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恐ろしいほどの戦争は国土総てを焼き尽くし、 セイバートロン星を闇へと突き落とした。 ただ、戦争を終わらせるという大儀のためのオートボットは、 戦争が終わったとたんそれぞれの正義に向けて道を歩みだしていた。
所詮は烏合の衆というのは、まさしくこのことだと、 ドリフトは一つ排気した。 心に抱いた大義などなんてことはないと痛感していた。

「俺は、 セイバートロンを復興したい」

そういった橙色の機体に、 ドリフトは言った。

「その手伝いがしたい」

そして、 今に至っていた。

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「ラチェット」
「なんだ」
「どうも、 へんなんだよね」
「何がだ」
「ここ、 このへんに、 ちょっと違和感を感じる」

ドリフトは、 自身の胸元を指差して言った。 その仕草に、 ラチェットとよばれた機体はげんなりとあからさまにいやな顔をする。

「きっとこれは病気だと思うんだ。 ちょっと話を聞いてほしかったりする」
「お前が思っているほど暇じゃないんだが」
「ラチェットは俺の主治医だから患者の訴えは聞くべきだと思うんだ」

ラチェットはしばらく考え込む振りをして、 短く言った。

「何だ」

それに気をよくする。 なんだかんだといって、 ラチェットが自分に甘いことくらいは理解していたし、 それが許されていることが心地よかった。

「率直に聞くんだけど。 ラチェットには、 気になる誰かっているのかなって考えたら」
「……… 問診終わりだな」
「ちょ、ちょっとまってくれ」

短く言ったラチェットに、 ドリフトは慌てる。 なにもそんな風につきはなさなくてもいいじゃないかと、 恨みがましくラチェットをにらむ。
だが、 ラチェットはそんなドリフトなどしらないと言いたそうに、 さらさらと何かをかきこんだ。
その事が気になって仕方なしにドリフトは聞いた。

「先生、 診断は?」
「気分障害」
「その診断間違ってるよ」
「この病にかかった患者は得てしてそういうからな」

ほらと見せられて己のカルテにかかれた文字にドリフトは顔をしかめて言った。

「消して!」

なんだか満足そうなラチェットに反してドリフトの気持ちは、 あまりよろしくない。 ラチェットがどんな気持ちでドリフトに接しているのかはわからないが、 これだけやって気がつかないのだとしたらそれはあまりにも鈍すぎると思う。
パーセプターのようにもっとわかりやすかったらいいのにと思うが、 それはそれでラチェットらしくない。 要するに、 ドリフトはラチェットが好きなのだ。

「せっかくお前の為に診断してやったのに」
「それ本気でいってる?」
「お前のためであることに相違はないからな」

以前の己ならばもっと素直に好きとかいえたんだろうなあと、 捨ててしまった素直さをうらむ。 だが、 戦争のさなかに気がついてしまったのだ。 素直なだけでは己の心は守れないのだと。 そして、 自分に嘘を吐き平気なふりをするのが上手くなってしまった。

ラチェットに出会ったのはちょうど自暴自棄の絶頂にいたときであった。 元々見ためはあまり悪くなかったからか、 相手に困ったことはなかった。 相手とは、 夜を共にすると言う意味だ。
戦争で失うもののあまりの多さに感じる寂しさやむなしさを埋めるためだけに、 他者のものを体内に感じ、 生きている、己はここに紛れもなく存在しているのだという実感をえていた。 そして、 ラチェットもその一つとして捕らえ、 夜の相手に選んだ。 その精錬そうな有様が、 性という生々しさに歪む瞬間が見たかったのだ。
だが、 ラチェットはドリフトを抱かなかった。 いくら誘っても迷惑そうな顔をしただけで、 それだけでなく部屋から追い出した。
当初は、 そんなラチェットがあまり好きだとは思わなかった。 根底はみな同じなはずで、 ラチェットは気取っているのだと… だが、 ある日見てしまった。
いかなるときでさえも、 冷静に判断を下し職務を果たすラチェットが泣き言も何も言わないラチェットがとある機体を前に静かに雫を落とした所を。
その機体が、 ラチェットにとってどれだけ大切な存在であったのかはわからない。 だが、 その姿はあまりにも小さかった。 そして、 気がついた。
平気な振りをしているのは何も、 自分だけではない。 己が今までしてきたことは、 自分の心を守る振りをしていただけで、 本当は只の自傷行為なのだ。
覗き見をしたような気分に陥りながらそっとその場を離れた。 そして、 次にあったときにラチェットは、 悲しみを微塵も見せず完璧に職務をこなした。その姿に惹かれた。

以来の長い片思いである。




ドリフトとて、 当初はきゃぴきゃぴした恋愛にうつつを抜かしていた。 それこそ、 一言しゃべるたびに、 拍が可笑しくなったり、 変なところはないかとか気にしてみたりしていた。
しかし、 ラチェットの反応はいつもかわらなかった。 そのことに、 徐々に気がつき、 だんだんきゃぴきゃぴしなくなった。 今ではもう常套句に程近いほどの会話も行う。
そして、 話す機会が増えればそれだけ親しくもなる。 徐々に、 ぶっこんだ会話もするようになってきているのだから、 そろそろ感づいてくれてもいいのではなかろうかとドリフトは排気した。
大体、 気になる誰かはいるのか?と聞いた時点で悟れと、 少しだけ苛立つ。 興味ない相手に聞くような奴が居るわけがないのだから。 何をどうすればこの意味のわからない片思いから開放されるのかは充分に理解していたが、 ここまで食い下がって最後の最後に好きだとはいえない。 ドリフトにだってプライドの一つや二つはある。
では、 プライドだけの問題なのかと言われれば、そういうわけではないとドリフトは否定するだろう。 ラチェットが、 何を思っているのか全くわからないのだ。 表情に出なさ過ぎて、 もしここで好きだといって「お前にそんな感情を抱いたことはない」等といわれてしまったらドリフトはまちがいなく立ち直ることができないであろう。 臆病者で頑固者な自分の性が恨めしいも拒否されてしまったときの事を考えると、 このままの距離が一番良いのではないだろうかとさえ思う。

「拒否されることなんてあるか?」
「わからないから、 怖すぎて」
「…… ないとおもうけど」

橙色の機体はちゅうと、嗜好品をすすった。 その子供っぽい仕草がかわいいなあと思いながら、 ごくりとドリフトは嗜好品を飲み込む。

「…… 心はよめないから怖いんだよ」
「うーん… ラチェットの心はなんとなくわかるけど」
「ロディ、 本気でいってる?」

ロディ… ロディマスという名の橙色の機体はこくりと頷く。 その様にうらやましくなるも、 ロディマスはロディマスで別の悩みを抱えていると知っているために、 やはり自分に関係する物事というのは第三者から見ないと判別できないものであることを痛感した。 なぜ、 自分に関係のない物事のほうが、 上手くみぬけるのだろうかと疑問があふれてとまらなくなる。 関係ないものが最善を導き出せ、 関係あるものは最善にたどり着けない。

「年寄りってのは狸だな」
「…… 怒られるよ」
「いま喧嘩してるから聞えるくらいの悪口が一番だし」

ドリフトがはあと排気をつき、 ぽつんと呟いた。

「もうなんていうか、 出会うのが遅すぎないか?」

そんなドリフトの言葉に、 ロディマスが同調する。

「ほんとそれな。 どうせ出会わせてくれるならもっと早い段階に出会いたかったよな」
「そしたらこんなにこじれる前の俺でいられたんだけど」
「でなかったら出会いからやりなおしたい」

だが、 誰かとの出会いもつながりもなにがどうなるかなんてわかったものではない。 いつまで言っていてもしょうがないと、 ロディマスは立ち上がって言った。

「よっしゃ仲直りしてくる!」
「いってらっしゃい」

意気揚々と部屋を出て行ったロディマスに、 どちらも大概素直ではないなと苦笑いが零れた。
素直でないのは己も一緒なのであるが、 この際自分の事は棚に上げておく。 自分の空けた杯を見て、 少々飲みすぎただろうかと一つ伸びをした。 ふわふわと居心地のよい気分になって、 寝具へと飛び乗った。 とたんに、 睡魔に襲われる。
寝酒は夢見が悪くなると、 そう思ったがどうにも逆らえずそのままドリフトは眠ってしまっていた。
鳳櫻月雨