サラシバ


エピローグ 彼岸にて


 一通り話し終えて、総司はしばらく思いを巡らせた。

 そうだ、と船頭に声をかける。
「あいつが来ても、ここを通さないでおいてよ」
 船頭は、少し笑って「ご勘弁を」と言った。
「あっしは在って無いようなものなんで」
 意味はよく分からなかったが、どうせ駄目だろうと思っていたのもあって、総司はだた、ふうんと言って此岸を見た。
 話すうちにだいぶ離れたものらしく、すでに霧の中だった。反対側もまだ、影すら見えない。

 船頭は迷いなく舟を漕いでいる。

「まだかかりそうだね」
 へい、と船頭は頷いた。
「お声のかかっている方や、未練のある方は、余計にかかりやす」
 総司は苦笑した。
 ここへ来るまでだってまぁまぁな道のりだった。それを引き返せだなんて酷い話だ。
 此岸のあった方へ、いい加減にしてよね、と呟く。

「そうじ」

 はっきりと声が聞こえ、川面に少年が立っていた。骨ばった身体にボロをまとった、傷と泥にまみれた少年。
 総司は、ふっと笑ってからその少年を睨みつけた。
「帰りなよ。お前の顔なんか二度と見たくないんだ。こっちへ来るなら、斬るよ」
 一息に言ってから、腰に何もないのを思い出した。
 少年は笑った。笑われた、と総司の頬にわずかな熱が上る。
「なんだ、おれを斬りたいのかと思ってた」
 嬉しそうにそう言って、ふっと真面目な顔を作った。

「そうじ、あの娘は無事だよ」
 おれがちゃんと見てきた、と少年は言った。
 心地よく、すっと胸に入る声だった。
「じゃあな」
 少年は身をひるがえした。
 声をかけようとしたのと同時に、舟が止まった。つきましたよ、と船頭が静かに告げた。
 舟は、此岸にあった桟橋と似たようなボロ板にとりついている。

 総司は舟を下り、船頭に礼を言った。船頭は頭を下げて、静かに舟を出した。
 その姿を霧に見送りながら、総司は先程の事を思い出していた。

 何を言おうと思ったんだろう、言う事なんて、一つもないのに。
 はは、と声に出して笑ってみたが、答えは出なかった。

「さて、行きますか」
 川を離れて歩き出すと、どうやら霧も晴れていくようだった。




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