サラシバ


満月の夜に



「うぅ…さっぶ……」

 身を切るほどの冷気に身を縮める。上着をかき合わせ、思わずぐっと目をつぶった。

「ラビ、ほんとに寒いの弱いよな」

「っせぇ」

「オレが温めてやろうか? オレの手、けっこうあったかいんだぜ」

「いらねぇよ」

 ニヤっと笑う大地の顔を睨みつける。
 さっきまでいた大地の家の、あたたかなリビングがすでに恋しい。

「さっさと行って、戻ろうぜ」

 自分の吐いた息が白くなるのを見ているだけで、余計に寒さを感じてしまう。ところが促されたはずの大地は、なぜか空を見上げて間抜けな声を出している。

 キラキラと輝く瞳に、ふっと心を奪われる。
 大地はいつもそうだった。世界のあらゆるものに胸をときめかせ、くだらないものにすぐ浮かれて、喜んで。
 出会った頃は、自分と別の世界を見ている脳天気なやつだと思っていた。でも一緒に旅をして同じものを見て、彼を知るごとにそうじゃないと気付いてしまった。
 大地は世界を愛しているのだ。

 胸がざわつく。

 自分だって、新しいものを知る喜びを覚えた。けれどいつでも、その横には大地がいた。
 彼が愛する世界を、自分も愛おしいと思う。大地の双眸を通して世界を見る。彼が月を去ってからも。

 この世界はなんて美しいのだろう。

「見ろよ、星がきれいだ」

 ため息を付くように、空を見上げたまま大地が言う。
 見上げれば、満天とまではいかないものの、星々がちらちらと瞬いている。

「あれがオリオン。星が三つ並んでるだろ? そのすぐ近くにいる、強く輝いてるのがリゲル。その近くにいるのがうさぎ座なんだぜ」

 突然解説を始める大地の声を、ぼんやりと聞き流す。
 月から眺める夜空の方が、星の数は多い。何座がどうとか正直さっぱり分からないが、観測ツアーや展望台なども確かあったはずだ。地球より良く見える、なんて謳って。

 でもどうだろう。星空なんて、興味がない。
 可愛い女の子がいれば、きっと話は別だろう。二人っきりで歩いて、流れ星なんか流れたら最高じゃないか。今日みたいに寒ければ、どこかに腰かけて、身を寄せ合って夜空を眺めるかもしれない。

 そんなことを考えながら、ぽつぽつと寂しく輝く星々を目で追う。強く輝く星がいくつかあり、よく見れば微かに色が違うようにさえ思えた。大地の言う、三つ並んだ星も見つけた。
 けれど、目を引いたのはひときわ強く、美しく、射すような、冷たい光を放つ、大きな光。

「月だ」

 初めて見るわけでもないのに。
 あんな小さな丸の中に、自分たちの思い出が詰まっているのか。小さくて、それでいて

「きれいだ」

 知らず知らず、口からこぼれる。

「うん、月がきれいだな」

 大地と顔を見合わせて、くすくすと笑い合う。

「行こうぜ」

 冬の空気が、二人の頬をほんのりとあかく染めていた。


(おしまい)

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