そこからの事はよく覚えていないが、 ただ、 ウィングが今も尚、 死の危機に瀕していることだけはわかっている。ウィングの流した体循環油塗れの機体のまま呆然と、 座り込んでいた。 ウィングが入ったきり開くことのない治療室の扉を見つめていれば、 その肩に触れられる。

「デッドロック」
「…… ドリフト」
「…… 洗浄室に行ってきた方がいいよ」

その言葉に、 首を振る。

「そのままでいてもどうしようもないだろ」
「…… 終わるまで待ってる」
「デッドロック」
「なんでウィングに話した?」

その言葉に、 ドリフトは顔をしかめた。

「そしたら、 ウィングは俺を追ってこなかった、 俺もあそこで立ち止まることもなかった」
「なんだよそれ」

元凶は紛れもなく自分であることくらいはデッドロックもわかっていた。 それを、 ドリフトも簡単に理解し、 そして不快感を示していた。

「デッドロック」
「うるさい」
「洗浄室に…」
「うるさいんだよ!」
「己がしようとしていたことがどういう事かまだわからないか」

冷ややかな声が聞え、 デッドロックは顔を向けた。声の主など見なくてもわかると言うのに。
ダイアトラスは冷たくデッドロックを見下ろしていた。 ダイアトラスの視線の意味に気がついてデッドロックはただうつむくしかなかった。

「自分が虐げられたからと他者を虐げていい理由がどこにある? お前達が被弾した理由を知りたいか? あんな辺鄙な土地で何故お前とウィングが被弾したのか。 あれは、 戦場でディセプティコンが落としきれなかった爆物を投げ捨てて行ったに過ぎないからだ。 でなければあんな所で被弾する理由がない」
「… なんだよそれ」
「頭を冷やせとあれほど言ったのが何故わからない? お前の命がお前一人の物であると何故そう思い込む? デッドロック。 お前はオートボットが憎いといっていたが、 今度の憎しみの相手は誰になる。ディセプティコンか?」
「俺は」
「戦えば死者が出る。そしてその死者の為に戦いまた死者がでる、 それが戦争だ」

何もいえなくなって黙り込んだ。 最早自分の憎しみの相手が誰かすら、 デッドロックはわからなくなっていた。ガスケットを殺したオートボットに憎しみを覚えていたはずなのに、 今はその憎しみよりもディセプティコンへの憤りのほうが大きかった。
何を相手に戦えば良いのか。 それすら、 デッドロックは見失ってしまった。

そんな困惑を悟ってかダイアトラスは一つ排気していった。

「それと、 お前達はなにか違えているようだが、 ウィングはまだ死んではいない。 死んだと思い込むような扱いはよせ」
「… ダイアトラス様」
「デッドロック。 その汚らしい機体では死んだとしても生きていたとしても、 治療室には入れない。 洗浄しろ。 それから…」

踵を返したダイアトラスはデッドロックに向けていった。

「お前の処遇については後ほど話す」

ダイアトラスの言葉は常に明瞭であった。 デッドロックからしてみても、 それはドリフトからしてみてもである。

「なにかあったら直ぐに呼びに行くから」
「… なんでお前は責めないんだ」
「いいから行けってば」
「なんで誰も責めてこない? 少なくともお前には責められるべきで…」
「そんなのいいたくないんだ、 なんでわかってくれない!」

ふと、 目線をドリフトに移せば何時の間にやら視覚器から、 雫をこぼしていた。 何でお前が泣くんだとかいいたいことはやまほどあるが、ただデッドロックはうつむいた。

「自分の罪悪感を軽くするために俺を利用するな!」

ドリフトの言うことは最もでおそらく、 本当に誰も責める気はないのだろう。 だが、 その無言が最も有用な責め苦であり、 計り知れないほどの罪悪感を与えた。

「なんでお前が泣くんだよ」
「デッドロックが泣かないから」
「なんで俺が泣けるんだ」
「わからないけど、 こういうとき俺は泣くからきっとデッドロックも泣くと思う」
「泣いたって解決しねえだろ」
「でも痛みが遠のく気がするから。 そのためならなんだってやる」

ドリフトのこぼす雫が、 指に落ちる。 ぼんやりそれを眺めてから、 立ち上がった。

「… 洗浄室、 行ってくる」

このまま死んでしまうのだろうかと、 デッドロックはただ考え込んでいた。 指の隙間をどろりと流れ落ちていったウィングの体循環油の生暖かさと、 今浴びている水の温かさがつながり、 とたんにぐるりと、 消化器官からこみ上げてくる何かを感じて、 そのまま洗浄室の床へと吐き出した。
水に薄まったウィングの体循環油が、 機体をなめるようにすべりおちていくのが気持ち悪い。 それが、 紛れもないウィングの物だからこそ気持ちが悪かった。 嘔吐の苦しさかはたまた別の苦しみからかはわからないが、 視覚器から零れる雫に目元をこする。これは紛れもない後悔そのものであった。
ドリフトが自らウィングに言ったわけではないことくらいは理解が出来る。 言うなと言った事は決して言わないのがドリフトである。 恐らく止めることもしただろう。 だからこそ、 総ての元凶が自分であると、 デッドロックは痛いほどに感じていた。
ずるりと壁伝いに床へとしゃがみこむ。 ウィングにいつもいえなかった事が、 脳内を駆け巡る。
だが、 耳元に先程のダイアトラスの声が聞こえてきた。

『まだ死んでいない』

その言葉をデッドロックも呟いた。

「まだ死んでいない」

―――――



鳳櫻月雨