ぬいがプラカード持って主張してくる


本人の近くで、その人に似たぬいぐるみのようなデフォルメ調のナニカが小さなプラカードを持ちながら何かを主張している。表情も中々に豊かである。
改めて言葉にすると訳が分からない。しかし、これが篠原結加理の視界に飛び込んでくる現実なのだ。
結加理はこのぬいぐるみのようなデフォルメ調のナニカをとりあえず「ぬい」と呼んでいる。うっかり言葉にしてしまった時のことを考えると、それ以外に言いようがなかったのだ。何せ実体がないうえにうごうごと動く。そんなモノがぬいぐるみであるものか。
……ちなみに鳴き声などは全くない。無音である。仕草がうるさいだけで。

「あ、先輩?」
「ん? おお、萩ちゃんどうしたのこんな所で」
「今日は非番。そんで消耗品が無くなりそうだったからお出掛け。まさか先輩と会えるなんて思ってなかったからすっげーラッキーかも」
「はは、私もびっくりだよ」

肩の上では萩原の特徴を反映させ、上手い具合にデフォルメされたぬいぐるみのような物体がプラカードを小さく振っている。書いてあるのは「せんぱい♪」の文字と記号。会えて嬉しいのだと主張していた。
へにゃりと相好を崩していることと言い、結加理にしか視えていないぬい(・・)とプラカードと言い、可愛い後輩である。

「買い物は終わったの?」
「ん〜、まだちょっと残ってます。けどまあ買うのは別にいつでも良いヤツなんで」
「そっか」

結加理の問いに萩原が緩んだ表情のまま答えた。若干その目が泳いだのはおそらく気のせいではない。チラリと視線を彼の肩へと動かせばプラカードに書かれている内容が変化していた。
ぬい(・・)が持つ小さなソレには「ぱんつ」と「くつした」と書いてある。
そうか、まだ残っている買い物は下着類か、それは確かに言えないだろう。なんかごめん。──結加理はそっと心の中で謝り、プラカードを見ていないことにした。

プラカードに書かれるものは記号や平仮名での単語が多い。筆跡は本人のものであり、中々に感情が滲み出ている。
嬉しさが強ければ筆圧も強く大きな文字に。悲しみが強ければか細く頼りない小さな文字に。動揺が現れていれば震えた手で書いたような乱雑でブレた文字に。怒りに駆られていればプラカードに凹みが出来るほどの筆圧で書かれた攻撃的な文字に。
結加理が他者の感情や考えをソレで理解し把握しているのか、と問われれば答えは否。妄信しているわけではない。判断材料の一つにはしているがそれだけである。
そもそも、考えていることや感情が平仮名での単語で記入されるため、あまり正確に把握は出来ないのだ。同音異義語など山のようにあるのだから。加えて比喩的な表現である場合も多い。

例を上げよう。
衝撃的な話を聞いた時に「ばくだん」と記入されることがある。この東都では見たくない文字だ。実際に爆弾などがあるわけでも無く、衝撃的すぎて心境的に爆弾を投げつけられたような状態であると訴えかけている単語なのだ。
他にも「けっこん」などの単語もそうだ。音だけを見ると自然とあてはめられる文字は「結婚」である。しかしぬい(・・)とプラカードが躍り出てきた場所が事件現場であれば……まあ、つまりそう言うことである。

こんなことが間々ある。
だから、結加理はプラカードの内容をそこまで重視しない。感覚としては某呟き型SNSのようなものだと思うようにしている。
そう、例え──

「先輩さえよければ、この後ご飯どうです……?」
「うーん、時間もあるし、良いよ」
「やった!」

萩原の肩でちょこんと主張しているぬい(・・)が、結加理に向けて「かわいい」やらハートのマークやら……挙句の果てには「すき」などという文字を書いたプラカードを大きく振っている。そんなことなど、インターネットの海に投げられ漂う言葉同様に気にしてはいけないのだ。
彼のぬいが女性に対してプラカードを向ける時は、好意的な単語が載っていることが多い。まあそれもごく一部に対してはそうでもない様だが。
そして、端的かつ前後の文字が無い状態の単語だけでは推し量れないことが多すぎる。
何においても本人の口からもたらされた言葉でなければ意味がない。結加理とて何も好き好んで人の心から漏れ出す単語を覗き見ているわけではないのだから。


2022/10/23/拍手お礼小話
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いつか書いてみたかった設定の内の一つ。単なる自己満です。


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