サラシバ


庭師、月へ。(後編)



 遠くから、兎のようなデザインのトラクターが近付いてきた。
 子供の声が複数聞こえ、トラクターはチトの側で停止した。随分と古い車両だった。チトよりももっともっと古いようだった。
 トラクターから3人の子供が降りてきて、チトを囲んだ。
 こんなガラクタ放っとけよ、と金髪の少年が言ったが、他の2人はチトに興味があるようだった。
 こんにちは、と音声ツールを使用すると、3人は同時に飛び上がった。
 簡単に自己紹介をし、「優しい木」を探していることと、動けなくなったことを告げる。
 首を傾げた後、少年たちは順に名乗った。1人の少年がドクターと同姓同名なのは、一体何の偶然だろうか。

 地図にないところにある、優しい木……世界樹!

 3人の少年は声を合わせた。
 ドクターと同じ名前の少年が、チトをそこへ連れていくと約束した。そして、トラクターから工具を出し、チトの身体を修理したが、眉間に皺を寄せて「パーツを交換しないと」と言った。「基盤にもヒビが入ってる」とも。それでも、チトの身体は動くようになったのだから、チトにとってその少年はとても優秀な整備士だった。
 筋肉質の、よく日焼けした少年が、軽々とチトの身体を持ち上げて、トラクターの後ろに乗せた。
 トラクターは、町と反対の方向を目指した。彼らの言う「世界樹」は、元々彼らの目的地の一つでもあったということだった。3人の少年たちは、いつかの冒険を辿る旅をしているという。その途中に、「世界樹」があるのだそうだ。

 月面の荒野を走ること、約4時間。トラクターは大きな竜巻の前にいた。
 それは移動しない竜巻だった。チトの回路は「危険」と判断したが、ドクターと同じ名前の少年が「大丈夫」と言ったので、それに従った。
 金髪の少年が、竜巻に向かって手をかざし、声を張り上げると、どういうことか竜巻はその根元に口を開け、来訪者を向かい入れた。チトはそれを、音声パスワードの一種である可能性、と分析した。
 竜巻の中には一本の老木が生えていた。これが「優しい木」だろうか、と観察を始めると、少年たちは老木の洞へと入っていった。日焼けした少年が、チトに声を掛け、また軽々と持ち上げた。
 洞の内部には空間があった。そしてそこには金色の光をたたえた池があった。その光は、宇宙でチトを捕まえた光にそっくりだった。
 少年たちは、チトを連れて光に飛び込んだ。長い長い落下の後、チトは3人と一緒に光の道から吐き出された。

 そこには、広大な森があった。

 そして、頭に兎のような耳を生やした人々……金髪の少年の頭にも、いつの間にか同じような耳が生えていた。これはきっと、ドクターが言っていた「耳長族」たちなのだろう。途中、大きなカタツムリも見た。チトの知っているカタツムリと違って、随分派手な色をしていた。これはそうだ、「マジカルゴ」に違いない。ドクターの話していた「マジカルゴ」は、高さが2メートル以上あるそうだったが、チトの見たマジカルゴはもっと小さかったから、きっとまだ子供なのだろう。
 一行は、何日もかけて、いくつかの村に立ち寄りながら、世界樹を目指した。
 もうすぐ世界樹だ、と少年たちが言った翌日。チトは、天と地を繋ぐ程の大樹の根元にいた。
 大樹の根元にはカブトムシのような衣装をまとった耳長族がいた。次の日になって、上から老人が降りてきた。その老人は、空を飛ぶ絨毯に乗っていた。

 全てが全て、ドクターの話の通りだった。
 チトは、ドクターの見た世界にいた。
 少年たちは、チトを「顔まで連れていく」と言った。チトは、恐らく史上初めての「空飛ぶ絨毯に乗ったアンドロイド」になった。
 どこまでも続く樹皮は、長い年月を経て堅牢さを見せていたが、遥か上方で光を散らす枝葉は若々しいように見えた。世界樹は、チトが今まで見てきたどの植物よりも、生命に満ちていた。
 世界樹には、少年たちの言うように、また、ドクターがいつか言っていたように、大きな大きな顔があった。その顔は、彼らをとても歓迎しているようだった。意志を持つ巨木は、旧式アンドロイドのことも歓迎した。

 優しい木、ようやく会えた。

 チトはとても幸福だった。それが、タスクを完了した為なのか、ドクターの見た世界に触れたからなのかは分からなかった。チトはアンドロイドだったけれど、それでもきっと、人間が心で感じるように「幸福」だった。
 
 と、チトの内部でフッと何かが停止した。それは情報を記憶する回路であり、身体を動かす筋肉のようなたくさんのパーツであり、太陽光をエネルギーに変換するシステムだった。
 チトはもう考えることができなかったが、もし考えることができたなら、これが人間の言う「満足」だろう、と考えたに違いなかった。

 金髪の少年がチトの異変に気が付いた。
 彼らは何度も旧式アンドロイドの名前を呼んだが、チトのセンサーが彼らを認識することはなかった。
 やがて、一人の少年が何かを決意した。彼は、チトの優秀な整備士だった。

 そうしてチトは、長い年月を経て修理され、遥大地が偉大な人となってからも、その庭を手入れし、その傍らで物語を聴き続けたのである。


(おしまい)

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