苦い味だ



時計の針は深夜を指す。眠くならないようにと淹れたコーヒーはもう二杯も飲んでしまった。これ以上は飲み過ぎかな。ぽちぽちと何の意味もなくテレビのチャンネルを変えたところで電源を切るだけ。いつもは並んで一緒の歯磨きも今日は鏡を広く使えた。きっと遅くなると思うから先に寝ているんだよと何度も釘を刺されたところで私が言うことを聞くはずがないのだ。眠る前に数分でも顔が見たいと思ってしまう。せめてソファーに横になろうかと思ったときに、玄関の開く音が聞こえて私は一目散に駆け出す。

「ダイゴさん!」

「ただいまぁ」

いつもの凛とした姿からは想像もできないふにゃふにゃの笑顔が私を迎えた。かわいいなあと思うのも一瞬、その奥からダイゴさんの親友であるミクリさんが片手をあげて顔を出す。まさかミクリさんがいるなんて。飛び出してきた上にすっかり寝巻きで化粧も落としていたので、少し恥ずかしい。こんばんはと発した言葉は照れる気持ちを含んでいた。

「こんばんは名前ちゃん。やっぱり起きて待っていたんだね。遅くまでダイゴを借りてしまって申し訳ない」

「いえいえ、久しぶりに四天王やジムリーダーの皆さんと呑めるってダイゴさん今日を楽しみにしていましたので」

「それは光栄だね。酒乱組に捕まって少し無茶をさせてしまったようだけど。大変だと思うけどあとはお願いできるかな?」

「はい、お預かりします。送ってくれてありがとうございました」

「今度ダイゴと一緒に遊びにおいで。もちろんダイゴがいなくても歓迎だけど」

お酒を飲んでもいつも通りの爽やかさを保ちながらミクリさんはお家を後にした。さすがだ。どんなときでも常に華麗さを保ち続けている。普段であればダイゴさんも隙を見せないほどキリリとしているし、何ならお酒だって強い部類に入るはずなのに。久しぶりの会が楽しかったのかはたまたよっぽどの量を飲まされたのか。恐らく少しの差で後者寄りだろう。

「ダイゴさん、ミクリさん帰っちゃったよ。お水飲みますか」

「そんなのあとでいいよ」

力なく私に体重を預けたダイゴさんをめいいっぱいの力で支える。細いくせにやっぱり男の人だ、そこそこ重い。鼻を突き刺すアルコールの匂いと、知らない銘柄の煙草の匂いと、きつい香水の匂いと、ダイゴさんからは色んな匂いがした。

「たくさん呑んだんだね」

「どうして迎えにきてくれなかったの」

不貞腐れたように言われましても、迎えがいらないと言ったのは今朝のダイゴさんだ。私ではない。そんなことを酔っ払いに言っても通じないのはわかっているのではいはいごめんねと大人しく謝ることにした。聞こえているのかいないのかぎゅうぎゅうと私を抱きしめてくる。仕方ないなあと思う反面、こんなに甘えてくれるダイゴさんは珍しいので思わずご機嫌になってしまう。

「待っててくれたの?」

「うん、待ってたよ」

「誰を?」

「ダイゴさんしかいないでしょう」

「そっか」

抱きしめられているので表情は見えないが、ダイゴさんの声はとても嬉しそうだ。かわいいなあ、かわいいなあ。この姿でついさきほどまで外にいたと思うと、一緒にいれなかったことが悔しくなる。どんな時でもダイゴさんを独り占めしたいだなんてとんでもないわがままだ。

「楽しかった?」

「うん、すごく。みんな久しぶりだったんだ」

「よかったねえ」

「でも名前がいなかった」

「そりゃ私は四天王でもジムリーダーでもないからお邪魔は出来ないよ」

「きてくれてもよかったのに。そしたらずっと僕の隣においておくのに。いやでも、誰かに取られそうでそれは嫌だなあ。やっぱりやめる」

「うんうん、そうだね」

抱きしめる力が弱まり、ふらつきながらもダイゴさんは私と視線を合わせる。ほんのり赤い頬に潤んだひとみ。整った顔がこうして崩れるのはすごくいいなと思わず見惚れてしまう。普段の姿も、仕事をしている姿も、こうして気持ちが緩まっている姿も、何度だって私はダイゴさんに恋をする。今ならばと背のびをしてダイゴさんがよくしてくれるように軽く口づけた。

「おかえりなさい、ダイゴさん」

お酒で赤くなっていた頬がさらに赤くなって、がっちりと肩を掴まれてしまった。これはもしかしていけないスイッチを入れてしまったのではないか。いやいやこのまま寝落ちなんてのが今のかわいいダイゴさんにはお似合いだ。床へと視線を逃した私に強引なキスが降り注ぐ。苦いお酒の味がして、呼吸が苦しい。

「おはよう、名前」

いやいや、今からおやすみをするんですよ。