彼女という人


自室のベッドに寝ころびながら萩原は幾度目かになるのか分からない溜息を吐いた。実は地味に凹んでいる。

(まさか、仕事について全く教えられないなんて思ってなかったな……)

萩原から見た篠原結加理という人物は、己の深いところを見せない印象を強く持たせる人だった。警戒心の塊と言ってもいい。滅多なことでは胸中の底にあるものを明かさないのだ。
とはいえ、当たり障りのない対応や態度に不自然なところは全くない。非常に優しい性格なのだ。加えて外面や人当たりは良い。しかし、付き合いが長くなるほど薄っすらと壁を感じてしまうことが出てくる。
まあ、それも萩原だから気付いた事なのかもしれないが。
何せ懐に入れた相手に対してはそれ等がかなり緩和されるのだ。まるで猫のようだとも思う。

そしてもう一つ。
ふと気づけば消えてしまうのではないか、という思いを抱かせる人だった。手を離せば居なくなってしまう。目を離せば見失ってしまう。一度繋がりを失ってしまえば二度と会えなくなるような予感──いや確信すらある。
どことなく儚さや浮世離れした空気すら感じさせる所為か、ふらふらと余計なモノ(妙な思考の輩、ストーカー、変質者など、etc...)まで寄ってくる始末。萩原が周囲に牽制を幾度かけたことか。

(先輩にとって、俺は近い位置に居たはず……なんだけどなぁ)

ゴロン、と体を反転させると右手の甲で目元を覆った。
異性の中では誰よりも結加理から心を許され、信頼されている。今日も松田達四人を自宅に招き入れたのも萩原の友人であるからだ。
気のおけない間柄である、と。その自負はあったのだ。大学時代の周囲もまた同様の認識。

だからこそ今回の一件が非常に堪えている。

就職における路線変更がなされたのは結加理が大学に在籍している間の事だったはず。数時間前の発言を思い返せば、最低でも大学最後の学年の半ばには試験も含め様々な物事が動き、終わっていた可能性が高い。つまり約一年半の間、萩原は現状を全く知らされずにいたということになる。
学年を問わず友人が多く、同時に情報網もかなり広い範囲で持ち合わせている萩原がその事を知らなかった。それはつまり徹底して誰にも話さずにいたということ。もしかしたら関わりも減らしていたのかもしれない。
思い返してみれば、学生時代に結加理と就職関連の話をした記憶が殆どない。就活生ともなるとキャンパスに足を運ぶ機会が減ることもあって会う回数も減っていた為だろう。卒論が、という話題ばかりだった記憶が根強い。
就職先が決まったらお祝いさせてね、という萩原の言葉に結加理は何と返答したのだったか。
ああ、と萩原は記憶をほじくり返しながら嘆息した。そうだ、確か「ありがたいけど卒論も本格的に取り組まなきゃならなくなってくるし、気持ちだけもらっておくね」と有耶無耶にされたのだった。

いつだって萩原は力になりたいと思っているというのに。
かつて大学時代の萩原がどうしようもなく追い込まれた時、結加理が我が事のように心を砕き動き回ってくれたあの時のように。次は自分が、と。
だというのに結加理から声が掛かることは滅多にない。割とどうでもいい話は唐突に振ってくる癖に、本当に厄介そうな他者の手を必要とするであろう出来事はいつの間にか解決している。もしくは本当にどうしようもなくなる直前に萩原や周囲が気づいて無理やり介入することが多かった。
結加理の言としては「手を煩わせるまでもないと思って」とのこと。後から知った萩原や友人の心境を考えてもらいたいものである。
近くにいたはずなのに、知る機会はいくらでもあったはずなのに、力になるどころか関わることすらも出来ず。全てが終わってから事の全貌を知ることの虚しさと無力感。頼るに至らない程、信頼を得られていないのかと感じることも無かったわけではない。……というか、萩原は現在進行形でその思いを抱いているわけなのだが。

「……はぁぁあ、本当に、ちょっとこれは、凹むわぁ……」

自室に戻ってからずっと悶々としていたのだが、ついに声に出してしまった。言葉にしてしまうと余計に心が重くなる気がして唸るだけで留めていたというのに。
あーあ、と脱力して両手をベッドの上に投げ出した。大の字になった状態で天井を見上げる。
次回会う約束は取り付けた。それまでに普段通りの萩原であれるよう気持ちを整えておかなくてはならない。

ぞんざいに扱われているわけではない。むしろかなり情を向けられている方だ。何なら特別枠と思われていることも薄々感じている。自覚している。
だが、自分が心を向けている相手の人生に関わることを全く伝えられていなかったという事実は、やはり堪えた。


なお、結加理本人としては特に深く考えて行動していたわけではなかった。しかし萩原がそのことに気付けるはずがない。
そもそも考え方が違うのだ。
聞かれなければ話すこともない。わざわざ自ら事細かに他者へ語る必要性を感じない。秘密主義、という訳ではないが、社会人が他者に転職だ何だと逐一報告するものでもない、と考えている。
……というよりも結加理にはそういった報告の対象として上げられる最たる相手、家族が既に他界している。親戚との繋がりも遺産の一件で非常に希薄になってしまった。早くに自立せざるを得なかった状況下で生きてきたことが原因なのだろうか。自分の事は自分で、と何事も己を中心として完結している。
育った環境下を考えると何ら不思議なことではない。
頼れ、相談しろ、なんでも話せ、──それが出来る相手が他界した家族以外で居たのかと問われれば答えは否。引き取られた親戚には一部親身になってくれた者が居るには居たが、家長である男が遺産に手を出していたのだからお察しというやつである。
だから結加理としては、本当に何かしらを意識して動いていたわけではないのだ。
強いていうならばタイミングが悪かったということだろうか。それも壊滅的なほどに。

しかし非常に残念なことに、この二人の認識や意識の違いを指摘できる者はいない。両者ともに空気を読むことに長けている所為か表面化しないのだ。よって余程のことがない限り、他者の目に映る二人の関係が良好意外に見られることはないのである。
さもありなん。

2023/4/21/
悶々とする萩から見た夢主の話。と実際の彼女についての話。
いつの間にか自分の手で何もかもササッと済ませてしまって後からシレッと「ああ、それね〜」とか言う人。解決した後に言われて周囲が「言ってくれれば良かったのに!?」と驚いてる。そんな感じ。

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