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 「…… せんせい、いきてるか?」

 一瞬だったかもしれないし、相当な時間がたった後だったかもしれない。それは分からないが、ロディマスは自分を抱きしめる腕に気がついた。
 悔しそうに、振り絞るような声が聞こえた。

 「なんて事を…」
 「…… せんせいがたすかったならいいよ」

 本当に元には戻れないと、突きつけられた事実に、ロディマスはあきれて笑った。分かっていたのに、どこかで望んでいたのだろう。誰かが、助けてくれるだろうと。これは間違いで夢だと… 目の前に転がるオートボットの死体を前に、ロディマスは目を閉じた。
 
 「ありがと、先生。もう平気だよ」
 「…… 私はあなたを救えなかった」
 「んー… いいや、あんたは俺を救ったよ。あのまま、先生を見捨ててたら、俺はきっとその後ずっと後悔し続けるだろうし。それより、あんた俺の名前知ってるんじゃないか。ごめん、もしかしたらあんたもこの星から、逃げなくちゃならないかもしれない。」
 「私のことはいいから、まずは自分の心配をしなさい。この後、どうするつもりか」
 「… とりあえず、艦に帰るよ。でも、オーバーロードがどこにいるか分からないから、どうしたらいいんだろうなあ… ごめん、先生、これも機密かも。」
 「… 私の個人回線番号、教えておきます。オーバーロードが帰ってこなかったら私に連絡してください。」
 「なんだ先生、オーバーロードのことも知ってるんじゃないか。」

 本当にこの医者は何者なのだろうか。不思議そうなロディマスに苦笑した医者が言った。

 「機密事項をたくさん教えてくれた、ロディマスに、私の持つ機密を一つ。私に、あなたを助けてくれと頼んできた人物の名前を教えて差し上げましょう。」 
 「いいのか、先生。」
 「勿論。彼も許してくれるでしょう。その人の名前は… ミニマス・アンバス。」

 聞いたことの無い名前だと、ロディマスは首を傾げた。さて、その人とはどんなつながりだったのだろうか。しかし、その人のおかげで助かったことは事実だ。感謝でいっぱいだった。

 「先生、その人に伝えてくれ。ロディマスがありがとうって言ってたって。」
 「必ず。さあ、ロディマス急いで。今日は雹星祭りですから、憲兵はまだ来ないと思いますが、安心できません。早く!」
 
 医者と別の方向にロディマスは走り出した。きっと、先程、ロディマスの脚になにかしておいてくれたのだろう。脚の痛みは少しだけ軽くなっていたが、直ぐに痛みが戻ってきた。ああ、じれったい。もう、変形したままでは走れない。
 ゆっくり地面を歩いて帰る。風で湖面が揺れた。今日こそ、オーバーロードは帰っているといいのだが。すっかり、夜になっていた。
 艦が見える所まで来て、異変に気がついた。艦の戸が開いたままになっている。脚が痛むことすら忘れて無我夢中で飛び込んだ。

「オーバーロード!」

整理していったはずの艦内は酷く荒れていた。モニターは全て破壊され、机も何もかもが荒れ果てた惨状。まるで別の世界だった。

「……… ロディマス」

十二分に時間をかけて、ゆらりと立ち上がった巨影と凄みのある低音。常ならば恐怖し、立ち尽くすしかないその声であったが、今のロディマスには違った。オーバーロードは、床に落ちて割れたカップを踏みつけながらロディマスに近づく。

「私は君に言わなかったかな、この艦から外に出ては―――」

オーバーロードがいい終える前に、ロディマスは抱きついた。何かいうよりも先に、脚が勝手に動いていた。

「…… ロディ、マス?」

戸惑いを隠しきれないようなオーバーロードに、ロディマスは抱き付く力を強くする。もうオーバーロードの声音から、恐怖は感じない。

「……… 四週間」
「?」
「どこにいた」

ロディマスはぽつんぽつんと言葉を紡いでいく。言いたいことは山のようにあったのだが、言うことを忘れてしまった。オーバーロードを見たら言いたいことなんてどうでも良くなった。
どこにいた、そう言ったきり黙り混んでしまったロディマスの背に腕を回しながら、オーバーロードは言葉を探した。
ロディマスが、抱き付く装甲部分が徐々に彼の気熱を帯びていく。考えるだけ時間をかけて、オーバーロードは言った。

「…… 私を探していたの?」
「違う」
「ロディ」
「探してたんじゃない、ただ……」

ロディマスは、なんと言えばいいか考える。ただ… なんであるのか。さがしていたのは さがしていたがそう言う風に伝えるのはなんとなく尺にさわる。心配した… そんな筈はないのだ。なぜなら、オーバーロードは…… 。どんな言葉もしっくり来ない。苦し紛れに、オーバーロードを軽く蹴った。どうせ、オーバーロードには痛くも痒くもないからだ。

「俺の脚。治せるのはあんただけだろ」
「…… 脚?」
「とぼけんな、医者に聞いたぞ」
「…… ねえ、ロディ」
「なんだよ」
「つまり、私を探していたのだね?」

別に探してなどいない。己はそういったはずだが。ロディマスは訝しんで、オーバーロードにいった。

「話はよく聞けよ」
「だから、私を探していたのだろう?」
「いや、だから俺の脚…」
「脚を治して欲しいから私を探していたのだろう?」

些か歪曲した捉え方ではないだろうか。違うと否定しようと、見上げたオーバーロードの顔は…… 凄く嬉しそうだった。 思わず、言おうとした言葉がつまる。

「っ… そういうことにしといてやるよ」
「ふふふ、」
「…… なに笑ってんだ、あと離せ」
「それは断らせてもらおう」

ロディマスはオーバーロードから視線を反らしたが、抱き付くことは止めなかった。離れろと言っておきながら自分が離れようとしないなんて呆れたものだと長く、息を吐き出した。そんな、ロディマスと反対にオーバーロードは先ほどからくつくつと笑い続けていた。

「…… だから、なに笑って」
「本当はね、ロディ」

ロディマスは、オーバーロードに寄りかかりながら言葉の続きを待つ。忘れていた脚の痛みが甦ってきて、それを悟られたくなかった。しかし、背に腹は変えられない。

「私は、君が逃げたのだと思ったのだ。でも、違った。まさか、君が私を探していたとは思いも寄らなかった。ふふ、今回は不問にしよう」
「… 逃げたりしない」
「私はどこにもいかないよ」
「別に、うわ!」

ロディマスはいきなり抱き上げられ、驚いてオーバーロードにすがる。

「な、何だ」
「脚が痛そうだからね」
「まあ確かにそうだけど、我慢できないほどじゃないし、っつうか、なんでわかったんだ…」
「そのくらいわかるよ」

己の脚をこんな風にしたのはオーバーロードなので言っていることは可笑しくない。オーバーロードはロディマスを抱き上げたまま唯一、難を免れた(ように見える)机に座る。
そんなオーバーロードの膝の上に座らされたロディマスは改めて艦内の凄惨さを見て、恨めしげに言う。

「どうするんだ。こんなに壊して」
「君が居なくなってしまったと思ったから」
「落ち着け、…ん、… オーバーロード、」

話をしているうちに、徐々に距離が近くなる。ちゅ、と唇が触れて離れた。

「……… 聴いても?」
「別に構わないよ」
「なんで、俺なんだ?」

ロディマスは長い間の疑問をオーバーロードにぶつける。空で、唱えてきた疑問をオーバーロードに向けたことは一度もない。今まさしく、二人は会話をしていた。
常のような、オーバーロードが話しかけロディマスがあしらうというような体制ではなく全うな会話であると言えた。

「他にも色々居ただろ。なんで俺?」
「…… 」
「オーバーロード?」
「…… ふむ、」

ロディマスの問いにオーバーロードは考え込んでいた。 自分は何か可笑しな事でも言っただろうかとロディマスも考え込む。

「…… 可愛らしいから」
「……… 」

オーバーロードにしてはあまりに粗末な回答にロディマスは、なにも言わずに黙り混んだ。その様子に、オーバーロードはくすくす笑う。

「好きの理由はないだろう?」
「しらねえ」
「ロディ」
「うるさい」

オーバーロードの首筋に顔を埋めて、その機体の匂いを吸う。 うまいことはぐらかされた気がした。

「あんたは俺の全部を知ってるくせに、俺はなにも知らないなんて、ほんとフェアじゃない」
「私も流石に全ては知らないよ、 現に、ロディが今何を考えているかわからない」
「そういう意味じゃない」

抗議の意味合いも込めてオーバーロードの首筋を噛む。がぎ、と装甲が嫌な音を立てる。ロディマスが、装甲に目を向けるとそこには確かに己の噛み跡が合った。 オーバーロードは終始笑ったままだった。
ロディマスは、オーバーロードの膝の上で、考え込む。さて、この先、どうしたものだろうかと。部屋は汚いし、恐らく扉も閉まらないだろう。もう、船を変えた方が早いのではないだろうかと。しかし、オーバーロードはロディマスの頬に唇を寄せて、キスを繰り返す。嫌だと言うよりも、煩わしい。

「っ、ちょ、今考え事してんだよ」
「私も考えているよ。主に君の事をだが」
「他にすることあるだろ、この有り様見てなんとも思わないのか」
「この船を棄てるか、否かの問題なら余り考えていないよ。 それより……」
「まて、やっ、今それどころじゃ…」
「ロディ」

聴覚機の直傍に甘い吐息と囁きが注ぎ込まれ、ロディマスは自然と厭った。ぞくぞくとした痺れに、オーバーロードから離れようとするも、オーバーロードは逃す気が無いようで、ロディマスを抱く腕から力を緩めない。
聴覚機を舐められて、身を捩るが逃れられずびくんと震えるしかなくなる。久々であるのは、ロディマスも同様である。徐々に融通の利かなくなる機体が憎らしい。
ロディマスが思っているよりも機体はオーバーロードの存在を求めていた。はあ、と熱っぽく溜め息をついて、オーバーロードを睨んだ。

「離せ、よ、!やだやめろっ」
 「ふふ、久しぶりに歯止めが聞かなくなりそうだ」
「っ…! 痛い、の、やだ」
「ただ、純粋に君を愛でたくなっただけだ、安心したまえ」

オーバーロードの話はどこまでが本気か分からないという難点があるのだが、恐らく今の話は嘘ではないだろう。こんなことを言うのはいささか可笑しい気がするのだが、ロディマスはオーバーロードの耳元で言った。
鳳櫻月雨