正確にどれくらいの期間かの把握は行っていない。ロディマスは、ごろりと広いベッドの上で寝返りを打った。 視界に写る広い隙間に手を伸ばしたが、そこには何もない。再び、ごろりと寝返りを打つ。機体に触れている青い毛布に手を伸ばして抱きしめた。それは唯一、ロディマスの持ち物と言って正しい。ほとんどの物は宛がわれているが、自分で選んだものはごく僅かである。まさか、ロストライトを去ることになるなんて予想もしていなかったし、総てのものは奪われて等しい。ぐっと、脚をまげて縮こまった。
助けはまだ来ない。
だが、ロディマスは別にそんな事を悲観しては居ない。むしろ、助けが来ない事に安堵していた。オーバーロードは強い。誰の死を見る事もなく、自身を奪還するなど不可能だと考えていた。だから、助けを呼ぶような発信もしなかった。このままでよいと考えていた。保身の為に、誰かを殺すようなことは出来ない。向う見ずで居るのは終えた。都合がいいことに、現状オーバーロードは意味のない苦痛を与えることはしなかった。そして、ロディマスにはオーバーロードが何を求めているのかわからなかった。奴は、ロディマスに愛していると言ったが、第一面識がないはずなのだ。一度も出会ったことも話したこともない相手なのに何故、オーバーロードは愛しているなどと言ったのか。
毎日、取りとめのない事を考えていた。毎日が、まるで虚空だった。とは言っても、毎日がどれ程の期間かはわからない。食事もまともに取っていないし、時間なんてものは有ってもないものであった。あの日以降、オーバーロード以外の機体を見たことがない。
オーバーロードはよく出掛けた。ロディマスを一人残して。最初は死にたくて、逃げたくて、だがオーバーロードはロディマスに約束させた。ここを出て行った瞬間に、大切な人を殺すと。そして、君が一人で死ぬことは一種の逃げである、と。要するに、オーバーロードはこう言いたいのだ。
「君が死んだらクルーを殺す」
とは言え、裏を返せばそれは、ここにいる限りクルーの身の安全は守られると言うことだ。少なくとも、オーバーロードから守られるだけの話であるし、オーバーロードが約束を守ってくれているかどうかは別である。もしかしたら、既に皆殺されているかもしれない。しかし、ロディマスはかたくなにその約束を信じた。ロディマスは考えていた。己の身一つで、クルーの身の安全が守られるならばそれで構わない、自分の事などどうにでもなる―――
約束を愚直に信じてしまうほどに、疑いを持たなくなるほどに、ロディマスは衰弱し、思考を疎かにしていた。じくじくと時間をかけて痛み出した傷はあまりにゆっくりで気がつかない。
オーバーロードは今日来るだろうか。ロディマスは元来おしゃべりなたちであるが、ここに来てからはめったに話をすることもなくなってしまい、今では「うるさい」「黙れ」「あっちいけ」の三つがもっぱら使っている言葉である。しかし、オーバーロードは飽きもせず話しかけてくるので、ロディマスは仕方なくだが会話をしていた。オーバーロードは恐らく(ロディマスは捕らえられてから日にちは愚か時間すらろくに数えていないため、それが本当か定かでないのだが)一日に一度はロディマスの元をたずね、どうでもいい話をし、あるいは機嫌よく微笑みかけ、または接続を行い、なんにしても一人ぼっちにすると言うことがなかった。出掛けても、必ず恐らく夜には帰って来ていたし、ロディマスが先に寝てしまっていても朝には必ず隣にいた。
だが、今はどうだろう。ここに来て初めて、ロディマスは放置されていた。
オーバーロードと顔を合わせなくなってから、二週間はたっていた。
別段、気になるわけではない。それどころか、居なくて清々していた。しかし、いくらロディマスが清々していた処で現状が変わるわけではないし、それよりも外部の情報が全く入ってこない事が問題だった。いかなる状況であろうと、政情等の情報入手は必須的なものであるし、世間から隔絶されていると言う事は相当な不利である。情報を入手しようにも、アクセスコードがなければモニターは使えない。ロディマスは暫くベッドの上に寝そべっていたが、不意に一つの答らしきものに行き着く。
「死んだのか?」
ロディマスは起き上がって考えた。死んだのであれば、ロディマス的にはとても嬉しい事であるが果してあのオーバーロードがそう易々と死ぬだろうか。しかし、そうでなければ何か問題が起こったかあるいは… そんな取り留めのない事ばかりが脳裏に浮かぶが結局どれも此れも本当とは違うかもしれない。幾ばくか時間をかけてから、ロディマスは立ち上がった。考えていても仕方ない気がしたのだ。真相を探るには先ず、自らが動かなければならないと感じた。もともと、考えるより先に行動するほうが性に合っているのだから。
長いような短い艦内を歩いて、外界へと繋がる扉の前に立った。なんとなく緊張する。というのも、オーバーロードはロディマスに対して外に出てはいけないと約束させている。逃げることの防止か、というかそもそも逃げる事をできなくしたくせにやけにその約束だけは頑なにさせていた。現に、二週間前だかも外に出てはいけないと約束させた。理由はわからない。だが、身の危険のどうとか言っていたのは覚えていた。自分を捕らえたお前が一番危険だと、皮肉で返したのも記憶に新しい。 そこで、ロディマスは考える。はて、この扉は開くのだろうか。あれだけ、ロディマスに頑なに約束させたのだから、外界へ繋がる扉が開く可能性は余り高くないのではないだろうか。むしろ、限りなく低い。そうであるとしたら、モニターのアクセスコードを解読するか、こじ開けるかしかなくなるが、あまりそちらの方面には長けていない上に、こじ開ける力も今はない。扉の開閉を命じた。恐らく、拒否されるだろう… だが、そんなロディマスの考えに反して扉は滑らかに開いた。
「…… は?」
信じられないものを見る目で、ロディマスは開いた扉に目を向けた。外は明るく輝き、風がロディマスの頬を撫でる。恐る恐る外へと一歩踏み出す。もしかしたら、上空から派手な音を立てて何かがおりてきたり、地上から何かが這って来るかもしれない… またしても、ロディマスの期待は裏切られ、何も起こらなかった。ロディマスの眼前に広がるのは、美しい色を湛えた海だった。何故、海なんてものがあるのかわからないし、第一金属に潮風は身体に悪い気がする。などと、脈絡のない思考回路のままにロディマスは海に近づいた。そして、気がつく。海などと見たのはいつぶりだっただろうか。風を感じたのは? 空は?
それら、総てはロディマスの脳を激しく揺さ振った。かろうじて言葉を吐き出す。
「かえりたい…、」
帰れるなら帰りたい。今すぐ走って帰りたい。だが、機体は動かない。迎えは望んでいない筈なのに、帰りたくて仕方がない。何故、自分だったのだろうか。誰にも答えられない問いが浮かぶ。
ぼんやりと、外にたたずんでいた。一向にオーバーロードはこない。ロディマスは次第に自分の中に、苛立ちが込み上げて来るのがわかった。我慢して、一緒に居てやっていると言うのにあいつは何様のつもりなのか、と可笑しく苛だっていた。勝手にクルーの命を人質のように扱って縛り付けておきながら、この仕打ちはいったいなんだ。
怒りは、ロディマスを奮い立たせた。流れ行く波ばかり、見ていたって仕方がないと思い、踵を返して歩き出す。問題点をあげようと考えたが、問題が多すぎて最早なにが問題かわからなくなっているので考えずに目的を絞る。現状を打破するために必要としているのは情報だ。艦の中に戻りモニターを開くが、モニターは反応しない。つかえねえな、と舌打ちしたロディマスは、再び外に出た。徐々に脚が痛みだしてきたことに気がつかない振りをする。変形すれば更に痛みが募るが、それも無視した。脚が痛みだすまでどれ程立っていたのか、機体の情報を調べて記しておく。
「よし」
後輪を、唸らせて海沿いに走り出した。久々に走る地面の感触はどことなく懐かしく、心が躍った。ロディマスは自分が、身一つでうろついているその危険性に気がついてはいたが、武器はすでにオーバーロードに取り上げられてしまっているし、どこにあるかわからない。おそらく、捨ててはいない筈だが…。
それを差し置いたとしても、自分がじっとしていると言う選択はないのだから、あきれてしまう。おとなしく言いつけを守ると言うことは昔から苦手であったが、それは今も尚健在しているらしい。感傷に浸っている場合ではないが、大抵こういう時に思い出すのはウルトラマグナスのことだ。ロディマスは、自分がロストライトから去った後に彼がどんな状況に居るのか知らなかった。もしかしたら、死んでしまったかもしれないし、生きていても自分のことなんて忘れてしまったかもしれない。どうでもいいと思われているかもしれない。… もし、ウルトラマグナスと一緒の旅だったらどれほど楽しいだろうか、とロディマスは考えた。どこに行くにも二人で相談して決める。彼が怒って、自分が笑ってごまかす。きっと、こんな風に退屈はしないだろう。きっと―――
幾ばくかの感傷に浸っていると、目の間に星間港街が見えてきた。脚は既に無視できないほど、痛んでいた。ここで、ロディマスの脳に一抹の不安が浮かんだ。はたして、ここは金属生命体でも大丈夫だろうかと。なにせ、金属生命体の戦争はそりゃあ他の星にとてつもない迷惑をかけているし、関わりたくないというのも星の数だけある。星だけに。
一人というのは存外に不自由らしい。先程から、不安がってばかりいる気がするが致し方ないと思う。何の前情報もなしに、見知らぬ所に行くというのだから。ここで死んだらどうするかな、と思うもそれも天命。意を決した。
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鳳櫻月雨