デッドロックに取り付けられた足は、塗装もすべて変えられていた。 ゆっくりと治療台から降りたドリフトはデッドロックの傍により、ほっと排気を吐いた。

「デッドロックを助けてくれて有難うございます」
「いいえ、それが仕事だから」

ドリフトに医師はそういい、 何かをとりに行った。視線をウィングに移してドリフトは言う。

「…… あの、 俺、何もできないから、その…、でも売ったらお金になると思うんだ」
「俺はお前を売ったりしないしデッドロックも売らないよ」
「えっ、 …??」
「俺は売り買いでお前たちを手に入れたわけじゃない。 だから、俺たちの関係は対等だ」
「…???」
「要するに、お前も俺も同じだということだよ」

医師は一つの電子板を持ってきてドリフトにかざす。

「大丈夫だと思うんだけど、ちょっと変形してみてほしいんだ」
「変形?」
「そう変形。 ちゃんと上手くいったか知りたくて」

こくんと頷いたドリフトは、 幾度か変形してみせる。その様子を、内部の構造まで詳細に映し出して医師が言う。

「違和感は?」
「ない、」
「気に入らないところは?」
「あ、、な、ない」
「正直に言ったほうがいい」
「… ちょっと、 、変、 床が近くて…、」

ドリフトは再び変形してこくんと満足そうに頷いた。

「ありがとう、がんばる」
「…、どういうことだよドリフト」
「デッドロック!」

後ろから聞こえた音に、 ドリフトが声を弾ませる。だがそんなドリフトとは裏腹に、デッドロックは不機嫌そうであった。信じられないものでも見たように、デッドロックはドリフトに言った。

「お前翼はどうしたんだよ」
「…、 あの…」

ドリフトは泣き出しそうになりながらデッドロックを見つめ、 反対にデッドロックはドリフトを怒鳴りつけて問いただしている。 だが、 そんな二人の間に割って入ったのは医師であった。

「ドリフトが、 デッドロックに翼をあげたんだよ」
「俺はなんでそんなことしたのかきいて」
「デッドロックの機体もドリフトの機体は結構特殊でね。替えがきかない部分の一つが足だったんだよ。 飛行型は電気伝達が完璧じゃないといけないから。 それを犠牲とみるか贈り物と見るかは別だけれど 今言うべき言葉はありがとうの言葉であって怒鳴ったり怒ったりするのは違うと思うよ」
「ありがとうなんて思ってない! ドリフトのなんかいらない」
「でもそのドリフトがいなかったら、 デッドロックは二度と空を飛べないよ」

言い争うデッドロックと医師にとうとうドリフトの視覚器から雫がぽろぽろと溢れ出した。ごしごしと目元をこするドリフトの頭を撫でてやりながら、 ウィングが言った。

「ドリフトはデッドロックが空を飛ぶのがすきなんだって言っててね。 それはドリフトのものでもあるしデッドロックのものでもある」
「…… もうしらない!」

雫をこぼし続けるドリフトにつられるように、デッドロックの顔が歪む。 だが、デッドロックはただ黙り込んだだけであった。

「謝ったほうがいいんじゃないかなデッドロック」
「うるさい!」

デッドロックはドリフトにもウィングにも背を向ける。 とにかく、ドリフトを泣き止ませなければと思うが、ぽろぽろ零れる雫は止まらない。 そんな様子をちらりと気にしたデッドロックがぽつんと言った。

「…… ありがと」

くるりと振り向いて、デッドロックは言う。

「あとでぜったいかえすから」

ここで、ようやくドリフトの雫が止まる。そのことに、安堵したのはウィングだけではなく医師も同じようだった。 満足したように、医師は自分の仕事をするといって他の場所に移る。デッドロックの傍に駆け寄ったドリフトはぎゅうとその腕をつかんで言う。

「うん」
安堵したウィングではあったが、問題は次から次へと発生する。 次の問題はデッドロックとドリフトをダイアトラスの前に連れて行かなければいけないことだった。控えめに言っても… ダイアトラスの圧迫感は尋常じゃない。

「デッドロック、ドリフト、合わせたい方がいるんだけど…」
「売る?」
「売らないよ」
「本当?」
「本当」

先程から何度繰り返されたかわからない会話だったが、ウィングはいらだつことなく丁寧に答える。 何度かの会話で、ドリフトを説得したほうが、早く事が運ぶのはわかってきていた。

「ここにいるえらい人にお前達をあわせなくちゃいけなくて。」
「挨拶?」
「そう、 今日から俺と暮らすから。 ダイアトラスって方だ」
「だいあとらす?」

少し考え込んだ跡にドリフトが頷いた。だが、やはりデッドロックは納得していない。

「やだ、 かえる」
「帰る場所がある?」
「ないけど、 やだ」
「おそらくここをでたら間違いなくまたつかまって奴隷船に乗せられることになるよ」

そういえば、 びくりとデッドロックもドリフトも機体を奮わせた。あまり、良い説得方法とはいえないが、デッドロックを納得させる方法が浮かばなかった。

「そしたら今度こそ、ドリフトとお別れになるかもしれないよ。二度と会えないかもしれないそれでもいい? 良くはないだろう?」
「あ、 あんたがドリフトを売るかも…」
「売らない」
「…、デッドロック」

ドリフトは相変わらずデッドロックの後ろに隠れてその動向を見守るが、ドリフト自身も不安で揺れているのはわかっていた。

「わかった、いく」

ゆっくり立ち上がったデッドロックについて、ドリフトも立ち上がる。

「こっち」

好奇の目線にさらされるデッドロックがだれかれ構わず暴言を吐きまくるのではないだろうかと心配になるが、 デッドロックは何も言わずにただウィングの後ろをついてきていた。 ドリフトはと言えば、 先程のことで少し慣れたのかきょろきょろとすれ違う機体を見たり、 建物を見たりと忙しない。

「ドリフト、あんまりきょろきょろするな。 見ないほうがいいものもあるんだから」
「う、うん、 でも、 すごいよ、 ここ…」

などとデッドロックが言っているのが少し悲しくなる。 存外にデッドロックは己を信用しておらず、ドリフトをほうっておけないだけかもしれない。だが、それだけ悲惨な日々をすごしてきたのだろうと、 徐々に慣れればいいとそう思った。

… 目の前のダイアトラスは実に汚らしいものをみる目つきで、デッドロックとドリフトを見つめていた。

「あの、 ダイアトラス様、… 左がデッドロックで、右がドリフトといって…」

ダイアトラスの高圧的なまでの視線に、ドリフトはおろかデッドロックでさえも、恐怖におびえていた。 だが、 意を決したのはやはりデッドロックであった。

「で、デッドロック 、」

後ろに隠れたままのドリフトを促す。

「ど、りふと…、」

なんとも小さな声でドリフトが言う。 しばし二体を見つめた後に、ゆっくりとダイアトラスが言った。

「お前達はどこから来た」
「奴隷船にのって 、その、故郷は、焼かれた。あの、 ダイアトラス、 俺は」
「デッドロック、 ダイアトラスじゃなくてダイアトラス『様』」
「ダイアトラス様、 」

そもそも、ダイアトラスはデッドロックとドリフトのことを気に入っていないのだ。さすがに殺したりはしないだろうがウィングも、どことなく不安を覚える。 そんな風に二体を気にかけすぎていて、 ダイアトラスに呼ばれたことに気がつかなかった。 「ウィング、きいているのか」
「… はい?」

とぼけたような声がで、そのことにさらにダイアトラスが顔をしかめるのに気がついた。

「絶対に目を離すな」

指でおしやる仕草に開放感を味わう。

「失礼します」

ゆっくりと頭を下げて、ウィングは手早くデッドロックとドリフトを呼ぶ。一度も振り向くことがないデッドロックと反対に、ドリフトはダイアトラスをじっと見つめてからウィングの後ろを追った。

漸く自室に戻ってこれたと、ウィングは一つ息を吐いた。今日はいろいろあったなあと、ぼんやりしながら機体を洗浄する。 二体を見つけたあの船内はとてつもなく汚いところらしい。流れ落ちる水が煤けた色をしていることに、たしかにダイアトラスがつめたい目つきをする理由がわかるような気がする。
さっと機体をぬぐって自室に戻れば、寝床にもぐりこんだ二体はすやすやと寝息を立てていた。小さく縮こまっている姿はかわいらしいと思う反面、どことなく警戒の色を滲ませていて少しさびしい。今日は泣いたり怒鳴ったりであったしなあと、ウィングは笑みを浮かべた。

「おやすみ」

―――――




鳳櫻月雨