鶴丸国永の夢
第二夜
鶴丸国永の夢を見た。
夢の中で、彼は七歳くらいの少年だった。姿は違うが、髪の色や顔つきでそれと分かる。
鶴丸国永は夢で会うなり私に飛びつきこう言った。
「あるじ、おにごっこしよう!」
事には経緯というものがある。
このウザ絡み系鶴丸国永が我が本丸に顕現してから早ひと月。私への付き纏いは既に常態化していて、彼を捜している者は皆、迷いなくまず私のところへ来る程となっていた。
そんなある日、冬を迎えた本丸の寒さに抗いきれず、収納をがさごそと漁って湯たんぽを探していたら、鶴丸国永がやってきて言ったのだ。
「何、寒くて寝つきが悪いだと? なら俺が添い寝でもしてやろう」
完全なるセクハラである。
「そんな顔をするんじゃない。俺たちが審神者に愛を向けるのは当然の事だろうが」
「何を素直な。『審神者の逆ハーレムはこの世の理』みたいな言い方しないでください」
「事実だろうが。俺は君が好きだし、他の連中だってそうだ。これは平たく言えば本能なんだよ。所有される以上は愛されたい、だからまずこちらから愛を向けるのだ」
「正式な所有者は私じゃなくて政府です」
「それでも所属は間違いなく君のもとだろう」
「こんなにも口応えする部下があってたまるか」
「君は本当にああ言えばこう言うなぁ。もともとがそうなのか?」
「あなたのせいです」
「それは、嬉しい事だ」
ははは、と鶴丸国永は朗らかに笑った。
「ともかく、寒さで寝不足になられても困る。俺たちは君の判断ひとつでどうにでもなってしまうのだから」
「だからと言って添い寝は行き過ぎなんですよ。頭の中どんだけピンクなんですか」
「手を出すとは言っていないだろう。あくまでも体温を分けるだけだ。こう見えて案外温かいぞ、試してみるか?」
そう言ってバッと両腕を広げて見せる。
「結構です。万人が他人の体温を求めているとは思わないでください」
「照れるなよ、今なら誰も見ていないぞ。それに俺はまだ生まれてひと月の赤ん坊だ。母が抱きしめたとて違和感などあるまい」
「誰が母だ」
「霊力を分けてくれただろう。身を分けたも同然だ、母じゃないか」
「ああ言えばこう言う」
「ははは、似た者同士だな。ひょっとすると、俺がこうなったのは君の霊力の影響かもしれん。遺伝みたいなもんだ」
「他人(ひと)のせいにしないでください。いい加減にやめないと執務室出禁ですよ」
「わかったよ。なら今晩の夢で、俺の潔白を証明しよう」
「やめろ、夢はもうたくさんだ」
「そう言うなよ。俺も近頃はだいぶ慣れてきたのだから」
「こんなもんに熟達しないでいただきたい」
私は数日前に見た「まんじゅうの悪夢」を思い出す。鶴丸国永が満面の笑みを浮かべて私の口にまんじゅうをねじ込み続ける夢だった。シンプルに死ぬかと思った。
どうやら、夢枕というものらしいのだが、風情が無い夢ばかり見せられてこちらは辟易しているところである。まぁ風情があったとて、余り気分の良いものではないが。
「プライベートもいいとこなんですよ。夢は不可侵であるべきだ」
「まぁ、これは裸の付き合いという奴だ、仲良くしよう。ああ、今夜が楽しみだ」
「もういい、出てけ。ちょっと誰か、鶴丸国永を連行してください」
私は戸を開けて声を張り上げた。後ろの方で鶴丸国永が慌てて立ち上がる。
「こらこら、他者(ひと)を呼ぶな。自分で出るよ」
「お呼びですか、主さま」
「毛利か、何でもないよ」
鶴丸国永が、飛んできた毛利藤四郎に向かってはたはたと手を振る。
「お願い、鶴丸国永を見張っておいて」
「分かりました、小さい子のお世話ですね!」
「小さくはないだろう」
「何言ってんですか、あなた生まれてひと月の赤ん坊なんでしょう」
「それを言ったら毛利もつい先日生まれたばかりじゃないか」
「僕は構いませんよ」
「困ったなぁ」
「子供同士、遊んでらっしゃい」
「行きましょう、鶴丸さん。何をして遊びましょう」
「仕方がない、他の連中も巻き込んで遊ぶとするか」
と、まぁ、そのような事が昼間あったのだ。
そして夜。燭台切光忠らの説得も功をなさず、石切丸に張らせた結界をも潜り抜けて、鶴丸国永は私の夢に侵入した。
石切丸め、まさか手を抜いたんじゃなかろうか。そんな風に恨みたくもなるというものだ。その夜の夢は明晰夢だった。明晰夢は現実に強く影響するから、一層に油断ができない。怪我でもしようものなら本体も同じ様に傷が付くし、深入りすれば出られなくなる。
「鬼ごっこって」
身体能力の差がどれだけあると思っているのか。こちらが不利にも程があるだろう。ゲームとして成立する訳がない。
「きみがおにだ。ちゃんとつかまえないと帰してやらないからな」
言うなり、小さい鶴丸国永はパッと廊下に飛び出した。
「あ、こら! まだやるとは言ってないのに」
キャッキャと子供らしい奇声のような笑い声をあげて鶴丸国永は逃げていく。
帰さないとは不穏が過ぎる。念の為、朝番の連中にはいつもよりも早めに起こしに来るようにとお願いしてあるが、万が一という事がある。これはちょっと、本気でやらねばならないのかも。
笑い声の消えた方へと追い駆ける。途中の部屋で短刀たちが集まっているのに遭遇した。
「ごめん、鶴丸国永を見なかった?」
短刀たちは、それぞれに首を振る。
「さぁ、僕らは見てません」
「あ、鶴丸国永と言ってもあれよ、どういう訳か子供の姿なの。七歳とか、それくらい」
説明するも、短刀たちの答えは変わらなかった。
「見つけたら捕まえといて。あれを捕まえないと私は現実に戻れないらしいから」
「えっ、それは本当ですか」
「あいつが帰さないと言ったんだ。不穏極まりないよね」
短刀たちは驚いたように顔を見合わせ、
「鶴丸さんは広間の方に逃げました!」
一斉に指さして教えてくれた。
礼を言ってまた走り出す。その後を短刀たちが付いてきた。
「僕らも協力します。鶴丸さんから、主君以外が捕まえるのはダメと言われているので、お手伝いしかできませんが」
「ありがとう、助かります。皆であれを追い込もう」
一対多数なら、勝機がなくもないだろう。
足の遅い私に代わって、短刀たちが先回りを買って出た。そして広間手前で、
「こっちにはもういないみたい」
「隠れてる様子もなかったぜ」
「よし、散開して捜索しよう。乱藤四郎と薬研藤四郎は外を見張って。五虎退は私に同行、毛利と秋田は中を頼みます。あと、他にも誰かいるようなら、事情を話してとにかく味方を増やしてください」
「了解!」
散ってすぐ、へし切長谷部が広間の方からやってきて私を呼んだ。
「鶴丸国永を捜しているとか」
「うん、そうなんだ。あいつを私が捕まえないと、夢が終わらないらしい」
聞いて、眉間に皺がぐいっと寄った。
「何と図々しい。俺がシバき倒しておきます」
「ルール的に問題ないか分からないから程々にね、お願いします」
「御意」
短刀にも負けぬ速度で探索に向かった。
序盤に、こうして足の速いのに遭遇して味方にできたのは運がよかった。少なくとも、捜索網を広げる速度は確保できたろう。
「よし、五虎退。私たちも捜しましょう」
「は、はい!」
少し緊張した面持ちの五虎退を連れて、私はひとまず執務室へ向かった。もしかしたら、いつもの習性でそこへ入り込んでいる可能性も、と思ったからだ。
途中、通りがかった部屋で鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎を見つけた。座卓に向かって、ふたりしてみかんを剥いて食べている。
「ねぇ、鶴丸国永を見なかった?」
「捕まえないと、あるじさまが帰れないんです」
「へぇ、そりゃ大変」
鯰尾藤四郎が、もごもごと咀嚼しながら返事をした。
「あなた、大変だと思っていないでしょう」
「思ってますよ」
咀嚼を終えて、
「しかし相手が鶴丸さんとなるとなぁ」
「何かあるの」
「外へ逃げたら飛んでいくかもしれませんよ」
そんな馬鹿な話があるか。
「あ、冗談だと思ってますね。でも考えてみてくださいよ、ここは夢の中なんですよ?」
「そう言われると可能性を感じてしまうな」
「急いだ方がいいですよ。庭先で白い影を見たような気がします」
「そうか、ありがとう。五虎退、皆に知らせて外を中心に捜索しよう」
「主、鶴丸なら押入れだ」
「わ、なぜバラした!」
押入れをバッと開けて、小さい鶴丸国永が骨喰藤四郎を怒鳴った。
「助けただけだ。見つけてもらうのを心待ちにしていただろう」
「それはそうだが!」
「五虎退、通せんぼしてて!」
敷居の辺りに五虎退を残し、鶴丸国永のもとへと走る。
「おそいおそい!」
伸ばした手をひらりすり抜け、両手を広げて通せんぼする五虎退も躱し、あっという間に廊下へ逃げた。
「うぅっ、すみません……」
「いいよ、五虎退が捕まえちゃったら反則だもの。行こう!」
バタバタと廊下へ飛び出し、後を追う。
「わぁ、思っていたより走りますね」
私に並走する鯰尾藤四郎が、前を見ながらそう言った。
「小さくなったせいかな」
「ちょっと、さっきはどうして嘘をついたの」
「主、喋ると息が切れますよ」
こいつめ、完全に面白がってる。
「あれを捕まえないと帰れないんだけど」
「分かってますよ、もしそうなったら寂しくないよう、ちょくちょくこちらに会いに来ますね」
そうじゃねぇだろ。
と、向こうから、騒ぎの声が聞こえてきた。
「お覚悟!」
ドッと圧のある気配。
「まて、おまえ今のはほんきでやったな」
「当然です、悪戯坊主には仕置きが必要」
「しおきのレベルか」
ヒョイと飛び出してきた小さい鶴丸国永に、さらに追い打ちを掛けていたのは一期一振だった。刀が大袈裟なくらいにスパッと床を割く。床切丸、と反射的に即席のあだ名が頭に浮かんだ。
「あ、これ少し離れた方がいいですね」
私の前に脇差ふたりが盾のように立ち並ぶ。
不安になって、一期一振に呼び掛けると、彼はパッとこちらを見やった。その隙に、鶴丸国永は脱兎の走り。
「あ、逃げた」
慌てて皆してそれを追う。割いた床を跨ぐ時、一期一振が私に手を貸した。
「あのね、現実にも反映されてしまうから、程々に頼みます」
「承知しました、では次は刀背打ち(みねうち)で」
できれば本丸設備に対しても程々にしてほしいが。
それにしても、一見温和な一期一振がこうだとすると、と嫌な予感が胸を過ぎる。
「オラオラオラァッ」
過ぎった側から、遠くに加州清光の声。ああ、やっぱり。
「急ごう」
「なら、俺の背に乗ってください」
「え、それはちょっと」
「早くしてください。主の足が遅いから、なかなか終わらないんですよ」
それは確かに。
私は諦め、屈む鯰尾藤四郎の背に身を預けた。
「心配するな、落馬しそうな時は俺たちがフォローする」
見ると、骨喰藤四郎と五虎退が大真面目な顔でこちらを見ていた。こちらの心中は複雑だったが、礼を言って頷く。
「じゃ、行きますよ」
流石と言うべきか、軽々と私を担いで鯰尾藤四郎は駆けた。
「わ、早い、怖っ、待って」
今までに体験した事のない移動速度に悲鳴をあげたが、誰ひとりとしてそれを拾う者はいなかった。そんな事より、あっちにいたぞ、こっちにいたぞの声を追うのに忙しい。
鯰尾藤四郎の乗り心地は、決して良いものではなかったが、それでも私が走らずに済んだのだから、かなり助かった。
「いたいた! 鶴丸さん、発見!」
白い背姿に鯰尾藤四郎が声を上げると、小さい鶴丸国永はチラリと振り向いた後に近くの部屋へと滑り込んだ。
「庭へ出る気か」
「五虎退、みねうちみねうち!」
「あ、はい!」
傍にいた中で一番早い五虎退を走らせる。
「痛かったら、言ってください……!」
「あたったら痛いにきまってるだろう」
軽口を叩きながら五虎退を躱しているところに到着すると、指示するまでもなく骨喰藤四郎と一期一振が回り込んだ。私は鯰尾藤四郎から降りて、彼を捕獲する隙を伺う。
「そろそろ観念しなさい、鶴丸国永」
「やなこった」
私のいる方を穴と見たか、鶴丸国永は迷いもせずにこちらに突進してきた。
「よし、来い!」
ドッヂボールの球を受けるような恰好で迎え撃つも、伸ばした手はサッと躱され空を掴んだ。
「あるじさま、惜しかったです」
「いや、全然だった」
「骨喰、もう少し歯に衣を着せなさい」
「はいはい、さっさと乗ってください。追い駆けますよ」
ぐぬる私にそれぞれ声掛け、再出発。
それからも追っては逃げられの繰り返し。このまま夜が明ければ明日の出陣にも影響が出てしまう。徐々に私の意識も鮮明になってきているし、このままでは本当に夢から抜け出せなくなってしまう。早く決着(ケリ)を付けねばと気ばかりが焦った。
「全く、どうして奴はあんなに元気なんだ」
途中再合流したへし切長谷部が、独り言のようにしてそう言った。
「仕方ありませんよ。鶴丸さんの弄った夢なら、向こうに有利が当然でしょう」
鯰尾藤四郎が、さも当然とばかりに言ってのける。
「それはそうだが」
「それよりいい加減、俺も疲れてきました。主、思ってたより少し重いし」
「私が重いのは厨組の腕が良過ぎるせいだ」
「他者(ひと)のせいにしない。主が重いのは運動不足のせいですよ」
「兄弟、疲れたのなら俺が変わろう」
「うん、頼むよ」
鯰尾藤四郎が私を背から降ろそうと手を緩めかけた時、私の視界からへし切長谷部の姿が消えた。
「長谷部さん、消えちゃいました」
不安なのか、五虎退が私に縋(すが)るようにして言ってくる。
「多分、起きちゃったんだよ。あのひと、いつも決まった時間に起きてたし」
鯰尾藤四郎が軽く言う。
つまり、もうそんな時間という訳だ。
「私以外は、目が覚めたら自動的に戻れるって事か」
「ですね、多分だけど。戻れないのは主だけです」
「嫌な言い方しないでよ」
「あ」
何を感じ取ったのか、鯰尾藤四郎が少し低めに声を出したかと思ったら、私の身体は突如支えを失って、床にずだんと落っこちた。
「主、大丈夫か」
「あ、うん。膝を少し打ったけど」
助け起こそうと骨喰藤四郎が伸ばした手を掴もうとして、これまたそれを掴み損ね、私の身体はつんのめった。
「あるじさま!」
慌てて駆け寄った五虎退も、声だけ残して姿を消した。
「弟たちも目を覚ましてしまったようですな」
そう言えば鯰尾藤四郎と骨喰藤四郎はそれぞれ朝番だったはず。少し早い気もするが、夜番の連中に起こされてしまったのだろうか。
「五虎退も早起きなんだっけ」
「えぇ、弟たちの多くは早寝早起きです」
健康的なのは素晴らしいけど、今だけは困る。
「恐らくですが、私もそろそろ」
「え、待って」
縋るも虚しく、一期一振もログアウトしてしまった。
取り残された私はすぐさま、誰かいないかと声を張り上げて駆け回った。
「主殿、朝が」
「ごめん主、何とかがんばって!」
「君を残していくなんて、心配だ」
出会う者が端からどんどん姿を消していく。心細いのは勿論あるが、それ以上に言いようのない恐ろしさがあった。
夢に閉じ込められる、という最悪の結末が現実味を帯び始める。
少しパニックになりながら、私はとにかく残った者がいないかと探し求めた。この際、鶴丸国永の所在は後回しだ。誰か味方はいないのか。本丸ってこんなに広かったっけ。
「おい」
疲れ切ってヨタヨタと歩いていると、不意に声を掛けられた。
「大丈夫かよ。みんな消えちまったが、どうなってんだ」
「あぁ、あぁ……」
よろめく私を同田貫正国が受け止める。
「みんな起きちゃったんだよ。どうしよう、味方が減ってしまった」
「どうしようもこうしようも、鶴丸を捕まえねぇと、あんた戻れないんだろう?」
「うん、うん」
「しっかりしろよ、泣いてたって解決しねぇ」
「うん、そうだよねぇ」
私は袖で顔を拭った。
「足の速いのは軒並み起きちゃったみたい。二度寝してくれたら、もしかするとまた入れるのかもしれないけど」
「なら夜番の連中も、後から来るかもしれねぇって事か」
「うん」
私はひとつ頷いて、ふぅ、と息をついた。
不確定ではあるけれど、夜番の連中はまだ姿を見ていないし、逆にそれ以外の者は皆ここへ来ているようだった。本丸内で眠っている者が須らくこちらへ来るような設定なのであれば、夜番も来てくれるし、二度寝組もきっと来る。
「まぁ、俺はしばらく起きねぇだろうし、多分御手杵もまだこっちだ。最悪、二人で何とかしてやる」
「え、確定なの」
「昨日の晩は遅くまで起きてたんだよ。あいつが連続ドラマなんか見始めやがって。寝落ちしちまったから先が気になって仕方がねぇ」
御手杵のせいにするのはどうかと思うが、何にしても今はとてつもなくありがたかった。
「夜更かししてくれてありがとう」
「妙な事で礼なんか言うな。明石とか不動とか次郎とか、あの辺もどうせまだ寝てんだろ。捜してくっからここで待ってろ」
「いや、この場で作戦を立てます。集めている間に起きちゃったら困るし」
「それで統制とれんのか」
「分からないけど。簡単な指示にしておけば、何とかなると思います」
「なるほどな。どうすればいい」
「まずは広間へ追い込んでください。それから西廊下へ。私は近くの部屋に身を潜めます」
「分かった」
言うが早いか、同田貫正国は駆け出した。
私の方は、宣言通りに広間の西側にある収納部屋に身を隠した。刀剣男士相手にどこまで通用するかは分からないが、何とか気配を消せるよう、息を潜めて様子を伺う。
遠くで何やら声がした。誰かが鶴丸国永と遭遇したのかもしれない。とすれば、ここを通るのもすぐだろうか。
「主よ」
突然に声を掛けられ、危うく悲鳴を上げそうになる。
「そんなに驚かなくてもよいだろう、俺だ」
声を落として静形薙刀が私に寄った。
「加勢しろと言われてな」
「よかった、助かります。私ひとりではどうにも不安で」
少し満足げな表情を見せ、静形薙刀は、他に薬研藤四郎を見たと話してくれた。彼がまだ寝ているというのはかなり意外だ。
「あやつもなかなかに執念深い性質らしい」
果たして執念で起床を遅らせる事ができるものなのか。
「そら主よ、広間に入ったようだ。俺が先に出よう」
広間の方が俄かに騒がしくなり、何人かの声がした。一際大きなのは次郎太刀の声だろうか。
静形薙刀が出るのと、小さい鶴丸国永が姿を現したのとはほとんど同時のように思われた。
どうしようか、このまま隠れて奇襲を掛けるか。しかしタイミングも碌に分からないのに、そんな事ができるのか。逡巡の後、やはり奇襲は無理がある、と私も廊下に出た。
「鶴の字、ずいぶんと可愛らしい姿じゃないか」
「おう、われらがあるじにはちょうどよい大きさだろう?」
「戯けた事を。手加減はせぬ、壊れても良いと言うならここを通れ」
「なに、よけてみせるさ」
後方には同田貫正国と御手杵、それに薬研藤四郎、不動行光の姿。狭い廊下だ、薙刀を振り回す訳にもいかぬ静形薙刀は、素手のまま身を構える。
しかし鶴丸国永にしてみれば、いくら脅されたところでこちら側へ抜けるのが活路であろう。
「主、離れていてくれ」
言われた通りに引き下がり、こちらも、いつ鶴丸国永が来ても捕まえられるようにと身構えた。今度こそ、捕まえないと。
私の準備が整うのを待っていたかのように、鶴丸国永が動いた。一瞬の出来事である。静形薙刀の大きな身体はそれに反応し素早く腕を振り抜いた。しかし寸でのところで躱されて、拳は鶴丸国永ではなく壁を思い切りぶち抜いた。
「主!」
刀剣男士で捉えきれない速さのものを、どうして私が捉えられよう。
味方の声援虚しく、鶴丸国永は私の横をあっさりとすり抜けた。
「ははは、まだ夜はおわらぬようだ」
こちらを振り向きながら廊下を走り去ろうとしたその時だった。
鶴丸国永のその目の前に、パッと大倶利伽羅が姿を現したのだ。小さい鶴丸国永はそれに激突し、はね返った勢いで尻もちをついた。
考えるより先に身体が動いた。
転がるようにして走り、白い衣装の裾を掴んで引き寄せる。息をするのも苦しいくらいに心臓がドキドキしていた。
「捕まえた、捕まえた!」
喘ぐようにして言いながら、逃がさぬようにしっかりと鶴丸国永を抱きかかえ、次の瞬間、意識が飛んだ。
寝て起きたばかりと言うのに、身体は疲労を訴えていた。
そりゃそうだ、あんな夢を見て休まるはずも無い。その上、立派な明晰夢、疲労も負傷も現実へと持ち越しだ。
目を開けると、私の寝室にはかなりの数の刀剣男士が詰めかけていた。
「よかった、お帰りなさい!」
「心配したんだよ、ほとんどみんな戻ってきちゃったから」
「まだお疲れでしょう。今日の業務は私に任せて、主はゆっくりお休みください」
安堵した顔で、口々に私を労ってくれる。
「ねぇ、大倶利伽羅ってちゃんとそっちへ行った?」
「うん、来たよ。彼のおかげでかなり助かった」
訊ねる加州清光に事の次第を伝えると、
「何それ、すっごい強運」
と、歯噛みするような顔でそう言った。
「主、ごめんね。俺たちも二度寝しようと頑張ったんだけど、全然寝付けなくて」
「俺らも変に焦っちまって」
面目ねぇ、と夜番だった厚藤四郎が頭を下げる。
「いいよ、ありがとう。何にしても、みんなのおかげでどうにか帰ってこれましたから」
夜番メンバーにはもう休むようにと指示を出し、身支度をする為に一旦皆に出てもらう。
「そうだ、鶴丸国永はどうしてます?」
部屋を出ようとしていた一期一振を引き留めて訊ねれば、
「ひとまず縛って置いてあります」
との返事があった。
まぁ、あれだけ騒がせたのだ、縛られるくらいはされるだろうよ。
「処遇が決まれば、すぐにでもご指示の通りにしましょう。私としては、三日三晩逆さにして釣っておきたいところではありますが」
なかなかの体罰だ。
「鶴丸国永には本丸の修繕でもやらせましょう。あちこち壊れているんでしょう?」
「えぇ、まぁ」
自分が床を斬ったのを思い起こしたのか、少し気まずそうに答えて、では失礼、と出て行った。
戸を閉めて、着替えをしながら考える。
とにかくまずは説教だ。金輪際、私の夢に干渉しないと誓わせなければ。それから本丸の修繕をさせて、後は手合わせに放り込もう。小さくない方の鶴丸国永と手合わせを望んでいる連中もいくらかいるだろうから。ボコボコにされて懲りるがいい。
身支度をすっかり整えて、よし、と気を入れ自室を出た。
待っていろよ、鶴丸国永。この母がしっかりとお灸をすえてやる。
(おしまい)
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