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光陰矢の如しとはよく言ったものだと、デッドロックは考えていた。 あの日、ウィングに救われてからの月日は飛ぶように過ぎ去っていってしまった。あの時よりも経験したことは多いし、あの時から変わっていないことも多い。 けれども、そんなことを何時までも言っていたって仕方がない。 ごろりと寝返りを打って見上げた空には青空が広がっていて、 さわやかな風が吹き抜けた。 と、突如落ちてきた影に、デッドロックは視覚器をきゅるりとしぼった。
「デッドロック」
「…… なんだよドリフト」
「ダイアトラス様の令をまた破った?」
その話は聞きたくないとばかりに、また寝返る。
「そんなこといいにきたなら帰れよ」
「まさか。 デッドロックを責めに来たんじゃないよ」
其のとき、空をキィーッと劈く音がした。飛行型が、幾機もデッドロックとドリフトの頭上を抜けていく。
「……… 殺しに行くんだろうか」
「知らねえけど、 暇な奴らだな」
「戦況は芳しくないって、 ダイアトラス様が言ってた」
「だから出歩くなって? ドリフト、お前も今日はダイアトラス様の令を破ったんだな」
「デッドロックも破ってる」
再びキイーッと劈く音が響き渡る。 その姿に、ドリフトが言った。
「足」
「あ?」
「もう時効だからあげる」
「…… いまさらなんだよ」
「少し前に、取り替えるって大騒ぎしたってウィングにきいた」
「あいつぶっとばす」
デッドロックは、再びごろりと仰向けになった。
「ダイアトラス様はデッドロックを心配しているんだよ」
「… 余計な世話だ」
「少し前にディセプティコンに入るって大騒ぎして殴られたの治った?」
「治った」
「ガスケットも青空が好きだった」
「ドリフト」
「…… ガスケットのこと、ウィングは知らないんだろう?」
デッドロックはふと脳裏に浮かべた。 ガスケット… 仲間の大切さを教えてくれたかけがえのない存在だった。ごみためのような場所で、 虐げられて震えていたデッドロックとドリフトをあたため、抱きしめてくれた。 だが、 彼は結局オートボットに殺されてしまった。
「お前が話してないのならウィングは知らない」
「話してない」
「なら知らないはずだな」
「ねえデッドロック」
「あ?」
「なんで俺には素直なのに、みんなにはあんなにつんけんするの? 特にウィングに」
答えたくなくてドリフトに背を向けて寝返りを打った。するとその空白をなんととったのかドリフトがさらりと言い放つ。
「すきなの?」
「は!? 馬鹿違う! あいつがウザイんだよ!」
「恋か、いいなあ」
「話聞け!!」
猛烈な速さで起き上がって否定するデッドロックをくすくす笑うドリフトに、ようやく自分がからかわれただけだと悟った。だが、 其のときにはすでにドリフトは何かを理解してしまっていた。
「デッドロックの趣味はウィングか」
「からかってんじゃねえよ!」
「言わないから安心して」
「話聞けって!」
ドリフトを捕まえようとして、するりと交わされてしまう。 その動作のままドリフトは、変形して走り去っていった。それを追いかけようとして…
「何をしてるのかな?」
「う、ウィング」
デッドロックにとって今一番会いたくない者が空からやってきた。
「デッドロック?」
「… なんだよ」
「お前熱でもあるのか? ちょっと機熱が高いような…」
「うっせー!」
「こんなところで何してるの?まさか脱走でも計画してたんじゃ…」
「違うっつーの!」
ドリフトにからかわれてしまった事が脳裏に戻ってきて改めて、ウィングを見やる。だが、ウィングはこちらのことなどなんら気にした様子もなく、まっすぐに見つめていつものように言い放った。
「心配しているんだけどな」
今度こそ、ドリフトは変形して飛び去る。なんだか拍が早くなった気がする。言いようもない感情に頭が狂いそうだ。恋?ウィングに?俺が?などとまとまりのつかない感情がぐるぐるとデッドロックの脳内を荒らしまわる。
帰ったらドリフトには一言いっておかなければならないと心の中で誓う。絶対に違うと、 否定しなければならないと… そもそもドリフトが誰かに恋などしたことがあるのかすらデッドロックはしらなかった。
猛烈な速さで、帰り着いたデッドロックは変形して地面に降り立った。すでに、そこにはドリフトが到着していた。
「おい」
「逃げ帰ってきたみたいな速さだなあデッドロック」
「誰が逃げるって?」
ドリフトの言葉をせせら笑うも、 内心は悟られていないかどうかしかデッドロックの脳内にはなかった。実際に逃げ帰ってきたのだから、 仕方ない。そこで、忘れていたことを思いつく。そういえば、ウィングも帰る場所は結局同じところであるということだった。
「ちょっと行ってくる」
ドリフトがそういって駆け出すその先に居たのは、 デッドロックの知らない者であった。その姿になんだかふと寂しさを感じた。いつからドリフトは他者との接し方を身に着けたのであろうか。 だが、 少し前に喧嘩したときに泣きだしそうであったのを思い出し、 本質的なところはあまり変わらないのだと、 考え直す。
対する自分はどうなのだろう。 ここにいる者の心は綺麗だ。ダイアトラスもウィングもそして、 ドリフトもである。戦いを厭い、平和であることを一番とする。 その中には、戦火で愛する誰かを失った者も居るだろう。故郷を焼かれた者もいる筈だ。だがそれでも尚、復讐心に駆られる事なく誰の命も奪おうとしない。あまつさえ、戦火に苦しむ誰かを助けたりしている。
だがデッドロックの心はそんなに綺麗ではない。乱暴者で粗雑で、そして未だにガスケットを殺したオートボットの事が脳裏に焼きついて離れない。殺したいとそう願いすらしてしまう。殺すのは間違っているとわかってはいる理解もしている筈だ。 それなのに、どうしても憎しみが心を埋める。本当ならば此処には相応しくないと追い出されてもいい筈なのに、誰も追い出そうとしない。
だから、自ら出て行くと決めたのに。
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