったのに引き止めてごめんね」
「いいよ。特に生鮮食品は買ってないし、今日夕飯遅めだから」
「そうなんだ?」
「お兄ちゃんが遅くなるみたい。下の子達はみんな揃わないとちゃんと食べてくれないんだよね」
「そうなんだ。ナマエちゃんって本当にすごいねえ」
純粋にキラキラした目を向けられて、何だか恥ずかしい。褒められるところなんて思い付かなかったけど、有難うと返しておいた。そのあともちょっとだけ、告白してた男の子について探りを入れていると、何処からか焦げ臭さが漂ってくることに気づいた。スンッと鼻を鳴らせば、彼女も違和感に気付いたのだろう。同じように鼻を鳴らして、周りを見た時だ。ガラスが割れるような音がして、赤音ちゃんの家の窓から火柱が上がった。
「あ…!」
「うそ…っ!」
火柱は轟々と音を立てながら、あっという間に赤音ちゃんの家を包んでいく。門の近くにいるのに、肌で感じる暑さは異常だった。家に戻ろうとする彼女の腕を引っ張って通りに出る。すでにそこには人だかりができていて、救急車と消防車を呼ぶ声も聞こえた。
「赤音ちゃん、危ないから離れなきゃっ!」
「でも青宗が…っ!」
「赤音ちゃんまで巻き込まれたら元も子もないってば!」
人混みの中で押し問答をしていると、ドアを蹴破って赤音ちゃんの家に入っていく人影が見えた。もしかしたら消防団の経験がある人が、野次馬の中にいたのかもしれない。ほっとした瞬間、掴んでいた腕を振り解いた赤音ちゃんも、人影を追い掛ける火の中へと入っていってしまった。
「赤音ちゃん!!!!」
「もう1人入っていったぞ!消防車はまだか!」
炎に包まれた玄関を見る。私に、あの中に飛び込む勇気はない。まだ死にたくないし、マイキーやエマのことを思うと無茶するわけにもいかない。ただ黙って、赤音ちゃんが無事であることを祈るしかできなかった。
身を寄せ合うようにして、3つの影が炎の中から現れたのは、その数分後。タンパク質が燃える臭いが、鼻をついた。
「誰か出てきたぞ!」
「3人いる!」
「早く水もってこい!!!」
慌てて3人に駆け寄る。左上半身が真っ赤になっている赤音ちゃんは自分の怪我をかえりみず、必死でおぶられてる子に声をかけていた。でも多分1番酷いのは赤音ちゃんで、それを分かっていても私は何もすることができないのだ。
何て声をかけていいかわからないまま、その後すぐにきた救急車が3人を運んで行った。
その後聞いた話では、赤音ちゃんは身体の40%程度の火傷を負い、弟くんは顔に火傷を負った。命は取り留めたものの火傷を治すにはかなりの費用がかかるらしい。生きてるんだからイイよ、なんて笑う姿が痛々しくて、どんな顔したらいいのかも分からなかった。
あの時、どうしたら良かったのだろう。赤音ちゃんをもっと強く引き留めてたら良かったのだろうか。それとも、もっと早く弟くんを助けに行かせてあげるべきだったのか。私も一緒に火の中へ飛び込めば良かったのか。
何をしてても、ぐるぐると答えのない思考が回る。お皿を洗いながら大きなため息をついた時、それを咎めるようにポンと頭を叩かれた。慌てて顔を上げれば、真一郎がちょっと怒ったような顔で立っている。
「お前が悩んでもしょうがねぇだろ」
「そうなんだけどさ…でももう少し出来ることあったのかなとか考えちゃうんだよ」
「オレたち誰かの運命を変えるようなスゲェ力はねぇよ」
「…」
「その時のその判断が全員にとって最善だった。そう思って前に進むしか出来ねぇ。でも後悔はすんな。ナマエが止めなかったら、その友達は死んでたかもしれねぇ。それをお前が止めた。それでいいだろ」
「そう、なのかなあ」
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