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「なんだ…」
「えーっと」
「……」
ラチェットは無言でドリフトを室内へと招き入れてくれる。 その勢いのまま寝具に座ったドリフトに、 ラチェットが言った。
「泣いたのか」
「なんでわかるの」
「なんとなくだな」
「先生の観察眼はずいぶん鋭いんだな」
「これでもお前の主治医だからな。 私は心を直すほうではないが」
「…… ラングのところに行くのは迷惑かと思って」
「私には迷惑をかけてもいいのか」
「急患なので面倒見てください」
ラチェットの声はひっそりと耳に心地がいい。 こんな風に押しかけているにも関らず、 追い出したりしないくせに、 接続しようと持ちかけると追い出しにかかるところが謎ではあるが、 そんなことを気にしていてもしかたがないし今は追い出されたくなどない。
即席でいれられた飲料の入ったカップをさしだされ、 ゆっくりと手を伸ばして受け取った。
「ありがとう」
そうドリフトがいえば、 ラチェットも自分のカップに注いだそれをこくりと飲む。 そのまましばしの沈黙が続いた。 ラチェットはドリフトが自分から何かを言い出すまできちんと待ってくれていた。 その優しさに今日も甘えることにする。 幾度かカップを傾け、 その間に静寂がつづくも、 その静寂は先程のような薄暗い静寂ではなく安心をもたらす静寂であった。 さらに幾度かカップを傾け、 長く排気をした。
「…… 落ち着いたか?」
「うん」
ぶっきらぼうではあるが、 心配されているとわかったことで嬉しさを覚えた。 そのまま、 何故自分が此処を訪れたのかを弁明する。
「少し怖い夢をみたんだ、 誰も居なくなる夢」
「お前が泣くほどじゃずいぶん怖い夢だったんだな」
「うーん、 ラチェットはそういう夢、 見たことないのか?」
「あるぞ」
意外な返答に、 ドリフトは驚く。 ラチェットは滅多に自分の事を語ったりしないし、 それこそ怖い夢をみただなんて事はいわない。 聞いてもいいだろうかと、 悩んだ末に尋ねた。
「どんな?」
「…… 今やっとの思いで救ったはずの者が目の前で死ぬ夢だ」
突き詰めても良いのかわからないながらも再び尋ねた。
「どんな気分?」
ドリフトの再三の問い掛けにちらりと、 ラチェットが視線をよこし思わずどきりと拍がおかしくなる。 聞きすぎただろうかと不安になるドリフトだったが、 ラチェットはいたって平然と答えた。
「自分のしていることが無益に思えてただむなしいだけだな」
「…… 無益」
「こちらが生きてほしいと望んでも意味がないのだと思わされる。 だが、 立ち止まれば目の前の者も死ぬ。 無益だと思いながらこれは有益なのだと自分に言い聞かせる。 私は医者だが、 果たして救えているのかさえもわからない」
「ラチェットは現に俺を救ってくれたじゃないか」
「そして、 お前はまた戦地に臨む。 それは本当の意味で救っているわけじゃない」
ドリフトにはラチェットのいっている意味がわかりかねた。 ラチェットはドリフトだけでなくわけ隔てなく周りの者達を救い皆に感謝されているというのに、 誰も救えていないと嘆く。
そんなドリフトの雰囲気を察してか、 ラチェットが言った。
「しゃべりすぎたな」
ドリフトの手からカップを取り、 ラチェットは適当に洗う。
「寝ろ」
「ラチェットは?」
「その上でどうやって二人で寝るんだ」
「一緒に寝ようよ」
「断る」
「何もいたずらしないって」
徹底したその態度に、 苦笑しながら思う。 ラチェットから見てそんなに自分は魅力がないのだろうか。 だが、 それを聞くのも気が引ける。 ようやく頷いたラチェットが、 ドリフトの隣へと寝転びぱちりと電気を消す。 再び闇がドリフトを包み込んだ。
「ねえ…」
「黙って寝ないなら追い出すぞ」
その言葉が本気だと気がついて黙り込んだ。 了承をとることもできないのだが別に良いだろうとラチェットと己の間にある隙間を埋めた。 即座に反応したのはラチェットだった。
「…… ドリフト」
ラチェットが話しかけてきたのだから許されるだろうと、 口を開いた。
「何もしないってば、 もしかしてされたいのか?」
「寝ろ」
声だけでラチェットが不機嫌になったのがわかったが、 それもこれもあまりに気にしすぎるラチェットが悪いと自分を正当化した。 自分以外の駆動音は心地がいいと思い、 同時にラチェットは俺の保護者みたいだなあとか、 俺はもしかして手のかかる子供的立場なのかとかそれはいやだとか…、 そんなことを考えているうちに眠りについていた。
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ふわふわと意識の浮上に、 ドリフトは額を押し付けた。 ぐりぐりと押し付け、 ふうと排気をして気がつく。 はたして、 今額を押し付けているこれはなんなのか。
目を覚ましたドリフトがまず第一に思ったのは此処はどこだろうかという疑問と、 何故俺はラチェットに抱きかかえられて寝ているのかという二つの疑問だった。 前者は、 すぐに感づいた。 昨夜は寂しさと孤独に負けてラチェットの元を訪れ、 そのまま世話になって一緒に寝たこと、 だが、 後者はまるきりわからない。 ドリフトから距離を縮めたのは知っているのだが、 昨晩寝る前はこうなっていなかった筈だ。
「ら、らちぇ、っと」
ドリフト自身の声も大分かすれているが、 自身の声が問題なのではない。 何故、 ラチェットが己をぎゅうと、 ぎゅうと抱きしめて寝ているのかが一番の問題だった。
「お、おきて、 ラチェット起きて」
幾度かゆすれば、 うざったそうにラチェットが目を覚ました。
「…… なんだ」
「なんだ、はこっちのせりふで、 なんであんた俺の事抱いて… もしかして何かしたのか?」
襲うなと言っておきながら、 自分は襲うのかとどこか裏切られたような気持ちでラチェットに目を向ければ、 ラチェットは不機嫌に言った。
「……… お前が」
その先の言葉をドリフトは待ち望む。 全く持って無自覚すぎて、 何を言われるのかわからないのがとても怖い。
「あんまり、 くっついてくるから」
「くっついてくるから?」
「お前を抱えないと私が寝台から落ちる」
きゅるりと、 視覚器を絞って起き上がって驚いた。 ドリフトの方はずいぶんあいているのに、 ラチェットのほうには余裕がない。 そして、 幼きころにウィングに言われたことを思い出す。 あの日は確か、 デッドロックと喧嘩をし泣きながらウィングの寝台に入れてもらったのだった。
「お前はなぜかくっついて寝たがるね」
そうにこりと笑ったウィングの背は少し凹んでいた。 今、ようやくドリフトは気がついた。 あの時、 ウィングは寝台から落とされたのだ。 それ以降、 ウィングは壁側に寝るようになった。
「ご、 ごめんつい…」
「何度追いやってもくっついてくるし」
「そんなことした?」
「お前とはもう寝ない」
「そんなこといわないでくれ」
慌ててそういうも、 自分のこの悪癖が者をいっていることには既に気がついているので文句は言えない。 ドリフト自身は結構快適に眠れていたが、 果してラチェットはどうなのか。
「ごめん」
「お前が私の分まで寝たようだから、 もういい」
寝台から降りたラチェットが首をくるりと回し、 机の上の電子板をいくつか持ち上げる。 あわてて、 ドリフトが言った。
「もう仕事いくのか?」
「そのつもりだが」
「えっと、 じゃあそれ持つよ」
「いいからお前は部屋に帰って剣でももってこい」
持ち主のいない部屋にいつまでも居るわけにいかないと、 部屋を出て一目散に自室に向かう。 ぽつんと立てかけてあるウィングの剣を背に抱き、 短く排気した。 なんだかもやもやが止まらない。
組み手の一つでもできれば、 もやもやしなくなるんだけどなあと思いながらそんな組み手が出来る相手が誰も居ないことに気がついてため息をつき、 そして叫んだ。
「もう寝ないってどういうことだ!?」
―――――
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