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「うぅ〜〜〜暇だ〜〜〜!!」
誰もいない静かな屋敷に私の嘆きが響く。
炭治郎達の最終選別が始まり、早一週間。
私は特にやることもなく日々を過ごしていた。
お館様御一家は最終選別のアレコレで大忙しで全然お屋敷にいないし、蝶屋敷はカナヲちゃんが帰ってくるまでは来ないでほしいとしのぶちゃんに言われてしまった。悲しい。
突発的な任務が舞い込んでくることもなければ、1人で気軽にお出かけということも出来ない。
修行も私の場合は怪我人がいなければどうしようもないため、本当にやることもないままお屋敷でぼーっとしているだけであった。
立派なニートの誕生。
誰もいないことをいいことに、いい年して叫びながら床でじたばたしているだけである。
よいしょ、と畳から身体を起こして残り1週間をどのようにして過ごすか考える。
お屋敷抜け出しちゃう…?
でもそうするとただでさえ忙しい柱やお館様に迷惑かけちゃうからな…。
「千百合さーん!」
うーん、と頭を抱えていた時だった。
遠くから私を呼ぶ声が聞こえる。
この声は!
立ち上がり、廊下へと顔を出す。
「あ、いたいた!
こんにちは、千百合さん」
「蜜璃ちゃん!」
遠くからでも目立つその綺麗なピンクと緑。
姿を見つけ、可愛らしい笑顔でこちらに駆け寄ってきてくれたのは蜜璃ちゃんであった。
その後ろからもう1つの影。
「あ、杏寿郎くんもこんにちは!」
「久しぶりだな!」
部屋から出て私も2人に近寄る。
この2人はいつも元気で私も嬉しくなる。
蜜璃ちゃんは明るくて一緒にいるとこちらもつられて笑顔になる不思議な魅力を持っている。
この時代には珍しい洋食のこともよく知っていて、ついついおしゃべりが弾んでしまう。
杏寿郎くんは柱の中では一番仲が良いかもしれない。
私はここに来た当初、少しだけ煉獄家にお世話になっていたのだ。
その時はよく一緒に遊んだり訓練したものだ。
当時の可愛らしい姿を思い出して、だらしなく緩み切った顔を引き締め、話しを続ける。
「今回は合同任務だったの?」
「そうなの!
終わったから報告に来たのだけれど、お館様はいらっしゃらないようね」
「最終選別が始まったからみんないないの」
「もう、そんな季節なんだな!」
穏やかに会話を進む。
はぁ〜、嬉しい。
ここ数日まともに人と会話をしていないのでついついしゃべりすぎてしまう。
本当、誰もいない屋敷で独り言をつぶやくか私の鎹鴉であるピーちゃんと話すことしかできていなかったのだから。
ついついこの2人だと世間話が盛り上がってしまう。
「そういえば私を探していたようだけど、怪我でもした?」
自分が探されていたことを思い出す。
私が呼ばれるのは大体治療のためなので、2人の身体を観察する。
蜜璃ちゃんは特に怪我は無さそう!
杏寿郎くんは…。
「あ、腕怪我してるじゃない!
もう早く言ってよね」
よく見ると彼の隊服の袖の一部が裂けており、そこから覗く包帯に血が滲んでいた。
人に会えた嬉しさですっかり気づくのが遅れてしまった。
医者としてこれはダメだ。
反省、反省。
さーて、ここ数日力も使ってなかったしちょちょいと治しますか。
「はい、動かないでねー」
治療するために傷が出来ている腕へと手を伸ばす。
「ん?」
しかしその手が届くことはなかった。
何故か杏寿郎くんの腕に手が届く前に、その大きな手で掴まれていた。
じっとこちらを黙って見下ろす彼に思わず首を傾げる。
「どうしたの?これじゃあ治療ができないよ。
あ、大丈夫!ここ数日力使ってないから倒れる心配はご無用!」
倒れる心配を毎回されるので、今日は大丈夫だとドヤ顔で言えば彼は呆れたようにため息をついた。
なぜ。
「そう言うことではない!
女性が軽率に男の身体へ触ろうとするのは感心しないな!」
…どういうこと?
普通にこれは診察の一環だし、私断ってから触れたよね?
あれ?言ってなかったっけ?
意味が理解出来ず、助けを求めるように蜜璃ちゃんの方へと向けば、何故か彼女は目をきらきらとさせていた。
「やだっ、煉獄さんたらっ!」
…彼女は彼女で自分の世界に入ってしまったらしい。
蜜璃ちゃんに助けを求めるのはあきらめ、杏寿郎くんへと顔を戻す。
彼の瞳からは何も読み取ることができない。
「治療なんだから別に何も問題ないよね?
えっ、ないよね?」
ここで私はとある重大なことに気が付く。
もしやこれはセクハラになるのか!?
前世で度々話題になっていたこのワード。
男性から女性へというパターンが多いかもしれないが、もちろん女性から男性というのも存在する。
はっ!パワハラってこともあり得る??
ここは鬼殺隊という1つの組織。
私の立場はちょっと特殊だから、見ようによっては柱よりも立場が上。
そっちの路線も考えられる?
色んな問題が瞬時に頭に浮かび、慌てて杏寿郎くんへと問いかける。
私の言動はコンプライアンスぎりぎりですか!?
「貴女はもう少し危機感を持った方がいいな!」
慌てた様子の私を見た杏寿郎くんは眩しい笑顔の程で言い切った。
「はい!気を付けます!!
訴えられたりして医者をクビになったら困るもん!」
ピシッと背筋を伸ばし、元気よく返事をする。
なのに2人は互いを見合って顔を歪めた。
あれ?もう手遅れ?
「…千百合さん、何か勘違いしてないかしら?」
脳内でどうしたらいいか考えていた私は、2人がこそこそと話している内容を全く聞いていなかった。