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啜り泣く声がすると、 ウィングは意識の彼方で感じたが、 それは啜り泣きではない。 咽び泣くような、 そんな仕草にこれはデッドロックだとわかった。 ドリフトは、 ぐすぐすといつまでもずっと泣いているのに対して、 デッドロックはどうにか我慢しようとぐっと声をこらえる癖があることは気がついていた。 そんなデッドロックの背を撫で、 我慢しなくていいと促したことも幾度となくある。 デッドロックは泣くことを嫌っていたし、 おそらく泣き続けるドリフトをどうにかしなければいけないと思い続けていたのだろう。 自分まで泣いたらどうするのだ、 俺がどうにかしなければならないと、 無意識のうちに言い聞かせているようであった。

そんなデッドロックが、 泣いている。 いつものようにぐっと声を凝らして、 泣いている。 いったい何があったのかはわからないが、 とにかく泣いているという事実だけは変わらない。 そして、 ウィングは何故デッドロックが泣いているのか何故わからないのかがわからなかった。 いつだって、 デッドロックのそばにいた。 常にそばにいたのに何故わからないのか。 ドリフトと喧嘩でもしたのだろうかと思うも、 その時はいつだってドリフトが己の許になきながら訪れてきたし、 デッドロックはそれに反して一機ぼんやりとしていることが多かった。 そして、 ドリフトを連れ添ってデッドロックの許に行くのが常である。
今でも思い出す。 俺はウィングとは違うと、 ウィングのようにはいられないと、 どうあっても憎しみが勝ってどうしようもなくなる、 かなしいのではない寂しいのだと、 そういってデッドロックが泣いた日のことを。

「俺もお前も同じだよ」
「同じじゃない、 わからない」

デッドロックはそう答えて声を殺した。 その姿はおそらくドリフトに見せる事はないだろう。 その時、 デッドロックの抱えていた孤独をウィングは初めて見たのだ。

また、 孤独になってしまったのだろうかと、 己は何をしているのだと、 そばにいるとそう約束した。 デッドロックの一番そばにいたというのに、 何故己はデッドロックが泣いている理由がわからないのか、 その事に妙にいらだった。 お前はその孤独をどうして感じているんだと、 ウィングは聞こうとしたが、 肝心なデッドロックが見当たらない。 これはデッドロックを探さなければいけないだろうか、 そういえばあの子は暗がりに居るのが好きだったな、 でもここは明るい… 明るい?

「……???」

目覚めたウィングが真っ先に目にしたのは、 見たこともない天井であった。 その天井は、 いつもいる治療室の天井ではない。
むくりと、 起き上がり腕につながれている線を見て首をかしげ、 さて自分はどうしたのだろうかとよくよく考え始めた。

デッドロックをとめなければと追いかけて、 そのデッドロックと話をしたのまではウィングの記憶にある。 その後のことがわからなかった。
機体の性能を確認してみるも、 今までの機体とさほど変わりはない。 完璧なる機体の修理は、 むしろ今までよりも寸分性能が上がった気もする。 医師の姿を確認し、 デッドロックの事を聞かなければと、 考えてようやく思い出した。

「…… デッドロック!」

ウィングは跳ねるように起き上がって、 上腕につながれた管を引っこ抜いた。 少々荒っぽいとは思うも、 そんなものにかまっては居られない。 デッドロックを探し出さなくてはいけないし、 自分が寝てる間にもしかしたらデッドロックはどこかにいってしまったかもしれないと焦る。
だが、 廊下へと飛び出したウィングの目の前にあったのは、 デッドロックでもなく、 医師でもなく、 見慣れた景色ではなかった。 眼前に広がっていたのはおびただしいほどの傷を追った者たちだけであった。 目の前の光景はあまりにも凄惨で悲惨であった。 部屋に収容できないほど大勢の者たちは廊下を埋め尽くし、 そこらほこらにうめきが聞こえてきていた。 まるでそこはさながら戦場であった。 己がどこにいるのかもわからないままウィングは少し考える。 その脳裏には、 果してここは自分が知った場所なのかどうかという疑問がうかんでいた。

「ウィング?」

背中で聞こえた見知らぬ声に、 だが己の名前を知っていることに安堵して振り向いた。 瞬間、 ほっとしたようにその人物は笑みを漏らす。

「これは奇跡だ!」

叫ぶように言った医師に、 ウィングはただ疑問符をうかべるだけであったが、 その反応にすらうれしそうに医師は笑う。 そんな医師にウィングは言った。

「デッドロックは助かったのかい?」
「デッドロック…? ああ、 あのデストロンのことか」
「デストロン?」
「デストロン… あなた方はディセプティコンと呼んでいるのかもしれませんね」
「…… ディセプティコン」

デッドロックをとめることは出来なかったのだろうかと、 ウィングは落胆する。 だが、 ふとした疑問が残る。

「ここは?」
「停戦協定区域内の病院です。 もっとも戦争は終わりましたよ」
「終わった?」

ウィングのますますの疑問に医師は言った。

「あなたはずいぶん長いことねむっておられたのですよ」
「…… 寝てた?」
「時間にして200万年ほどね」

一瞬時間がとまったかのようにウィングは感じる。 何をいっているのか

「つまり今は俺が知っている年でもなければ、 そのときから大分たった挙句、 戦争は終わってしまったと?」

目の前のオートボットの紋章をつけた医師は、 こくりと頷いた。 疑問は山のようにあるのが、 ウィングの言えた事はごく僅かであった。

「なぜ俺は目覚めたんだろうか」
「それはよくはわかりません。 偶然の可能性が多々あるでしょうね。 本当に運の良い」

医師は、 ウィングの生体反応を確認しながら淡々と答えてくれた。 その様をぼんやりと眺めながら、 あの子達は今何をしているのだろうかとただそれだけを考えていた。

「生体反応、 異常はみあたりません」
「…… ありがとう。 …… もう行っても?」
「行く? どこへ?」

ウィングはふうと一つ排気した、 自分が何故ここに送られたのかはわからないがとにかくダイアトラスの元へ行かなければならないというのはわかった。

「俺にもやることがあってね」


鳳櫻月雨