今日だけはおとなしくしていてほしかった。 せめて今日だけは。 次々に運び込まれる怪我人にドリフトはため息しかでない。

なぜ、 こんなことになっているのか。 数時間前まで遡る。

今日で終わりだ!とうきうきした気分で、 仕事の終わりを待っていたドリフトは、 多少のタイプミスを、 鬼の形相でしかるウルトラマグナスを前に、 ほくほくと心躍らせていた。 あまり、 表情にでる方ではないのけれど、 ウルトラマグナスにはばれていたようだった。
ロディマスと付き合うようになったウルトラマグナスの変化は、 多少空気が読めるようになったところだろうか。 それがいいようにも悪いようにも働くが。
ちなみに、 なぜ関係性がばれたのかはいまだに謎である。

「まったく、 さっさと直せ!」

ウルトラマグナスのながったらし説教も今は楽しいとさえ思った。 さて、 機体を洗おうかなとか、 なんだとかかんだとかそのときだった。

派手な音を立ててアラームが鳴り響いたのは。 同時に、 連絡が入った。

『問題発生今すぐ来い』

ドリフトの脳裏をよぎった一抹の不安。 それはものの見事に的中した。

「地下の八房室のディセップが逃げ出したんだ。 はやくつかまえないと」

結果的に、 すこぶる速やかにその脱走は終わった。 瞬時の対応が幸を制したらしく、 被害自体は大した事はなかったのだが…、 問題はその後の怪我人だった。

我らが艦医殿はそれはそれは些細な傷でさえも治療することを好む。 別にそれ自体はいい。 それはラチェットにしか出来ないことだ。

「…、 お疲れ」

ロディマスが慰めてくれるのが、 ありがたい。 黙したまま治療に取り組む様は正直かっこいいと思うし、 己も好きな姿ではあるが、 何故今なのだろうか。
昨日とか。 明日とか。 時間はいろいろ有るのに、 何故今日の今なのか。

「…… 寝る」
「今のうちに?」
「ああ」

その様を見ているのも辛くて、 すごすごとドリフトは部屋に帰ろうと廊下を進んだ。 部屋に着くなり、 戸棚から朱色の液体を取り出し、 瓶からごくごく飲む。 飲まなきゃやってられない。
口腔内が焼け付くような感覚に、 だがそれがなんとなく心地いい。 無理な飲み方だとは思うが、 今は許してほしい。
唐突に度の高い物質をぶち込まれた機体が、 それを隅々に行き届けようとぐるりぐるりと回る感覚に、 今度はさっきより味わいつつ飲む。 ふわりと花のような香りが、 抜けていく。 本当ならば楽しいであろうその高級感が薄っぺらく感じた。

「…まじかよ」

自分がタイミングの悪い者ということにはうすうす気がついていたが、 これはあまりにもタイミングが悪すぎる。 いっそのこと、 八房室の奴らを全員殺してしまおうか…、 などと物騒極まりない考えに至ってから払拭する。 そんなことは流石に辞めておこう。
それに殺したからといって、 どうになるわけでもない。 ああ、 憂鬱だと思ったときだった。 公用で届いたメールを適当極まりなく開く。

『どこだ』

その瞬間の胸のときめきようといったら、 言い表すことなんてできない。 瓶を、 傍らにおいて立ち上がって、 倒れた。

踏んだり蹴ったりすぎる。 先程の、朱色は自分が思っているよりも大分強いものだったらしい。
どうにかこうにか床をはい、 机に手を伸ばす。 取り上げたそれは飲料用のもので、酌迷用のものではない。

それを一気に煽った。 先程から飲んでばかりだと思うも、 今はとにかくさっさと目をさまさなければ。
酔って回る思考が、少しずつ鮮明になってくる。 吐いてしまえばよかったと今さら思う。

「よし!」

立ち上がると、 今度こそ足元はふらつかない。
部屋を飛び出して、 まっすぐ治療室に向かう。
治療室の回りは相変わらず、 人でごった返していた。 だが、 先程よりも人は減っている。

「ん、 ドリフト?」
「ちょっと呼ばれた」

ロディマスにそういい、 治療室に入りお目当ての機体を探したが、 見つからない。
仕方なしに、アンブロンを探すも彼も忙しく動き回っている。 やっぱ邪魔なんじゃないかと、 ドリフトががくりと肩を落とす。

そんなドリフトに、 至極すまなそうにロディマスが言った。

「あのさ、会議開きたいんだけど?」
「…… ラチェットと?」
「いや、 俺はお前と会議したいんだ」

この艦の三番目にえらい身分なのだから、 なんで今まで暇だったのか…、 と思うも仕方ない。

『ロディといる』

そう短く返事を送ってから、 目の前の仕事に没頭した。
そこからどれくらいの時間がたっただろうか。 ようやく、 区切りがついた頃には夜も更けていた。 もう空いたかな…、 と一抹の期待を抱いて治療室の前を通るも、 明かりはこうこう灯っていた。

医者と、 サードコマンダーとどっちが忙しいのかなどと思うもどっちがなんていえないと思う。 強いて言うならどっちも暇じゃない。
随分、 ラチェットに甘えていたのだといまさら気がついた。 彼は恐らく、 時間の作り方や合わせ方を知っているのだ。 だが、 それに反してドリフトは時間の作り方も合わせ方も知らない。
愚かにもただひたすらに待つしかないのだ。

付き合う前もいつまで待っているんだって言われたことを思い出す。 全く、 こんなことになるんだったらもう少し、 時間の作り方と合わせ方でも学んでおけばよかった。

どうせ今日は眠れないんだろう。 返事を確認してもきていない。 明日は現場検証だからいそがしいのにと、 自嘲した。
ぴぴっと音がして、 自室の扉が開く。 何事かと、 扉に眼をやって驚き、 何も言えずに近寄った。

「あ、 あんたなんでいる…、んぅ、!」

いつものゆったりとした口付けと違う性急なものに、 待ってと口にだそうとして開いた唇から舌が入り込み排気さえ奪われる。
どれほどむさぼられていたかはわからないが、 とにかくそれは甘くて長い。 必死に答える己の舌が、痺れ何度も口腔油を飲み込んでいた。

「…、 ふ、はぁ、」
「… 一時間しかない」




鳳櫻月雨