サラシバ


街灯のあかりの下で(4)



 男は不思議な話を聞かせた。

 少年時代の、冒険譚。
 この月の裏側に、緑豊かな世界が広がり、ウサギ人間が住んでいるという。
 発明が得意で明朗快活な地球の少年、ちょっぴりひねくれ者の、けれども情に厚いウサギ人間の少年、魔法使いたち、大きなロボット。

 確かに月にはウサギ人間の噂もあるし、10年くらい前だったろうか、謎の巨大ロボットが都市に現れたことがあったらしいけれど。
 それにしたって、荒唐無稽だ。

「アンタにそんな想像力があるとはね。この話、あたしのために考えてくれたの?」

 あたしが言うと、男は労わるような笑みを見せた。
 男の体温が心地よい。

「ねぇ、もっと聞かせてよ」

 物語は続く。
 枯葉てた大地に、命の泉。津波と暮らす浮き島の村、全てを飲み込む大渦。大昔の人々の争いごと、凍てつく氷原、巨大なオルゴール。世界を支える様々な柱。

「次はあなたの話を聞かせてください。私ばかりが話していては、釣り合いません」

 優しく髪を撫でる。

「…そうね、でも残念。もう夜が明けるわ」

「ズルいな」

 男は楽しそうに笑った。


 外は刺すほどに空気が凍てついていた。
 こんなに寒い冬は初めてだ。

 朝日はまるで、この世を新品に仕立てたかのように街を照らしている。

「楽しかったわ、ありがとう」

 別れの握手の代わりに、さらりと頬を撫でる。

「お元気で」

 男は頭を下げて、そして背を向けた。
 あたしはそれをぼんやりと見送る。
 と、男は足を止め、こちらを振り返った。

「あの、お名前を」

 あたしはゆっくりと首を振り、別れを促すように軽く手をあげた。



(おしまい)

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