サラシバ


bug01


「夢子ちゃん、ポッキー食う?」
 羽宮一虎が甘えるようにわたしに訊いた。
 首を少し傾げて、ぱっちりと目を開き、まるで年下のように可愛げのある仕草だが、彼はわたしと同じ中学1年生で、彼の左の頬には昨日拵えたらしい痣があり、そして髪型は全く似合わないパンチパーマだった。
「……ありがとう、でももう先生来ちゃうから」
 彼は所謂「不良」で、耳に入る噂と言えば、やれ喧嘩で誰それを半殺しにしただの、やれ無免許でバイクを乗り回しただの、やれどこだかの暴走族と揉めているだの、そんな物騒なものばかり。
「ポッキーゲーム誘ってるって思った?」
 出し抜けに言われる。返す言葉に悩んでいると、すぐに、
「安心しなよ、オレ、夢子ちゃんが嫌がることはゼッタイにしねぇから」
 ポッキーを差し出しながら、ニッと笑った。害意も悪意も見られない、明るい笑顔。何も知らない人から見れば、ただ仲が良いだけに見えるだろう。
 諦めて、じゃあ一本だけ、とポッキーを抜き取った。視界の端で、クラスメイトが不憫そうな視線をわたしに向かってチラリと投げる。そんな目で見るくらいなら、助けてくれてもいいものを。
「夢子ちゃんはポッキー系の菓子ってどれが好き?」
「えっと、普通にポッキーかな……」
「マジで? あ、もしかして今オレがあげたから?」
「……」
「照れなくてもいーよ、もう一本食いな。好きなんだろ?」
 嬉しそうに差し出されてしまい、後悔しながら二本目をもらう。きっと彼のアタマには「夢子の好物=ポッキー」と刻まれてしまったに違いない。これからわたしが彼に毎日「ポッキー食え」と言われたとしても、誰も驚かないだろう。羽宮一虎は、そういうところについて、酷く単純にできていた。

 校内では誰もが持て余し、我が強くて、愚直とも言えるほどに単純で。

 彼がなぜわたしに絡むのか、わたしには全く心当たりがない。
 この四月に入学し、数日後には目を付けられた。以来、気まぐれに付きまとわれている。彼のおかげで、新しい友人は一人もできなかった。
 初めの内こそ、周囲も珍しがり、羽宮一虎は不良の割に愛嬌のある奴だ、と気軽に声を掛けるクラスメイトもいた。けれど、今はもういない。
 みんながみんな、彼を腫物のように扱う。悪い噂、底の読めない表情、低い沸点。わたしも、できることならば他のクラスメイト同様、表面上は明るく楽しいクラスメイトを装って、それでいながら無関係であると、彼我の線引きをしたかった。けれど残念ながらわたしは当事者で、外野ではないらしい。
「迷惑なら、ちゃんと言った方がいいよ?」
 そんな風に言っていた友人も、彼の性質を把握してからというもの、彼が教室内にいる間は、決してわたしに話しかけようとしなくなった。彼の邪魔をして食らう、とばっちりが恐ろしいのだ。
 彼の座席はわたしの隣だった。出席番号など関係ない。前の住人は彼によって追い出されてしまった。担任も一応は彼を注意したけれど、それだけだった。どうやら、わたしをあてがえば羽宮一虎は大人しくしている、と判断したらしい。
「一虎くん、顔だけはいいし、まぁ構ってやんなよ……」

 わたしにはどうすることもできない。

 向こうにしてみればどうせ、珍しい虫を見つけた虫取り少年みたいな心持ちなのだ。突き回して、試しに色々な餌を与えて、わたしという生態を観察している。虫は、少年が飽きて解放されるか、自分が死ぬか、どちらかの時が訪れるのを待つしかない。


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