予定を泥棒された日




チャンピオンになった。それもこの地方で初めてのチャンピオンを倒してしまうという偉大なおまけ付き。初代チャンピオンがまだ少女であった事や、少女自身が大らかな性格であった事もあり、ポケモンリーグにはルールや規則がほとんど存在していなかった。これは大変だ。何をするにも決めるにも前例がないというのは慌ただしく、毎日がお祭り騒ぎのような感覚。私の行動と決定こそがポケモンリーグの基準とルールに、何よりアローラ地方の顔になる。その責任は笑顔一つで乗り切れるものではなく、押し潰されそうな大きなプレッシャーが毎日私を捕まえて離さない。

全てから逃げ出してしまいたくなった。こんな時、初代から教えてもらったおまじないの言葉はがんばリーリエ。未だに意味はわからない。

「おい」

「人違いです」

「間違えるわけねえだろ」

心が壊れてしまいそうになっていた事を察してくれたのかククイ博士が無理矢理に作ってくれた両手では数え切れなくなるほど久しぶりの休日。早起きをして最早ツートンカラーになっていた髪をお気に入りのカラーに染め直した。これでヤンキーチャンピオンの名は返上、清楚系お嬢様チャンピオンの名を我が物に出来る。こんなものはまだまだ序奏でありこれから私はこの貴重な休日を謳歌するのだ。

こんなことなら髪もばっさりと切れば変装の代わりになっただろうか。出たな白もじゃ。お願いだから邪魔しないで。

「なに飲んでんだ」

「おいしい水です」

「ふざけんな水が茶色いっつーのかよ」

「エネココア」

「俺もそれ。あ、こいつにももう一杯」

「私いらないですよ!?もう出かけます!」

「こんなとこにいるんだから休みなんだろ?少し付き合え」

「嫌です!」

「即答するな!」

揉めている間に私と白もじゃの前には湯気を漂わせたエネココアが置かれる。いつも提供が早くて素敵なカフェが今日ばかりは憎い。全く気はのらないがここで逃げ出してはカフェの方にも失礼だ。何よりエネココアに罪はない。一日に二度エネココアを飲める贅沢を思えばその相手が白もじゃだってなんてことはない。脳内に魔法をかけて彼を喋らないグリーンさんだと思えば、ダボダボの服もスーツに変えれば、背景に弾けんばかりの煌めきを飛ばせば、そうだなんとか。

「チェンジ」

「あ?」

「頑張れ私の想像力!!」

「おまえ絶対ェ失礼なこと考えてただろ!」

「何ですか!ご用件は!?私今日だけはどんなに頼まれてもぜぇっっったいバトルはしませんからね!たとえ逆立ちしても!過去の黒歴史台詞のプレイバックを見せられても!」

「べ、別にバトルがしたくて話しかけたんじゃねえよ!!つーか黒歴史台詞とか言うな!!」

「え?バトルじゃないの?」

思わず冷静になるほどには驚いた。白もじゃと私がいて導き出される未来は今までを振り返る限りバトルしかないはずだ。それ以上になる難事件の解決であるならば私が逆立ちをするので勘弁してほしい。あまりにも冷静に返事を待たれている事に居心地が悪いのか白もじゃは右に左に一度ずつ目を泳がせた。

「いやだから別にバトルじゃねえ」

「はい、それは分かりました」

「……そういや髪染めたんだな」

「あ、さっき」

「そうか」

「あの?あ、もしかしてたまたま見かけたから話しかけてくれた感じですか?」

「そうじゃねえっつーか……ああもう何やってんだ!!」

「えぇ…」

相変わらず忙しい人だ。白もじゃと話しているのは私であるはずなのに私が置いてきぼりになっている。わざとらしく時計を見るまではしないが恐らくもうすぐブティックがオープンする時間だからこの場を切り上げて行動を始めたいところだ。チャンピオンである以上人目もあるので下手な事が出来ないのが難点。どうしたものか。

「おまえこの後の予定は!?」

「え?」

「予定!!」

「予定って…ブティックで買い物をしてパンケーキを食べてポケモンたちと一緒に夕焼けを見て…」

「それ!全部付き合わせろ!!」

「は?」

「荷物持ちに傍に置いとけっつってんだよ!!」

「嫌だ!!」

「嫌じゃねえ!!」

「意味がわからない!それなら今からバトルしましょう!!その方がまだ」

「あーーー聞こえねーーー」

強引に手を取られてカフェの椅子から連れ出されてしまう。なんて大胆な食い逃げだ!チャンピオンとしてそんな犯罪を犯すわけにもいかないと振り返れば三杯分のお代がテーブルに置かれていた。奢ってくれるらしい。そのお礼を言わなければいけないことは重々承知だが、湧き上がってくる感情を抑えきれなかった。今すぐその白もじゃを炎で焼き尽くしてスキンヘッドにしてやりたい。

「助けてーー誘拐だーー助けてーー」

「本当にそう見えるからやめろ」

「いや本当に誘拐ですから」

さようなら私の穏やかな休日。大人がムキになると中々折れないことは自らもそうである為に理解はしている。なぜここまで白もじゃがムキになるのかはわからないが、諦めて心の中で大きく溜め息をついた。早く気が変わってほしい。