魔法を一振り
もしも魔法が使えたのならば、杖を一振りしゃらんと鳴らして数分前の私に戻るんだ。そんな乙女チックな思考とは全く真逆の映像を見ながら私は軽く目眩を覚えた。
「こんなに怖いなんて聞いてない」
「クダリは終始笑顔で見ていましたよ」
「うそでしょ…」
クダリが借りてきた今話題のホラーDVD。名前には絶対無理!なんてケタケタと笑われてしまえば、たとえ怖くても負けたくないと思いは募るばかり。クダリに見れて私に見れないはずがない!なんて勢いよく啖呵をきったまではよかったのだけれど、いざ見てみればそれは恐怖のオンパレード。過去の自分を本気で悔やみたい。
「もう見るのをやめたらどうです。あなたさまにホラーは無理かと」
「見るよ!クダリに負けるなんて悔しいしノボリもそう思うよね!」
「いえわたくしは特に…」
「……」
「ええ、そうですね」
まるで小さな子どもにするように私の頭を優しく撫でたノボリ。子ども扱いをされてしまうのはノボリのことを男の人として見ている身としてちょっぴり悔しいけれど、ノボリに頭を撫でて貰うのはなによりすきだったりする。大きな手が頭の上を往復する。私だって大人のはずなのに、これが本物の大人の余裕か。
「まだ先は長いですが大丈夫ですか?」
「うん、おばけを全部カボチャだと思えば大丈夫」
「それはそれでまた恐ろしい光景でございますね」
「あれもカボチャ…これもカボチャ…うわああみんなおばけ!」
「ですから無理だと申し上げたのです」
画面に映し出される恐怖の塊にじわりと視界が歪む。そんな私に半ば呆れたように小さくため息をはき出したノボリは私に向かって右手を差しだした。
「お手を」
言われるがままに自分の左手を重ねればノボリはそっと私の手を握った。流れるように繋いでしまった手に、顔が火を噴くのではないかと思うほどに熱くなる。
「少しは怖さも和らぐかと」
「お、終わるまで離さなくてもいい?」
「ええ。もちろんでございます」
「よかった」
「それに元より離すつもりなどございません」
わずかながらいつもの仏頂面の口元が悪戯げに緩む。それはどういう意味?深読みして、嬉しくなってもいいのかな。にやけ顔を見られないようにテレビへと視線を向けた。最後まで見ることが出来たなら、その意味を聞いてもいいかな。