第二話


第二話 仲間とご対面

転生してから10時間ほど。
“俺”は随分行動が早いようで、家のことや本丸についての手続等は既に済んでいたようだった。そのおかげで、準備も滞りなく終わり手荷物一つ持って、大きな建物の前に立っているのだが…
「これは…胸糞悪い空気だな」
なんといえばいいのか分からない。とりあえず、気分が悪くなる空気なのだ。
心なしか、黒い霧が辺りを漂っているようにも見える。
「審神者様はかなり霊力が高いので、この瘴気にあてられているのでしょう」
横にいるこんのすけを見れば、入りたくなさそうな顔をしているので俺と同じ気分なのだろうから文句は言えまい。溜息をつけば、こんのすけが見上げてこちらを見てくるので「どうした?」と声をかける。
「いえ、本当にこの話をお引き受けされてもよろしかったのですか?」
「ああ、どうせこの世界の俺も、俺と同じように引き受けたんだろ?」
「そうですが…、この世界に来たばかりの貴方様に酷では」
「いいよ、こんのすけがそんな顔しないでくれ。なったものは、しょうがないし、きっと“俺”自身も今の選択を選んでいるよ」
しゃがんで、こんのすけの頭を撫でれば摺り寄ってきてくれるので、一家に一台こんのすけは癒し動物として必要だと思った。先程、こんのすけによっても個体差はあるとのことあったが、うちはこのこんのすけでよかったと思うよ。

「さて、この瘴気とやらはどうすればよくなる?」
「方法はいろいろです。霊力の弱い方がこういった本丸に就く際には、術式を使用して瘴気を一旦払うのですが、審神者様の場合は霊力がお強いので“払う”イメージをしていただけたら瘴気はなくなるかと思われます」
「なんて横暴な…俺、そういった祓い事なんてしたことないんだぞ」
払うイメージとは…となって悩んでいると、こんのすけが慌てて説明を付けたしてくれた。
「審神者様が、こういう本丸がいいなぁと思ったイメージをしていただければよいのです」
「そうか、なら俺はこんな本丸がいいなぁ」
目を閉じて、俺の理想の本丸図を思い描く。庭は純和風にして、畑もでっかくって、馬が何匹かいて…
暖かく、心地よい風が吹いたかと思えば目の前には本当に俺の理想の本丸が出来上がっていた。
「すげぇ、、俺すげぇ…」
「審神者様、お仕事はまだまだ沢山ありますよ」
目の前の状況に呆けていたら、こんのすけはさくさくと中へと入っていく。
慌てて横に並び、刀剣男子達を探すが人っ子一人でてこないので、先程こんのすけから説明された内容を思い出し「それもそうか」と思ってしまう。

この本丸は通称ブラック本丸というものになるらしい。
何故そうなったのか。それは前任の女性審神者が色恋沙汰でご乱心したからだそうだ。
他所の本丸の男審神者にいいように使われた挙句に、捨てられ。そして、ご乱心した女性審神者が寂しさを埋めるために、刀剣男子達に夜枷を強いて道具のように扱ったらしい。政府の情報によれば、一年程その状態が続いたそうで、最終的には女性審神者が自決した。
ご乱心するまでは、優秀で真面目な審神者だったので、刀剣男子の練度も高かったのが幸いした。本丸解体の話は無かったそうだが、見合う審神者がおらず、そのまま放置されており、瘴気も悪化し今の現状に至るそうだ。自決してから、審神者が居なくなったため一気に瘴気が本丸全体を覆い、政府は中の様子を見れず立ち入れなかったらしい。なので、中の様子もまったくわからないということだ。

「まぁ、政府が確認している部分までは手入れとかしていたみたいだから、怪我をしているものはいないと思うが…」
 前任の審神者の慈悲かは分からないが、道具のように扱っていたものの手入れは行っていたという履歴はあるので、あとは刀剣男子達の心の問題だろう。
「お邪魔しまーす」
 玄関の扉を開けた瞬間、また瘴気が一気に漂ってきた。
 先程のお祓いで何とかなっているかと思っていたが、そんなに甘いものではなかったらしい。瘴気の根源となっている奥へと足を進めれば、瘴気とともに微かに鉄の匂いが混ざっていることに気づいた。
「おい、こんのすけ…もしかしたら重症者がいるかもしれんぞ」
「そんな報告は…」
 どんどん強くなっていく瘴気と血の匂いに居ても立っても居られなくて、走りだせば「審神者様!」と後ろでこんのすけに呼ばれた気がした。
 でも今は、悠長にしている暇はないのだ。一番瘴気が強い部屋の前に立ち、障子を勢いよく開ければ吐きそうなぐらい濃い瘴気と、血の匂いがした。


「誰だ、てめぇ…」
一番に声を発したのは、和泉守兼定だった。大勢の刀剣男子からの目線に怯みそうになるが、それを無視してさらに奥にある部屋へと向かう。一目見ただけでわかったが、皆一様に外傷はないようだが憔悴しきった様子である。
 和泉守の言葉に反応せずに横を通り過ぎようとすれば、今度は一期一振に前に立ちはだかれてしまった。
「どいてくれませんか」
 一応、神様なので敬語を使っているつもりでいるが、余裕がなさ過ぎて語尾が強くなってしまった。でも、そんなことを気にしている場合じゃない。
「それは聞けませんな」
「貴方達もわかっているでしょう。折れそうな刀がいるんでしょう」
 相手に気おされそうになるが、ここで怯んでしまっては中の刀剣男子を手入れできない。早くどけ、という意味を込めて一期一振を睨むがどいてくれそうにない。
 すると、後ろから刀を抜く音が聞こえたので振り向けば、大和守安貞がこちらに向かって構えていた。
 ああ、なんで邪魔をするんだよ。早く手入れしないと本当に折れてしまうんだぞ。
「今、俺を殺しても構わないし、貴方達なら蟻を踏みつけるみたいに造作もないことでしょう。ですが、私にも仕事がある」
「そんなのいらないっていってるんだけど」
 加州清光まで抜刀し始めた。他のものも、抜刀まではいかないものの刀に手を添えているあたり、ここでしくじれば俺の命はないということになる。全員から、憎悪と悲しみが混じった目線を向けられ、ここの刀剣男子もこの瘴気に当てられているのがうかがえる。
「わかりました、じゃあ交渉しませんか」
「交渉?人間風情が何をおっしゃる」
 小狐丸が言えば、更に瘴気が濃くなった。きっと、瘴気に侵されている度合いもそれぞれなのだろうが小狐丸はかなり酷いほうなのだろう。
「そう、交渉です。人間風情からのお願いもありますが…、俺は手入れすることを譲れない。だから、手入れはさせてほしい」
「ほう、何故其処までしてこの本丸を気に掛けるのですか」
「怪我人はほっとけれない性質なんです。ですが、代わりと言ってはなんですが、もしも手入れを失敗した場合は私の命を差し出しましょう」
「あんたの命なんていらない」
「加州清光様、そう仰らないでください。これでも霊力はあるほうなので、貴方達の糧になることはできるはずです」
「…それもそうだね」
 加州清光が見定めるように俺を見てくるが、正直言って身体の震えを抑えるので手一杯だ。そろそろ納得していただきたいところなんだけどな。
「旦那、俺っちはそいつに手入れしてもらえばいいとおもうぞ。できるかどうかは別として」
 薬研十四郎が声を上げてくれたのを皮切りに抜刀していた面子は刀を収めてくれた。今の状況では救世主だ。俺が死ななかったら、なにかご褒美を上げよう。
「ありがとうございます。ですが、こちらも条件がございます」
 一安心し、再度一期一振のほうを振り向き言えば、「条件とは」と事務的に一期一振が聞いてくる。
「手入れ中は絶対に部屋に入ってこないでください。集中力が切れてしまいますから。こんのすけはそばに居てもらうので、なにか不審なことを俺がしたら皆様にお伝えするように伝えておきます」
 
条件を承諾してくれたので、襖を開ければ血生臭い匂いが鼻をつく。
そこには、血みどろになった六振りがいた。
なんで、こんな状態で。いつからこんな重症を負っていたんだ。
髭切・三日月宗近・鶴丸・堀川国広・蛍丸・乱十四郎の六振りに近づけば、意識はなくぐったりとしている。俺一人では手入れ部屋に全員を運べれないので、他の刀剣男子に手伝ってもらって手入れ部屋へと重症組を運んだ。
「運んでいただき、ありがとうございました。あとは任されます」
運んでくれた面々にお礼をいって、手入れに取り掛かろうとすればこんのすけが足に縋り付いてきた。今は一刻を争うので、後にしてほしいところなんだけど。
「審神者様!この人数を一気にやるおつもりですか!?」
「そうだけど」
「いけません!審神者様の命にかかわってしまいます!」
わかってるよ、こんのすけくん。流石に霊力が高いからといって、上限や限度はあるはずだ。しかも、大太刀も含めての六振は普通なら手入れしないのはわかっているよ。さっき見た資料でも、霊力が弱い人は枯渇した場合死に至ると書いてあったぐらいなんだ。全員、どんなに霊力があっても枯渇してしまえば命に関わることもわかってるんだよ。
「こんのすけ、もしも俺が倒れたらそのときはよろしくな」
「そんなお願いは、聞けません!」
「聞いてくれないと困る。こんのすけ、俺は死なないから、ね?」
半べそをかきながら縋り付いてくるこんのすけの頭を撫でてあげれば、俺の後ろに下がってくれた。こんのすけには、心配ばかりかけさせてしまっているな。

「よし、じゃあ手入れ開始しようか」


この本丸を守るために、俺の命を懸けて戦います。


END


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