街灯のあかりの下で(3)
腹が立つ。
聖人君子みたいな顔をして。
早く時間が過ぎればいい。日が昇れば、あたしは自由になれる。
「少し、眠った方がいいでしょう」
私は床で寝ますから、と立ち上がる。
勝手に床にマントを敷き、その上にごろりと寝転んだ。
あたしとしては、確かにその方が楽。
一人で寝てもお金がもらえるなら、その方がいいに決まってる。
でも不愉快だった。
侮辱された気分だった。
可哀そうだと思うなら、何でちゃんと助けてくれないの?
そんな風に思う自分が嫌だった。
最低の気分だ。
眠ったように見える男の頬に、あたしはそっと唇を寄せた。
「先に眠っちゃうなんてズルいわ」
頬に、目尻に、キスを落とす。
男の眼が、憐れむような光を帯びた。
あたしは指先で頬をなぞり、閉じたままの唇に触れる。
「アンタ、あたしを買ったのよ? きちんとしてくれなきゃ」
開きかけた唇に自分の唇を押し当てる。舌を滑り込ませ、拒もうともがく男の舌を、逆に吸い上げた。
男の手が、あたしの肩にかかる。
「やめましょう、その…お仕事の方は、したということにしておけばいいじゃないですか」
「へぇ。じゃあ、アンタはあたしの何を買ったの?」
「何を、って…」
「アンタはあたしを馬鹿にしてる。あたしの商売を馬鹿にしてる。あたしは、アンタに『自由』を売ったわけじゃない。金を恵んでもらったわけでもない。セックスと金の取り引きをしたのよ」
男は唇を真一文字に結んだ。
「あたしがやってること、本当は『仕事』だなんて思ってないんでしょ? 金さえ払えば自由にできると思った? アンタの命令通りになんかならない。アンタはあたしを抱くの。アンタがそう、取り引きをしたの」
あたしは男の眼を見ていた。その中に、少しでも揺らぎが見えることを期待して。
男は眉間にしわを寄せて、そしてあたしの肩をぐいっと押した。
起き上がり、何をするかと思えば、正座した。
しばらくの間、目を閉じて難し気な顔をして、そうしてキッとあたしに眼を向けた。
「申し訳ありません」
手をついて、深々と頭を下げる。
「あなたの仰る通り、私は無意識のうちにあなたのお仕事を軽んじていたのかもしれません。失礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
ガバッと顔をあげる。
「しかし、私の信条として、あなたの希望に沿うようなことはできません。例えそれが、あなたに対して失礼にあたるとしても」
「…へぇ、結構な信条ね」
「私は…、女性と結ばれるときには、私にきちんとした心構えができていなければならないと思うのです」
男がぐいっと身を乗り出し、あたしは思わず身を引いた。
「その女性の総てを受け入れ、守り通すという心構えです。申し訳ありませんが、私とあなたは会ったばかりですし、私はあなたのことを何も知りません。だから」
「あー、はいはい。分かった分かった」
あたしは手でそれを遮る。
「つまりこうでしょ? 見ず知らずの女は抱けないってことでしょ?」
「いえ、その…」
「馬鹿々々しい」
男は大きな身体をまた縮めた。
「馬鹿々々しいわよ」
だいたいこれじゃ、この男に金もセックスも支払わせることになっちゃうじゃない。
あたしはわざとらしくため息を付いて見せた。
「けど、お客様を床に寝かせたんじゃ、あたしのメンツが立たないわ」
ベッドに入って、男を招き入れる。
「こっちへ来てよ。無理に抱かなくってもいいからさ。その代わり、何か話して聞かせてよ」
男は心底安心したように、ふぅっとため息を付いた。
(続く)
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