それでもきみのことは




とんでもない噂を耳にした。それは到底信じられない噂だ。けれどよくよく考えれば一概にありえないとも言い切れない、そんな気がしてきた。

「いや、でもさすがにそれはないよね。ない。ないないないない!!だって幽霊だったら今見えてる私の霊感すごくない!?」

「……」

「お願いレッドうそだよね!?私新しい悟り開きたくない!」

「あのさ、何の話してるの」

心底呆れたようにレッドはため息をついた。続けて呟かれた深呼吸という言葉に私はゆっくりと息を吸い込んだ。そうだ、落ち着いて冷静に考えてみよう。慌てていても仕方がないし、何よりその噂の張本人は私の目の前にいるのだから。

「説明して」

「いざ冷静になると怒られそうで怖いです」

「説明して」

「お、怒らない!?絶対怒らない!?」

「説明して」

「変な間に漂う恐怖…!」

とはいえこのままではただならぬ威圧感に押しつぶされてしまう気がした。怒られませんように。心の中で何度も祈りながら私は耳にした噂をレッドに説明することにした。

「あのね、レッドが幽霊だって噂を聞いたの」

「うん?」

「ほらレッドってミステリーの塊でしょ?だからもしかしたら幽霊なんじゃないかって」

「意味わかんない」

「私だって最初はそう思ったよ!けどシロガネ山に引きこもったかと思えば突然ふらりと帰ってきたり神出鬼没な点を考えたらないとも言えないなと思って」

「喧嘩なら買うけど」

「ごめんなさいもう本当すみませんでした」

即座に頭を下げた私にレッドはどこか満足げに頷いた。あまり怒られなくてよかった。怒ったレッドはまるで背景にギャラドス軍団が勢ぞろいしているくらいには怖い。

「変なこと考えてない?」

「そんなことないよ?」

「そもそも幽霊なんて普通信じないでしょ」

「そうだけど」

「俺は生きてる」

発せられた声はどこか拗ねているようにも感じられた。その声にハッとする。私はもしかしてとんでもなく失礼なことを言ってしまったのではないだろうか。たとえ噂といえど誰だって自分が幽霊と言われるなんてよい気分ではないはず。

「ご、ごめんそうだよね、レッドは生きてるしちゃんとここにいるよね」

「うん」

ゆっくりと伸びてきた腕に思わず身構える。今回は私が悪い。いつもはグリーンが対象の羽交い絞めの刑も覚悟の上だ。それは力強く瞳を閉じたとき。

「ちゃんと、動いてるでしょ」

私に訪れたのは構えていた羽交い絞めではなく、優しく抱きしめられる温かなぬくもり。 そして耳元で聞こえるのは穏やかな鼓動の音。トクリ、トクリ。定期的な動きで繰り返されるその音はレッドが生きている何よりの証拠。

「うん、聞こえる」

「幽霊だなんて信じる?」

「信じない」

「よかった」

薄く微笑んだレッドは私を抱きしめる力を少しだけ強くした。幸せだ。私はレッドの鼓動の音に耳を澄ます。

「あのね、レッド」

「うん?」

「私考えてるときに思ったんだけど」

レッドが幽霊になってもすきだよ。照れながらも伝えた言葉にレッドは目をまん丸にした。珍しい、レッドが驚いているなんて。けれど次には柔らかい雰囲気をまといながら口元を綻ばせた。

「俺も」

この笑顔を独り占めしたいだなんて、贅沢な話だ。