計算された笑顔




気が利いた女の子であればこういう場合、どういった対応をするのだろう。自分の予定を丸ごと変えるのか、それとも相手のプランに合わせるのか。あいにく今日の私は気が利いた女の子になりつもりはないし、そもそも白もじゃが勝手についてきているというスタンスだ。リザードンに乗って振り切らないだけでも優しさを汲み取って欲しい。

「ああ…夢にまでみたブティックが目の前に…!」

「服なんてどれも同じじゃねえのか」

「そりゃいつも同じ洋服を着ていればあれがユニフォームなんじゃないかって周りに悟られますよ。私も危うくそちら側に仲間入りするところでした」

「なんで俺を見て言うんだよ。まあよく分かんねえけど行ってこい」

「中までは一緒に来ないんですか?」

「隣に突っ立っていられたら選び難いだろ」

「それはそうですが…」

ならどうしてついてくるんだ。出かかった言葉はまた言い合いになりそうなので飲み込む。気を利かせるつもりはないが人を待たせてのんびり買い物をするというのもいい気はしない。この複雑な思いを感じ取るつもりは白もじゃには微塵もないようで、ここは開き直ることにした。そうだスタンスは崩さずに。

「待ってる、ゆっくり見てこい」

「は、はい」

男の人は待つことが苦手という印象は私の思い込みかもしれないが、白もじゃはどの部類なのだろう。遅えよと文句の一つでもぶつけられそうというのが10秒前までの印象。それがかけられた言葉に優しさが含まれていたからわからなくなってしまった。変なの。

「いらっしゃいませ」

笑顔で迎え入れてくれた店員さんに軽く会釈を返す。目に映る洋服はどれも新作に見えるからどれほどブティックに足を運べていなかったかを思い知る。今日のプランの一つ目。しばらく困らないほどの洋服を買い込むこと。その中でも一番のお気に入りを着て1日を過ごす事。動きやすいという理由から最近はティーシャツにカジュアルホットパンツの組み合わせを定着させつつあった。アローラのチャンピオンとして、いやそれ以前に女の子としてこれでいいのかという日々のもどかしさから解放される。 チャンピオンになる以前には当たり前だった時間が今は嬉しくて仕方がない。

「うーん、色違いは悩む…」

ポケモンたちへのバトルの指示に決断力はあったとしてもこういう時までは発揮されない。色一つでイメージはガラリと変わるから困りものだ。可愛らしく白、雰囲気の引き締めを期待しての黒。

「お色でお悩みですか?」

「あ、はい。どちらがいいかなあって」

「そうですね、バトルをするチャンピオンのイメージは黒だと思いますが…」

「私のこと」

「ご来店されたときから気づいていました」

「そ、そっか、そうですよね」

「ごめんなさい、プライベート中ですよね」

「いえ、構いません」

申し訳無さそうに頭を下げる店員さんに笑顔を返す。口角を少し上げて、目を細める。世間によく映るこの笑い方は意識せずとも出来るようになっていた。バトルの時以外の私の写真はいつもこの顔だ。気づいている人はこのアローラに何人いるのか。何人いたったいい。それがアローラのイメージを崩してしまうことはないのだから。

「あの…プライベート中とのことでしたら余計に私は白がお似合いかと思います。もちろん黒も素敵ですよ!私は黒を買いました!」

「あ、ありがとうございます」

「ですが…外で待たれてる方と並んで歩く姿を想像したら浮かんだのが白でしたので…」

「外で……あ、あの白もじゃですか!?」

「白もじゃ?あの方はチャンピオンのご友人ですか?」

「ご友人…ご友人とはまた違うような…」

「え!?もしかして…!?」

「もしかしないです」

「そうですか…」

なぜ少し残念がるんだ。店員さんの反応はさておき言葉は心に残るものがある。目線だけをお店の外に向ければ、何を考えているのか空を見上げている白もじゃの姿が見えた。あそこまで拒否してもついてきたのだから、どうしても隣を歩かなければならない。確かに黒いスカートを選べばどこぞのヤンキーの並びだ。せめて私だけでも洋服だけは爽やかさを演出しなくてはならないような気がしてきた。

「じゃあ白にします」

「ありがとうございます」

「あとそれとそれも。あっちの髪飾りも。トップスとスカート以外は宅配でお願いします」

「かしこまりました」

白もじゃは荷物持ちになると言っていたけれどさすがにそこは私の良心が打ち勝つ。宅配の準備をして貰っている間にフッティングルームをお借りして着替えを進める。足を揺らせばひらひらと揺れるスカートの丈がなんだか無性に嬉しかった。休日最高。この喜び、女の子でよかった。

「よくお似合いです!」

「ありがとうございます」

「きっと待たれている方もそう思われますよ」

「…どうでしょう」

乱暴で騒がしい白もじゃがこんな時どんな反応をするのか想像もつかない。今はだいぶ丸くなったとはいえ昔の白もじゃは荒れていたし、私だってがむしゃらに強さを求めていたこともあり呑気にお互いの外見まで言い合える余裕すらなかった。それでも先ほどは髪を染めたことも口にしていたし、案外相手を観察しているのかもしれない。反応を期待しているわけではないけれど、自分で気に入っていることもあって無反応は寂しい。

「おう、早かっ……」

だからといって固まってしまわれても困る。なんだなんだ私がスカートを履いているのがそんなに珍しいのか。明らさまな反応に腹がたったので間抜けな顔をロトム図鑑で写真に収めておく。何かあったときに世間にアップしよう。

「何勝手に撮ってんだ!」

「私の心に負った傷の深さに比べれば大したことないじゃないですか!」

「どういう意味だよ」

「あの、グズマさん私を人間の皮を被ったキテルグマか何かと勘違いしてませんか?私だって女の子なんですよ。休みの日にはスカートくらい履きます。普段プルメリさんみたいにお顔が整った方を見ていればそりゃあ私なんてキテルグマみたいなもんでしょうけど!?」

「んなこと思ってねえよ!ただ驚いただけだ!おまえ旅の途中だってチャンピオンになってからだってそんな格好したときなかっただろ」

「最近は休みがなかったからです。それに表に出ないだけで着ているときもありました」

「そ、そうかよ」

「この間ククイ博士は褒めてくれたのになあ」

「あ!?俺だって口に出さないだけでちゃんと!」

「ちゃんと?」

「……なんでもねえ!!」

忙しい人だ。そもそも白もじゃの反応を少しでも期待した私が間違いだった。あとでポケモンたちに見て貰おう。ポケモンたちの方が僅かな変化にも気づいてくれて、よっぽど紳士的だ。何か言いたげな白もじゃにため息を一つ送りつける。やっぱりこんなやつと1日行動を一緒にするなんて疲れを溜めるだけのような気がする。楽しみにしていたこの後のパンケーキだってどう角度を変えても白もじゃでは雰囲気に合わない上にそもそもいくらエネココアがすきとはいえ、女の子のためのお店に入るなんて白もじゃにとって居心地のいいものではないだろう。いくら腹が立っていても予定を変えなくてはいけない、いけないよなあ。

「お腹すいてますか?マラサダ食べに行きません?」

「おまえさっき別のもん食いに行くっつってなかったか」

「んー、気が変わりました。パンケーキは今度、ミヅキちゃんと食べに行きます」

「ミヅキと?」

「女子会です。しばらく先になるかもしれませんが」

曖昧に笑えば白もじゃはそれ以上何も言わなかった。ただぶっきらぼうに髪を撫でられる。励ましてくれているのかな、落ち込んでなんていないのに。せっかく髪飾りまでつけたのだから崩さないでほしい、なんて思いもあったけれどそれ以上に白もじゃの手は大きくて、普段破壊だ何だ言っている人の手とは思えないほど温かく思えた。きっとポケモンたちにはこの温度で接しているのだと、思わぬところで知ることになる。

「さっきは悪かった」

「え?」

「おまえのことはキテルグマだなんて思ってねえからよ、だからその、理由は言えねえけど俺の反応が気に食わなかったなら、謝る」

「……」

「それだって、いーんじゃねえの…」

「明日は雨かもしれない」

「あーもう絶対ェ言わねえ!!」

「嘘!嘘ですよ!!さっきの写真もアップしませんから!」

「当たり前だ!!」

「嬉しいです、褒めてくれてありがとうございます」

白もじゃに応えて私も素直に自分の気持ちを伝える。最初の反応はどうであれ、褒めて貰えることは嬉しい。その感謝くらいは白もじゃであっても素直に伝えていいはずだ。今の私の笑顔は先ほど店員さんに向けた笑顔とはまた違った笑い方であり、計算されたものではない。ずっとこの笑顔で笑えたらいいのに。

「ああもうなんでおまえはそうやって……!」

「どうしました?」

「あー…なんでもねえよ…」

「ほら、行きましょ!マラサダは奢ってくださいね!」

いつまでも立ち尽くしている白もじゃの腕を引いて走り出す。なんだろう、少しだけ楽しい。これは忘れていた楽しさだ。