サラシバ


街灯のあかりの下で(1)


 やってられない。

 その日はいつになく冷え込む夜で、それだというのにあたしは首も胸元も大きく開け、足だってむき出しのままだった。
 かじかむ指先に、はぁっと息を吐きかける。
 運よく街灯の下に陣取ったものの、寒さのせいか人っ子一人通らないのだから話にならない。
 何が悲しくてこんなことをしてるのだろう。このままでは、冬を越すどころか、明日の食事にも困ることだろう。
 何より、「オーナー」から何をされるか。
 身体が震えた。

 誰でもいい。金を持っていて、言葉が通じるなら。男でも女でも老人でもいい。未成年はちょっと問題があるが、この際だ、それはどうにか誤魔化せばいい。
 あたしは人影を求めて辺りに目をやる。同じように身を縮めながら「誰か」を探す若い女の姿がボツボツと見える。彼女たちと面識はないが、いっそ身を寄せ合ったら少しは温かいだろうか。

 と、向こうの角から何かが現れた。

 男だろう。
 かなり背が高いし、ガタイも良さそうに見える。鈍い街灯の光で照らされたその影は、まるで熊のように見えた。

 正直、身の安全を考慮すると、ガタイのいいのは困るのだが、今は選り好みをしている時ではない。
 同じ境遇の女たちが、もぞもぞと身を動かし始める。

「ねぇ、ちょっと寄っていきなよ」

「お兄さん、あたしが温めてあげるからさ」

 次々と声がかかる。
 男は女たちに顔を向けるだけで、寄り付こうとはしない。

「何さ、愛想笑いなんていらないよ!」

 道の向こう側にいた女が悪態をつく。

 あたしたちの商売にはそれなりにルールがある。街灯の下にいる者は、その光が届く範囲で、それ以外の者は光が届かないところで商売をする。
 男が、あたしの街灯の下へと入ってきた。

 そいつは随分とボロい格好をしていた。あたしも人のことを言えたものではないが、彼の場合は服というより布と言った方が近い。下手すると、一文無しかもしれない。
 しかしまぁ、人は見かけによらないなんてこともあるのだから。
 あたしは上着を除けるようにして、腰に手を当てる。かなり寒いが仕方ない、ボディラインを出すためだ。

「ねぇ、アンタ何でこんなとこ歩いてるの」

 男が足を止める。

「ろくでもないとこだって、知ってる?」

 年は二十歳そこそこか。よく見れば、なかなかの顔立ちだ。この顔なら女には困らなそうだが、身なりからするとそうでもないだろう。うっかりすると童貞かもしれない。
 その顔が、やんわりと笑みを見せた。

「あんまりウロウロしない方がいいんじゃない? それとも、何か用事でもあるっての?」

 男がこちらへと歩み寄る。
 スッと手を伸ばし、あたしの上着に手をかけた。
 支払い前に触られるのは御免だ。あたしが身を引こうとすると、男はあたしの上着の前を閉め始めた。

「お仕事なのでしょうが、これでは風邪をひいてしまいます」

「…やめてくれる? 余計なお世話よ」

「それなら、あなたの先程の言葉もそうでしょう」

 嫌なやつだ。

「ねぇ、分かってるっていうならさ、アンタあたしを買えばいいじゃない」

 男の胸元に手を当て、身体を寄せる。相手の背が高いのをいいことに、ここぞとばかりに上目遣いで誘い込む。

「そうしたらさ、あたしは寒い思いをしなくて済むし、アンタもいい思いができるんじゃない? それともアンタ、文無し?」

 挑発するように首をかしげると、男は困ったように微笑んだ。まるで子供をあやすように。

「そうですね…では、あなたを一晩、買いましょう」

 腹は立ったが、背に腹は代えられない。
 アタシは男の腕を引いて、雑居ビルへと入っていった。



(続く)

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