第一話



第一話 健康に転生しました。

身体が重くて、全身が燃えるように熱い。
ゆるりと閉じていた瞼を開ければ、見覚えのない顔がいっぱい飛び込んできた。
「だ…っで!!…っっ!」
さっきまで一番視界を占拠していた男性が急に入れ替わったと思ったら、今度はマスクをして、よくドラマで見ていた帽子をかぶった男性何かを必死で話してくれている。が、生憎途切れ途切れにしか聞き取れない。
聞き取りたいけども、ノイズが入ったみたいに音が拾えなくて。
「(ごめん、何言ってんのかわからん…)」
必死にさっきの状況を思い出せば、この状況にも妙に納得がいってしまって。
「(ああ、轢かれたんだった、、)」
強い睡魔に抗えずに、“私”は目を閉じた。


「起きてください!審神者様!!!」
 毎朝セットしていたアラームに匹敵するのではないか、というぐらい大きな金切り声が聞こえたかと思えば、頬に強い衝撃が走る。
「…っつ、いってぇ」
 いきなりの衝撃に処理が追い付かなくて、反射的に殴られたであろう左頬に手をやればもふもふとした感触が頬より先に来たものだかからさらに吃驚してしまった。
うちは猫なんか飼っていなかったはずなんだけど…と思って、顔を横見向ければド派手なカラーをした猫が飛び込んできた。
「ねこ…?」
「わたくしめは、猫ではございませんよぅ!狐でございまする!」
しかも、人語をしゃべるときた。とうとう頭が可笑しくなったのかもしれない。
顔を顰めてしまっていたようで、私の思っていることが分かったのか狐は「お忘れですか!こんのすけでございます!」と大粒の涙を流し始めた。
ぐすぐすと泣く狐に若干の罪悪感は覚えたものの、覚えていないのだからしょうがないじゃないか。
 一向に泣き止みそうにない狐にどうしたものかと頭を悩ませ、起き上がることにした。
そう、起き上がることが出来たのだ。
「…?あれ、生きてる…??」
 起きる前に私は事故により轢かれたはずで、結構な重症だった記憶があるのに。
何故起き上がれるのかが不思議で、手を目の前に持ってくれば傷一つない手が映し出される。またもや、処理が追い付かなくて身体の至る所を触ってみるが、傷の一つもない。
「なにをおっしゃっておられるのですか?」
「え、いや…俺、事故に合って…轢かれて、死んだんじゃ・・・」
「何をおっしゃいますか!審神者様は健康な身体でございますよ!悪い夢でも見られたのでは…」
「ゆめ…?ゆ、め…」
夢、なのだろうか。でも、私は“審神者様”と呼ばれるような職業にはついていないし、こんな派手で人語を喋ることのできる狐も知らないのだ。どういうことなんだ…
 ふと、周りを見渡してみれば気づかなかったが知らない部屋にいたようだ。箪笥が目に付いて備えつかられた鏡に向かって立ち上がる。
「ふぎゃっ」
狐の尻尾を踏んでしまったようだが、こっちはそれどころじゃないのだ。
確かめなければ…今ある状況を確かめなければ。

「はっ、なんだよこれ…」
姿鏡の目の前に立てば、よく見知っている顔が映っていた。が、私の記憶している自分の姿ではない人が映っていた。


「…ということだろうな」
「そんな…ありえません…」
長いこと話してしまったため、喉が渇いてしまった。
先程派手な狐…こんのすけが持ってきてくれた水を飲み一息つく。その飲み水を持ってきてくれたこんのすけは信じられないという顔で俺を見つめてくるが、事実なのは致し方ないだろう。
「審神者様…いえ、貴方様はそれで平気なのですか!?」
 こんのすけ、というものはこんなに表情が豊かなのだろうか。半泣きになりながら苦しいような、困ったような表情をするものだからこっちが対処に困ってしまうというのに。

事の次第はこうだ。
“私”は死んだ。そして、並行世界の“俺”に転生してしまった。
“平成”の世に生まれた“私”は、あの事故で死んでしまい、“2205年”の別の時間軸の並行世界の“俺”へと転生してしまったのだ。こういったオカルト小説は前に見たことがあるので、この考えに思い立ったのだ。本当に体験してしまうとは思わなかったが。
証拠として、こんのすけに見覚えがあったのも大きいだろう。私の時代には、こんのすけと似たようなキャラクター、刀を擬人化したキャラクター達を育成するというゲームがあった。だが、こんのすけに聞けば“平成”という時代はあったが、そういったゲームは確認されていないという回答がされた。そして、今まさにそのゲームと似たような内容の世界なのだという回答が返ってきたのだ。ならば、私は生まれ変わりなのではなく、刀が擬人化されたゲームが“世界”の自分へ転生してしまったということになる。ちなみに男になっているという特典付きだ。
「平気、ではないけど、そういったこともあるという小説とか見てたし…。それに俺が知っている世界なら多少はありがたいかな。ちょっとでも知識があるにこしたことはないだろ?」
「そうですか…申し訳ございません、お辛いのは貴方様なのに…」
「そう落ち込むなよ」
本当に、喜怒哀楽が凄いな。こんのすけ素晴らしい。
「なぁ、“俺”についてこんのすけが知ってる限りでいい。教えてくれないか?」
まずは、この世界の俺についての情報取集のほうが先だ。家族がいたら、短期間でも“俺”になりきらなければならないという問題が発生してしまう。
が、その心配は無用だったようで、“俺”は独り身らしい。親族もおらず、結構な資産も持っているようなので、お坊ちゃまというやつになる。

次に心配なのは仕事について、だ。“審神者様”と呼ばれていたぐらいなのだ。たぶん、俺はゲーム通りに自分のキャラクターを作って、本丸というものを任されるのであろう。
「あ、もしかして、既に一つの本丸の審神者になってたらやばくないか」
一つ思いついた可能性に血の気が引いてしまう。
仮に、だ。仮に、すでに審神者として本丸を運営しているのであれば“俺”になりきって今後生きていかなければならなくなる。それは非常にまずい。俺の知っている本丸は一緒に暮らしていくスタイルのはずだ。転生してしまった、という事実はこんのすけと二人だけの秘密にしておきたいところなのだが。
「その心配はございません!貴方様にはこれから本丸をお任せするところでしたので」
「そうか、それは良かった」
それなら、“俺”になりきる必要性もないし、変な心配もないので一安心だ。
「こんのすけ、本丸というやつは確か初期刀を選んでからだったよな?」
 “私”の友人にこんな時に助けられるとは。アニメオタクな友人のおかげで、ゲームもプレイもしたこともあるし二次創作の小説も読んだことがあるので本当に助かった。
初期刀は誰がいたっけな、ということを考えていたら、こんのすけがまたしょぼくれた顔をするようだから、次はなんだと構える。


「実は…、審神者様にお任せする予定だった本丸は…通称ブラック本丸というものでして…」

こんのすけの言葉に、転生早々先が思いやられた。



END


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