―――― 結論からいえば、ロディマスは死ななかったし、襲われなかった。だがそれよりも。
 
 「……… なんで、」

 一枚の張り紙の前で呆然と、ロディマスは立ち尽くした。その紙に乗っているのは己の顔と… 

 「軍事情報包括的機密保全違反…」

 さて、いつから己は工作員になっただろうかと記憶をたどるが思い出せない。最初から、自分はサイバトロンに属していたはずだし、ディセプティコンに接触を試みたこともない。張り紙をはがして、夢中になって読む。その内容はとてつもなかった。
 
『軍事情報包括的機密保全違反による死傷容疑、重要監視危険人物逃走援助及び犯人隠匿、証拠隠滅。 見かけ次第、早急な確保が――』

 かしゃん、と金属の擦れる音がした。我に返り、その場を離れて隠れた。オーバーロードが、ロディマスに外へ出るなと言った理由がなんとなくわかった気がした。どうやら、自分はお尋ね者だったらしい。懸賞金まで出ているお尋ね者だ。
 自分の愚かさに、吐きそうだった。まさかこんなことになっていたとは思いもしなかったからだ。プロールにそそのかされて、オーバーロードをロストライトに乗せたのはロディマスだ。いかなる状況であれ、そんな相手と一緒に逃げれば逃走という他にないだろう。もしかして、最初からそうなるように仕向けられて居たのかもしれない。そんなことにも気がつかないで。
 笑いがこみ上げて来そうだった。何を期待していたのか、自分は何を心配していたのか、ああ愚かだ―――。

 「そこの方」
 
 唐突に話しかけられたことに、ロディマスは驚き、そちらへ注意を向けた。人のよさそうな笑みを浮かべた機体が一体立っていた。

 「こちらへ、どうぞ。」

 目の前の人物はわかっているのだろうか。自分が今、手に持っている紙の者であると。逃走を図ろうとした、己に目の前の機体が言った。

 「私は頼まれたのですよ。」

 なんだか今日はあきらめることが多いな、と人事のように考えた。どうせ、この機体が通報したら捕まるだけだ。ならば、おとなしくしておいた方が身のためなのではないのか。

 「通報するんだろう?」
 「通報?」
 「何も知らないなんていわせないぜ、あんた、懸賞金目当てに通報するんだろう?そうじゃなかったらなんだ?あんたも捕まるぞ、逃走補助かなにかで。」

 その言葉に目の前の機体はしばし考える仕草を見せた。まるで、今までそんなことなんて考えたことがなかったかのようにゆっくりとした態度だった。言っておきながら、反省した。本当にこの機体は、違うのかもしれない。

 「おそらく、逃走補助罪には問われるでしょうが… 私は意外とアウトローに生きているのですよ」
 「… みかけによらずあんた意外とワルなんだな」

 手招く方へと、ロディマスが歩み寄った。その機体は、ぴぴっと何かをスキャンしたようだった。ロディマスが不審に思って視線をやれば、機体は微笑みながら言う。
 
 「脚をかばっておられるようでしたので、少々。」
 「ん、ああ… あんた、医者か? だったら、話が早いな。直せるか?」
 「確かに私は医者ですが… さあ、とにかくこんなところで話をしていないでまずは私の家に。」
 
 言われるがまま、案内されるがままにロディマスはその機体の後ろをついていく。せめて、名前くらいは知っておいたほうが良いだろうと、口を開いた。

 「あんた名前は?」
 「名前なんていらないですよ。名前なんて、なんの価値にもならない。」
 「俺が、あんたを呼ぶときに困るだろう」
 「なら、医者とでも。私はあなたを知らずに、案内している。私にとって見れば、あなたはただの患者だ。そういうことにしておけば何も問題は起こらないでしょう。あなたが、心配している逃走補助も私は、あなたの名前をしらないのだし、医者は患者へ対しての守秘義務がある。それに… あなたは、周りのことばかり心配しているようですが、もう少し自分の心配をした方がいい。さあ、脚を見せて。」

 矢継ぎ早に言われる言葉に、ロディマスはたじろいだ。言われている事の理解はできるし、正しいことであるのだが、あまりに正しすぎて反論できない。そう思っているうちに、間の前の… 医者ははやく脚を見せろとロディマスに迫る。挙動不審になりながらも、脚を見せた。
なんとなくこの感じは久々だった。医者に見せている今の状況もそうだが、害悪の一致によってのみ誰かと一緒にいるこの感じは、ロディマスの心をわくわくさせた。
 
 「直るか?」
 「手の込んだ仕組みだ、そう簡単には直らないですね。痛かったでしょう?」
 「いや… もう慣れたし大して痛くはないんだ、ただ不便で」
 「ここまで、自力で?」
 「そうだけど、そんなに遠くはなかったし。… なあ、ここに、青色のでかい機体が来なかったか? この紙にのってる通り、俺が逃がしちまった重要監視危険人物なんだけど…、あんたに迷惑かけたくないから、名前は伏せとく。たぶん、この重要監視危険人物っていうのも機密なんだと思うから。」
 「…… さあ、そんな話はごろごろ転がっていますからね。何しろ、戦時中のあなた方の所業はどっちも悪でしたから、いまさら誰が危険で誰が危険じゃないかなんてどうでもいいことです。」
 「…… 直接言われると耳に痛い話だな…。以前だったら、俺達は正義の為に戦ったって言えたけど、そんなこと言える立場に居なく成っちまったからなんともだ。今の俺はサイバトロンですらない。只の犯罪者さ。 なあ、なんであんた、助けてくれるんだ?頼まれたって誰に?」
 
 ロディマスは、医者に聞く。気になるところはそこだけだった。こんな犯罪者を助けようとして、頼んだ相手とは一体誰だろうか。ロディマスには、全く思いつかなかった。そして、何故ここに来るとわかったのだろうか。
 医者は、しばし考えて、口を開いたり閉じたりを繰り返していた。おそらく、誰に頼まれたか言うべきか、言わざるべきか悩んでいたのだろう。二度、三度、口を開いた後、ロディマスが言った。

 「悩むんだったら言わなくて良いぜ。たぶん、聞いたって互いの為になんないだろうし。」
 「…… 口止めされているので」
 「最初っから、そう言ってくれたら無理には聞かないのに」

 さて、一体誰だろうか。サイバトロンの仲間からは、紙に書かれているように裏切られてしまったし、ディセプティコンにも関わりはないのでそっちの方面からの助けも恐らくない。そもそも、ディセプティコンが頼みごとをして口止めをお願いするなんてありえない。そんなことをするなら、恐喝した方が早いし、もっとこの医者がおびえてもいいはずだ。オーバーロードもディセプティコンだったな、と忘れかけていた事実を思い出した。

 「… さて、あなたの脚の置かれている状況について説明します。あなたの脚の回線は、ほとんどが可笑しくつながれています。なるべく、走ったりはしないように。あまり、負荷に耐え切れるようにできていませんからね。少し休めば痛みは引くでしょうが、負荷自体がなくなるわけではないので気をつけて」
 「…… 負荷をかけすぎたらどうなるんだ?」
 「…… なんとも。私の予想だと… 最悪、歩けなくなるかと。」
 「結構深刻だなぁ。」
 
 ロディマスは、己の置かれている状況を再度認識し、今後どうするかについて考えだした。歩けなくなるのは困るし望んでも居ない。だが、無理をしなければオーバーロードの消息はわからない。こういうときに一番、情報が集まりやすいのはやはり酒場だろうが… いかんせん、武器が一つもない。
 考えあぐねたロディマスは結果、この医者に頼ることにした。普通ならばこれ以上面倒はかけないようにするのだろうが、いかんせんロディマスのおかれている状況は普通とかなり異なる。

 「俺、今一つも武器を持ってないんだ。先生、なにかもってないか?」
 「丸腰ではどうしようもないでしょうからね。」

 渡されたのは、小さなレーザーガン。何も無いよりかは良いだろうが、なんとなく心もとない。ロディマスの視線に気がついたのか、医者が笑っていった。

 「見かけによらず、ですから安心してください」
 「あー…、うん。そうだよな、ここまでしてもらって文句はいえねえよな…」
 「使ってのお楽しみと言うことにしましょう。」

 ロディマスが、レーザーガンを握り締めホルダーへと収めると医者がくすくす笑った。何か可笑しかっただろうかと思って首をかしげる。そんなロディマスを見て、医者が言った。
 
 「不安げな様子が見て取れますからね。」
 「申し訳ないとは思うけど、ちょっとなあ…」
 「大丈夫ですから信じて。」
 「むしろ使うような物騒な事態にならないことを祈ってる。」
 
 脚の痛みも大分無くなってきた。もしかしたらオーバーロードは既に戻っているかもしれない。ロディマスが立ち上がると医者は外着を手渡す。不審に思えば、医者はなにも言わずに、紙を指差した。ここまで大々的に顔が知られてしまった以上、隠すための何かは必要だろう。何から何まで、揃っていることにロディマスは恐怖すら覚えた。本当にこの人物は何者なのだろうか。
 
 「明日も待っていますからね」
 「え?」
 「来るでしょう?」
 「いや、まあ…」
 
 ロディマスが、外にでると医者は言った。ここから、左にまっすぐ行けば街中を通らず、郊外に出られる、と。辺りは既に暗くなりつつあった。急げば、日が落ちきる前に帰れるかもしれないと、ロディマスは道を急ぐ。己は今、何者なのだろうかと疑問が頭に残った。サイバトロンから裏切られてしまった以上、もはや己はサイバトロンに属していない。しかし、ディセプティコンになるかと聞かれれば確実に否と答えるだろう。ディセプティコンにも属せず、サイバトロンからは追われ、戻る所も無くなった。ロディマスに残っているのは、オーバーロードさえも出て行ったあの艦だけ。小さな小さな艦だけだった。そこにしか帰る所のない己を、滑稽に思った。救難信号なんて発さなくて良かったとか、捕まったらどうなるんだろう、とか取りとめの無いことを考えていた。
 しばらく歩くと郊外に出れたらしく、喧騒は無くなり来るときに見かけた海があった。変形して、来た道を走る。以前ならば来た道と違う道を通って帰ったりしたが、そんな事をする気力はない。己の脚に関して、恐ろしい話も聞いたので無駄は一切やめることにした。
 艦を外から伺うが、誰も居る気配がない。今日もオーバーロードは帰ってこないかも知れない。
明日は、もう少し広範囲を探せるかもしれないと、ロディマスはベットに横になった。毛布を抱き寄せて、開いた隙間を眺める。機体は洗浄していないが、立っているのも困難なくらい脚が痛かった。この脚も直してもらわなくちゃならない。目を閉じれば、眠りは直ぐに訪れた。 その日もオーバーロードは帰ってこなかった。
鳳櫻月雨