フォークとケーキ


※特殊嗜好描写在り。今回の話はケーキバースの設定を取り入れています。読む人を選ぶ話です。苦手な方はそっとブラウザバックお願いいたします。




ケーキとフォーク。捕食者と被捕食者。
この世界での人間は、この「ケーキ」「フォーク」「それ以外」という属性で区分されることがある。とはいえ「ケーキ」「フォーク」の割合は少ないのだが。
「ケーキ」となった……というよりもケーキであると発覚するのはフォークと邂逅した時だ。先天的な体質ではあるのだが、検査などで分かるものではない。残念ながら本人に自覚も無ければ、他者もケーキだとは考えもしないのである。だから、フォークに出会って命の危機に晒される、もしくは命を奪われる瞬間に自分がケーキだと知るのが殆ど。
逆に「フォーク」は殆どが後天的な体質である。フォークへと変質する原因は定かではない。ただはっきりと分かっているのは、フォークとなったその瞬間から一般的な人間の食べ物の味覚を失う、「ケーキ」である人間の味しか感じられなくなる、ということ。
味のある食事に飢えに飢え、飢餓状態となったフォークはケーキの人間を食べ物であると認識してしまうらしい。最悪の場合は殺してでも食う。
故に、フォーク=予備殺人鬼。これが世界共通の認識だった。


■


気付いた時にはもう手遅れで。ある日を境に彼──降谷零は何を口にしても味を感じなくなった。加えて少し嗅覚も鈍っている気がする。

味覚は甘味、酸味、塩味、苦味、うま味、という五味が基本味として上げられる。舌の感覚器──要するに細胞が感じる味。これが全く感じられなくなっている。
感じるのは辛味、渋味、えぐ味、金属味といったもの。これらは舌の細胞が受容体を通じて感知する味ではない。口の中を痛覚や温度感覚などの複合された刺激。味覚を感じる箇所に異常をきたした舌としてはある意味で正しい反応だった。
最初はストレスから舌が鈍ったのだと思っていた。まあそんな繊細な精神をしているつもりはなかった為、この時点で嫌な予感はしたのだ。数日、更に一週間、様子を見ても治る気配は全くない。
異変を自覚した時、降谷はすぐに医務室や病院へ行かなかった。おそらく、自身が感じていた嫌な予感が当たってしまっているのではないかという懸念からだったのだろう。

(……まさか、「ストレスではないのなら原因不明です」なんて言われるとは思わなかった)

検査結果を見ても全く問題なく、至って健康。ストレスチェックも特に気になる箇所はない。医師も味覚障害がなぜ起きているのか、と首を傾げるほどの健康体だった。
食堂にて味を感じられない食事を無理やり飲み込む。もはや食事を楽しむ余裕は全く無く、半ば作業化しつつある。
元々味のある食事を知っている分、味を感じられないことが余計に辛いのだと降谷は知った。自身の身に降りかかって、ようやく。
そんな状態では当然箸は進まない。食べる量も自然と減っていく。
食事を満足に取りきれないというのは身体にとっては良くないのだ。運動するにも頭を動かすにもエネルギーが必要不可欠。徐々に積もった食事不足が不調として現れてくる。

「なあ、やっぱり調子悪いんだろ。最近いつもより食べれてないし、体重減ったんじゃないか?」
「大丈夫だよ、ヒロ。足りない時はゼリー飲料も飲んでるし」
「……前に『体を動かすにはちゃんとした食事が大事だ』って言ってたのはゼロじゃないか」
「はは、そうだな」

表情を曇らせ苦言を呈す幼馴染に小さく笑って降谷は視線をテーブルに落とした。
付き合いが長く、近くにいるからこそ気付く変化。いつまで誤魔化せるだろうか。そう遠くない内に詰め寄られることになるだろうな、と静かに深く息を吐いた。
──その一拍後、降谷は全身総毛だった。
じわりと背中に汗が滲む。頭の片隅で警鐘が鳴っている。
匂いが、した。
あまい、匂いが、した。
反射的に唾液が分泌されて口内が満たされていく。
訳も分からず視線だけを動かして周囲に意識を向ければ、すれ違った別の教場の一人が怪我をしていることが確認できた。普段であれば「怪我をしたのか、お大事に」くらいにしか考えない程度の出血。
しかし降谷の思考はどこか可笑しかった。今まで通りでは無かった。今しがた感じたあまい匂いと怪我がイコールで結ばれたのだ。血の、鉄の匂いではなく。思わず鼻と口元をふさいだのは一種の本能がなせた業だろう。心の防衛という名の。

「ゼロ?」
「降谷ちゃん? どうした、顔色が悪いけど」
「……い、や。なんでもない」

心配そうに諸伏と萩原が顔を覗き込んでくるが、否定の言葉を告げるので精一杯だった。それ以上何か言葉を発そうとすれば声が震えてしまいそうで口を噤む。
なぜ降谷の思考は血液とあまい匂いを関連付けたのか。──この疑問の答えが、今まさに起きている味覚障害の原因と言えるのではないのか。自身にフォークとしての症状が出ている、ということ。病院で原因が分からないと言われた理由とも辻褄が合ってしまう。
そして、その匂いをおいしそう(・・・・・)だと一瞬でも考えた己にゾッとした。
何とか平静を保ち自室に戻った彼は自嘲気味の笑みを浮かべ、ベッドに深く腰掛ける。
相手は自分と同じ人間なのだ。だというのに「おいしそうだ」と一瞬でも認識してしまうその思考。──それは、普通の思考だった者であればあるほど精神が追い詰められる。人間ではなくなってしまったような錯覚に陥るのだ。
なるほど。これはきつい。
フォークが自主的に引きこもることが多いというのは、こういうことか。少し前の降谷では理解できなかったことが今では理解できる。

この出来事を境に、降谷は己がフォークであると正しく認識した。


■


とある休日の昼下がり、初夏の若干湿った空気が肌を撫でる。珍しくも友人たちと会わせて外出届を出した日の事だ。
各々の用事を済ませながら町中を歩いていく最中、萩原の口からこぼれた思わずといったような半信半疑な呼びかけ。

「……あ、れ? もしかして、結加理先輩?」

無意識のうちに出た言葉だったのか萩原は口に片手を当てた。
呼び掛けに振り向いた人物が女性であることに、降谷たちは顔を見て初めて判断できた。薄着の所為か一目でわかる鍛えられた筋肉質な身体。ダボっとしたTシャツと、女性にしては肩幅が広いのも相まって、一見すると背の低い男性に見えなくもなかったのだ。

「んん? ああ、萩ちゃん。お久」

女性にしては落ち着いた耳当たりの良い声が降谷たちの耳に届く。ぱちくりと瞬かせたその目を彩る、強気な青いアイシャドウが非常によく似合う。どことなく芯の強さを感じさせる人物だった。
萩原と、萩原に先輩と呼ばれている彼女の目じりがへにゃりと柔らかく下がっている。双方共に会えたのが嬉しいとでも言わんばかりの表情は、何故かどことなく似ていた。
聴こえてくる会話で察するに、萩原の大学時代での先輩なのだろう。少なからず松田とも交流があるようで非常に和やかだ。

「……あ、こいつ等は今行ってる警察学校での同期! です!」

若干テンションが高めな萩原の唐突な紹介に降谷、諸伏、伊達の三人は一瞬反応が遅れた。先輩と呼ばれた彼女の視線が自分たちに向けられ、姿勢を正したのは反射だった。小さく頭を下げれば会釈を返される。

「ああ、そうなんだ。せっかくの休みに遊んでいる時に邪魔をしてしまって申し訳ない。篠原と言います。篠原でも結加理でも好きな方で呼んでください。今のところ関わることは少ないかと思いますが、よろしくお願いします」
「あ、いえ、ご丁寧にどうも。伊達です。こちらの方こそ、よろしくお願いします」
「降谷、です。よろしくお願いします」
「諸伏です、よろしくお願いします」
「いやオメーら硬ぇよ」

年上に対し礼を欠かさない伊達につられたのか、降谷と諸伏がほぼ同じ文言を返す。
その様子に半眼でツッコミを入れたのは松田だった。いつもの対応力やコミュニケーション力はどこへ行った、と言わんばかりの表情である。
スッと顔を逸らしたのは伊達で、視線を泳がせたのは降谷、困ったように頬を掻いたのは諸伏だった。
萩原もその先輩も、特に気にした様子はなく再び談笑に戻っている。チラリと横目でそれを確認した降谷は僅かに眉を顰めた。

(……まずいな。この人、ケーキか)

気温が上がっている所為で汗ばんでいるのだろう。今の降谷にとってケーキの匂い(・・・・・・)は毒だった。
不自然に思われないようにこの場を離れるべきか。しかし各々の用事だけは済ませた後だと皆知っているため、一人で再度抜けるのは無理があるかもしれない。どうしたものか、と思考を巡らせるが考えが纏まらない。
そうこうしている間にも萩原たちの方も話が終わりかけているらしい。これからの予定が話題に上がっている。

「そのあとは適当にご飯食べて寮に帰る、って感じの予定です」
「ふぅん? ……じゃあ晩御飯ウチに来ない? 他人が作った料理が平気だったらだけど。美味しいご飯なら保証するよ。あ、材料費を出してもらえるなら、だけどね」
「えっ先輩のご飯!? 良いの!? ……って違うダメですってば先輩、俺ら男五人なんで」

結加理の腕前を知っている萩原は表情を明るくした。提案に食いつこうとしたが、すぐさま自身が共に行動をしているのが誰なのかを思い返し首を横に振る。
チラチラと松田達に向けられる萩原の視線。当人としては行きたいのだろう。しかしわざわざ五人揃って外出をしてきた用事だけが終わっていない。そして何より、一人暮らしの女性の住まいに初対面の三人を含めた男性五人が上がり込むというのは褒められた行為ではない。
迷った様子の萩原に、降谷は内心で声援を送る。そのまま断れ、断るんだ。
──しかしそう上手くは行かないもので。

「うーん、ちょっとした報告と相談があるんだよね。あと、実は……」
「実は?」
「角煮が美味く出来たから誰かに自慢したかった」

報告と相談、加えて角煮。相談、と言った時の表情にどこか引っかかりを覚えて、萩原は揺らいだようだった。
ソロリと様子を窺うように顔を降谷たち三人へ向け、首を傾げると口を開く。なお松田の意見については既に彼の頭にはない。

「……えーと、先輩については人柄も料理の腕前も保証する。そんでお前らのことも下手なことしない奴らだって信頼してる。晩飯の予定はまだだったし用事が済んだら先輩のところにお邪魔するのはダメか? 俺の顔を立てると思ってさ。ってかぶっちゃけ結加理先輩の料理に飢えてる先輩のご飯食べたい角煮めっちゃ食べたい」

そして、ほぼノンブレスで言い切った。最初は伺いを立てるような表情だったはずの顔も途中からスンと真顔に変化している。
伊達が苦笑いどころか頬を引くつかせ、諸伏が思わずどうどうと宥めるように手を動かす程の必死さ。
そんなやり取りを前にした降谷は、自分はどうすべきか、と再考する。
恐らく「ケーキ」であろう萩原の先輩。そのテリトリーに入り、果たして己は理性を保っていられるのか。すぐに折れるような柔な精神をしているつもりは全くない。まだ、耐えられるだろうという自信はある。
しかし正直なところ万が一という不安が消えない。何しろ世界的に予備殺人鬼とされるフォークに、自分はなってしまっているのだから。
今の時点でこの状態。未来に暗雲ばかりが立ち込めている。先日の一件でフォークであると自覚してから、降谷の身体には鉛でも乗っているのではないかと思う程に重怠い。
既に伊達も諸伏も萩原の勢いに折れて降谷の返答を待つばかりという状態。はぁ、と決して小さくない溜息を吐いて渋々了承の意を伝える。男性が五人も押しかけることに難色を示しているとしか捉えられないだろう。そう考えて。
こうして、五人は食材費を出す事など複数を条件に彼女の元で馳走になることとなった。

後に降谷は、この時の判断を下した自分を褒め称えることとなる。
ある意味で運命の出会いだったのだ。


2023/5/10/
本編の「先輩と後輩」の話がケーキバースだったらどうなるのか、ってだけの話。
長くなったのでいったん切る。短編のつもりだったのになんか中編くらいの長さになってる。困った。
2023/6/11/表記ゆれ修正しました。
2023/9/6/支部にも投稿しました。

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