サラシバ


bug-3 05


※一虎目線※


 コンビニの弁当を不味いと思った事はほとんどなかったけど、あの子と向かい合って食うとそれだけで特別な食事のように思えた。最後に一緒に給食を食ったのはいつだっけ。思い出そうとしても何も出てこなかったから、すぐにやめた。
 あの子はオレの前に座っておにぎりを食っていた。えらくのんびりしていて、オレが殆ど食い終わってもまだ半分以上が残っていた。
 おにぎりだけでいい、と言った時はダイエットでもしてるのかなと思ってた。だから、ちょっとした悪戯心で、あの子の好きなポッキーも一緒に買ってやった。けど、どうも様子がおかしい。
「具合、悪いのか?」
「……大丈夫、ちょっと食欲ないだけだから」
 ここへ来るまで急展開だったし、疲れているのかもしれない。
「無理すんなよ。部屋で休んでろ」
「いい、大丈夫」
 おにぎりを小さく齧り、モソモソと口を動かした。
「無理すんなって。そんなもん後で食やいいだろ」
 オレに心配させまいとしているのだろうか。健気なのは結構だけど、そんなのオレは望んでない。
 食いかけのおにぎりを彼女から奪う。
「食欲ねぇ時に食ってもうまくねぇだろ。いいから向こうで寝てろ。これ、とっといてやっから」
 彼女は少し驚いたような顔をした。何を思っているのか、オレの方をじっと見ている。
「……何、どうかした?」
 訝しむと、彼女はフッと笑って
「一虎くん、何だか変わったね」
 そう言った。
「なんだよ、それ」
 どういう訳か、期待外れだと言われたような気がして、一瞬心がぐらりとする。
「優しくなった」
「そうか? 変わってねぇと思うけど」
「……わたしやっぱり、ちょっと横になるね」
 彼女は席を立ち、オレのところに寄り道をした。腕を回して、その小さな身体で柔らかくオレを包み込む。

「あんまり危ないことしないで」

 何の事を言っているのか分からなかった。
 そうされるのは嬉しい筈なのに、嬉しくもないし腹も立たなかった。
 危ないこと? マイキーの件か? それくらいしか思いつかない。
 彼女はふわりとした笑みを残して部屋に行ってしまった。
 確かにマイキーの件は「危ないこと」だ。けど、オレが確実に奴を殺せば何の問題もないし、少年院には別の奴に入ってもらうから問題ない。何も心配する事などない筈だ。
 オレが怪我をするのを心配してるんだろうか。まぁ怪我くらいはするかもしれない。けどそれが何だ。
 考えていたら無性に腹が立ってきた。
 ゴミ箱に、彼女の残したものを、叩きつけるようにして捨てた。
 あいつを殺さなきゃ、オレは前に進めない。なんでそれを分からないんだ。

 いつもそうだ、みんなしてオレの邪魔ばかりする。

 腹に沸いた感情を声にして吐き出し、思い切り壁を叩いた。
 早く殺さなきゃ。
 今まで無駄にした時間を、早く取り戻さなきゃ。
 けど今はダメだ。しっかり詰めて、確実に殺す為に。
 オレはゆっくりと息を吐いた。
 徐々に高ぶった気持ちが収まっていく。
 視線を感じて振り向くと、リビングの端にあの子が立ってた。怯えた様子で、オレの方を見ている。
「……ごめんなさい、わたし……何か悪いこと言」
 オレは笑顔が見せて彼女に近付くと、どういう訳か彼女は言葉を切ってしまった。
「何」
 へばりつく寸前まで近付き、問い質す。彼女の目は潤んで、まるで宝石みたいにキラキラしていた。
「わた、し……悪いこと言っちゃった……」
 蚊の鳴くような声が、ヒョロヒョロと聞こえてくる。
「よく分かってんじゃん」
 顔は血の気がなかったし、唇は小さく震えていた。
「ユメはオレの側にいてくれるだけでいいんだよ。余計な心配すんな」
 ひんやりとした頬を撫で、触れるだけのキスをした。
「怒ってないよ。怖がらせてごめん」
 彼女は悪くない。全ての元凶はあいつだ。
 まだ怯えている彼女の、その顔に掛かっていた髪をそっと除け、両手で顔を包み込む。
「オレの事だけ考えろ。他の事なんか全部、どうでもいい。だろ?」
 喉の奥で、小さく頷く。
「何度も言わせんなよ。オレが全部なんとかする。マイキーの事も、お前の事も、全部。な?」
 ゆっくりと瞬きをして、分かった、もう言わない、と震える声で答えた。
 オレは彼女の頭を撫でてやった。
「少し休め。オレがそばにいてやっから」
 肩を抱き、部屋まで連れて行ってやった。オレのベッドに横になる彼女の手を、その脇で握ってやった。オレをチラリと確認した後で、彼女は静かに目を閉じた。
 そうして、穏やかな時間が過ぎていった。


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