bug02
羽宮一虎は、よくない噂が多い不良のクセに、学校にはほとんど毎日登校していた。朝からきちんと来る訳ではない。登下校の時間はいつも出鱈目だった。如何にもな雰囲気の先輩に呼び出されて、そのままどこかへ行ってしまうこともちょくちょくあった。
昼は特に在席率が高かったから、どうせ給食を食べに来ているだけだろう、と誰かが言っていた。
そんな彼がある日、バイクで登校した。
授業中、幸い誰もいなかった校庭に、正門から堂々と乗り入れたのだ。窓際の席に座っていたわたしはその姿を余すことなく見なければならなかった。ヘルメットも被りもせずに首に引っ掛け、ブンブンと騒々しい音を立て、見せびらかすように狭い校庭をぐるりと回る。
当然、誰もが窓の外に興味を持つ。が、誰も止めようとはしない。
彼はバイクを止め、そのまま大きな声でわたしの名を呼んだ。
「夢子ーっ、降りて来いよぉ!」
教室中が、ああやっぱり、と言った気がした。
最悪だ。
一縷の望みを託して教壇を見れば、
「夢原、やめさせなさい」
と先生が眉間に皺を寄せていた。
あれをやめさせるのはわたしの役目なのだろうか。わたしは彼の保護者ではないのに。頭の中にワッと文句が湧いてすぐに消えた。まるで水泡のようだと思った。
小走りに校庭へ降りると、それに気付いた彼が、不機嫌そうな顔を一瞬で笑顔に変えた。
「おっせぇよ、何してんの」
「何って、授業中……」
「ま、いいや。乗って」
「えっ」
「早くしろよ。あ、メットか」
そうじゃない、そういうことじゃない。それ以前の問題だ。
「羽宮くん、免許持ってるの?」
「これ先輩から借りたんだワ、お前乗っけてもいいって。だから乗せてやるって言ってんの」
彼は首に引っ掛けていたヘルメットを、わたしに放り投げた。
間違いなく無免許だ。年齢的にもまだ取れない筈だし。
乗りたくない。
運良く事故らなかったとしても、無免許が運転する乗り物に乗るのは道路交通法の違反にならないのだろうか。彼のことだ、きっと「パクられなきゃいーじゃん」くらいにしか思っていないのだろうけど。
「あの、授業中だから」
「メット被んないの? 早くしろって」
逃げ場がない。
わたしの姿はどう映っているのだろうか。不良がバイクで迎えに来て早退? それとも拉致? いっそここで彼を怒らせて、思いきり殴られた方が立つ瀬があるのではないだろうか。
「ったくしょーがねぇな」
言うなり彼はバイクを降り、ヘルメットを奪って無理矢理わたしに被せた。
「はい、準備完了。行こ!」
腕をグイッと引かれるが、自転車の二人乗りとは訳が違う。バイクはそれより大きく見えたし、それに跨ると言っても一体どこを足場に跨げばいいのか。
困惑していたら、今度は脇を掴まれた。そのままヒョイと持ち上げられ、
「足」
と言われるがままに足を上げ、バイクの後部に跨った。悲鳴をあげる暇もない。
「掴まって」
彼は小慣れた動作で跨り、エンジンをふかす。遠くにサイレンが聞こえた。
「やべっ、急ぐぞ」
「えっ、あ、掴まるってどこに」
「オレの背中」
恐る恐る彼の上着を浅く掴むと、バイクは急発進した。わたしは反射的にしがみ付く格好となってしまう。
「飛ばすぜぇ!」
高揚感に満ちた奇声を発し、風を切る。
わたしの耳元ではそれらの音が風にまかれて聞こえ、何だか現実から一人取り残されたような恐ろしさがあった。景色はビュンビュンと無情に流れていく。どこへ行くのかも分からない。まるで嵐の中に放り込まれたかのようだった。
いつ止まるのだろう、早く止まってほしい、とそればかりを考えていた。
あの日のことは、それ以上覚えていない。
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