奪還作戦は失敗に終わった

うららかな陽気の中、特に外出するでもなく彼女と諸伏はリビングで寛いでいた。
久々にまともな休みが取れたのだという彼はどこかぼんやりとしている。胡座をかいた上にデフォルメ調のぬいぐるみを乗せ、その頭部に顎を乗せているせいで猫背になっていた。
何なら腕の間もスカスカだ。長身である彼の腕の中に収まってしまえば大きなぬいぐるみも小さく見えてしまう。
唯野にとってはジャストフィットなサイズであるというのにこの差。

(心ここに在らず、って感じだなぁ……)

よほど疲れているのだろう。時折柔らかな布地に顔を埋めて深呼吸している始末。
そんな諸伏の姿を見て唯野はどことなく落ち着かない気持ちになってくる。何を隠そう、その腕の中にすっぽりと収まって大部分が見えなくなってしまっているぬいぐるみは、彼女が就寝時に抱き込んでいる物だったりするのだ。
時に抱き枕の代わりに腕を置き、時に押し潰し、時にベッドから落としてしまっている就寝時のオトモ。若干くったりとしているのはその所為である。

(なんかダメだ。恥ずかしいから、景光くんから返してもらいたいな……いやぬいぐるみ抱っこしてる姿は可愛いんだけど何故よりにもよってソレなんだ……)

最近では何故か布団の中で横になった時、腕の中に何かが無いと落ち着かない。昔はそうではなかったはずなのに。……まあ、原因は何となくではあるが分かっているのだが。
大きなぬいぐるみ、抱き枕、そうした物の上に腕を置いておく体制が楽なのだと知ってしまったせいなのかもしれない。仕舞いには抱き枕やそれに変わる物が無いと上手く寝付けなくなってしまった。
人知れず頭を抱えてしまったのは秘密である。まあ、誰にも見られていないのだから良いのだ。
そんな抱き枕替わりのぬいぐるみを抱え込まれ、更には顔を埋められて深呼吸すらされている。残念なことに丸洗いできるタイプではないため頻繁に手入れできていないのが現状だ。……汗臭くはなっていないだろうか。気が気では無かった。
不安と恥ずかしさに耐えかねた彼女は膝立ちをしてテーブルから身を乗り出した。もちろん、彼の腕の中からぬいぐるみを奪還するために。

「ねぇ、景光くん」
「んー?」

のんびり間延びした返答と共に諸伏の顔が唯野へ向けられる。その拍子にこてりと首を傾げるような角度になったのは彼女が膝立ちをして居たからに他ならない。単純に見上げたのだ。
そんな彼を一瞬可愛いと思ってしまったが、キュッと唇を噛み締めることで耐え切る。立派な成人男性で顎髭があろうが、ぽやんと気の抜けた顔が可愛いなんてことを思ってしまう。
これは惚れた欲目というわけではないはずだ。諸伏景光という男は、どこか可愛い部分が根底に存在している。

「ん」

返してくれ。言葉にはせず、両腕を広げてみると何故か諸伏の顔が笑みに崩れる。照れくさそうに、しかし幸せそうに。
小さな笑い声と共に半歩分体の位置をずらした諸伏はテーブルという障害をいとも簡単に無効化する。そして広げられた彼女の腕の中に彼がするりと入り込んできた。
諸伏が僅かに腰を上げたことで急速に密着する体。逞しい腕が彼女を包み込むように腰から背中をなぞられ肩まで回される。つまりは一瞬で抱きしめられていたのだ。
いつの間にか床に放り出されているぬいぐるみが妙に哀愁漂っている。

「……、ははっ」
「……ん!?」

何が起こったのか瞬時に理解できなかった彼女が思わず硬直し──

「ち、違うぅ!」
「えぇ?」

──そして一拍の後に声を上げる。
身を捩るが諸伏の腕の中から全く脱出すことが出来ない。腕の檻がこんなにも強固。
嬉しそうな声色で言葉だけの批難めいた反応を返す諸伏は楽しそうだが、彼女としてはたまったものではない。そして当然ぬいぐるみも彼女の手元に戻ってきてはいない。

「抱きしめて欲しいんだな、って思ったんだけど?」
「ソレを、返して欲しいだけなんですけれども……」
「……へぇ?」

諸伏が発する声が僅かに低くなる。今の言葉の何処かに気分を損ねる箇所があっただろうか。無意識の内に、ほんの僅かだが彼女の身体に力が入る。

「俺じゃ、不満なんだ?」
「不、満ではない、けど」
「そう?」

なら何も問題はないよね。背から肩にかけて回されていた諸伏の右腕に力が込められる。強い力では無かった。しかし、いとも簡単に彼女はその体躯を彼に預ける他なくなってしまう。
人体の使い方や構造は諸伏の方が良く知っているのだから仕方あるまい。

(……まあ、いいか。とりあえず景光くんがぬいぐるみ放り出してくれたし)

ある意味で目的は達成したのだ。これはこれで良しとしよう。
諸伏の腕の中で深く息を吐いて脱力した彼女は頭の隅でぼんやりと考え、思考を手放したのだった。
世に人は、これを諦めとも言う。


□


……実は何かが腕の中に無いと落ち着かないのは諸伏の所為であったりする。彼に抱きしめられながら寝ている時、当然彼女も片腕を諸伏の胴体に回して抱きしめ返していた。共寝する時はその状態が常になる。そして定着していく。
その結果が現状というわけだ。
口にしないだけで両者共に気付いている事実である。

2023/12/30
#decnプラスでtwとタイツに上げていた話。
この夢主ちゃんがぬいぐるみや抱き枕が無いと寝れなくなっているのは景光くんが若干仕組んだことでもある。そして確信犯です。