大倶利伽羅の夢
第一夜
大倶利伽羅の夢を見た。
何て事はない、だた彼が廊下で私を呼び
留めるだけの夢。
彼は、おい、と私を呼んだきり、何も言おうとしない。
目が覚めてから、夢の中まで寡黙でなくとも、と少し呆れた。
大倶利伽羅は、どの個体も比較的無口なものらしく、うちの個体もその例に漏れない。それこそ廊下ですれ違って、チラリと目が合う事くらいはあるが、呼び留められるなんて事は今までに一度もなかった。そう思えば、夢の中では少なくとも私に用があったらしいのだから、少しは喜ぶべきなのかもしれない。
別に私は、彼を特別に想っている訳ではない。
ただ最初、あまりに愛想のない態度であったから、本丸内の輪を乱すのではといくらか不安に思ってはいた。取り持ちが長く不在であったから余計に。どういう訳か、うちではなかなか燭台切光忠が顕現しなかったのだ。
しかしまぁ、審神者養成所で習った通り、ノリは悪くとも輪を大きく乱すような真似はしなかったし、あの程度の不愛想で不和が起きるような心の狭い刀はいなかったようで、私のそれは杞憂に終わった。
養成所では様々な事を習う。本丸の機能、手入れの仕方、刀剣男士の能力や背景、性格、トラブルの傾向等々。それらをしっかり叩き込まれ、且つ霊力レベルが規定に満ちていた者だけが審神者として採用される、との事であった。
そういえば、本丸で見る夢は特殊である、とも習ったのだっけ。
「ズルいとは思わないか」
うわの空で報告書を作成していると、その横で、三日前に顕現したばかりの鶴丸国永が私に言った。胡坐をかいて、片手にはプリングルスの緑の筒を抱えている。昨日も同じ姿を見た辺り、どうやら相当気に入ったらしい。このままいけば、緑の筒が内番着の一部になってしまうに違いない。
「俺は君を知らないが、君は俺を知っているのだろう」
「養成所で習ったもので」
「そこだ、納得いかん」
またこれだ。権限した時、愛想のつもりで「存じております」と口上したのがまずかったようで、以降、私の顔を見るたびに文句を言う。それはもう、まともに取り合うのが面倒になる程に。
「つまり君は、俺が知らない俺の事も知っているのだろう」
「さぁ。けど、ある意味ではそうなのかもしれません」
「俺はまだ、俺のこの身体の事をよく知らないってのに」
ぶつくさと口をとがらせる。
「いいじゃないですか、おかげで毎日が驚きに満ちているでしょう」
「それだよ、そういうところだ」
非難するように言われてしまい、流石に書類から彼へと視線を移した。
「何がそんなに不満なんです」
「だから、そういうところだ。こういうの好きだろう? 的な。安易に与えられた驚きで、俺が満足するとでも思っているのか。だいたい俺の自我は
そこじゃない」
うちの鶴丸国永は何というか、こう、個体差が悪い方に出ている気がしてならない。
「めんどくさそうな顔をするな」
「事実、めんどくさいのでどうにもなりません」
「君、もう少し俺に優しくしろよ。そんなにも率直に言われるとは思っていなかった。そういう驚きは欲しくない」
権限の時に何か不純物でも混ざってしまったのだろうか。
「伊達の刀とはもう話されたんですか。旧知との会話なら楽しいでしょう」
「おい、勝手に話を変えるんじゃない」
「大倶利伽羅は昔からああなんですか。寡黙と言うか、孤高と言うか」
「さぁな。俺たちはもともと言語を持たぬ存在だったのだ、知る訳ないだろう」
「じゃあさぞかし驚かれた事でしょうね」
「いや、意外性はないな。寧ろ懐かしさの方が勝りはする。話し方など知る訳もないのだが、何となく、あんなような奴だった気がするんだ」
「不愛想だったんですか」
「直球だな。しかしそうだな、確かに愛想はなかったように思う。まぁ、俺の記憶などあってないようなものだから、余り当てにはならんが」
「燭台切光忠はどうです? 彼の作るごはんは美味しいでしょう。刀にあんな才があるとは驚きじゃありませんか」
「さっきから君、驚き驚きとそればかり推すようだが、俺の自我はそこじゃないと言っているだろう」
「で、どうなんです。ごはん、美味しかったでしょう?」
「うむ。確かに美味いが、あいつの作る飯はどうにも味が薄くて物足りん。塩分は気にした方がいいとか何とか、今日だってこれを取り上げられそうになった」
そう言って緑の筒を私に見せる。
「まぁ、お年寄りは塩分を控えた方がいいとは思いますよ」
「俺たちの身体は人のそれとは違うと聞いた。塩を控えようが控えまいが関係あるまい。それに俺は『年寄り』じゃあない、生まれたばかりだ」
「そんな風に言う個体もあるんですね。報告しとこう」
「実験体のような言い方はやめろ、悲しくなる」
「あ、娯楽はどうです。共有部のモニタールームに映画やなんかの映像データがあったでしょう」
「見た。あれはあれで面白いが、筋書きが決まっているものばかり見ても楽しくはない」
「なら、表へ出たらどうです?」
「出陣の予定はまだ先だ。君は俺のデビュー予定日も覚えてないのか」
「そうじゃありません、万屋に行けって言ってるんです。プリングルスも売ってますよ。ついでに私の買い物も頼まれてください」
使いっ走りか、と鶴丸国永は不満げな顔をしながらも、案外と素直に買い物リストを持って執務室を出て行った。
二日後、またしても大倶利伽羅の夢を見た。
彼はやはり私を呼び留め、今度は続けてこう言った。
酷い声だ、と。
目を覚まし、じわじわと滲み出るようにして不快感がやってきた。
言うに事欠いてそれはないだろう。自分の声が美声だとまでは流石に思わないが、酷い声と言われる程のものでもないだろう。だいたい、言われる筋合いが無い。おかげで朝から白飯をおかわりしてしまった。腹が立つと食が進むのは何故なのだろうか。
「それで、定刻の十分前には向こうのゲートまで着いてたんですよ。でも主が入館用のパスを本丸に忘れてきたって言って」
昼前、休憩がてら共有部をうろついていたら、鯰尾藤四郎の話声が聞こえてきた。
「慌てて取りに戻って、本丸にも連絡して。執務室の引き出しに入っているはずだからって。でもどこにもなくて。結局、主の懐から出てきたんです」
何て話をしているんだ。部屋を覗くと、鯰尾藤四郎の向かいに鶴丸国永が座っていた。
「あ、噂をすればってやつですね」
「おお、今ちょうど、君の話をしていたところだ」
こっちに来て座れ、とでも言い出しかねない雰囲気でこちらを見る。それをジロリと睨み返せば、
「そんな顔をするな。俺は今、君について『習って』いるところなんだ」
「今なんて?」
「言ったろう? 俺が知らないのに君は知っている、というのが気に入らないと。君を存分に知れば、この不快感は解消されそうだと、そう考えたんだ」
こいつ、本当に鶴丸国永なのだろうか。イメージよりも知能低くないか。
というかそれもだが、もしかして鯰尾藤四郎、私の失敗エピソードばかり話しているんじゃなかろうか。
「昨日の話も良かったなぁ」
「どの話です?」
「あれだ、主の顔めがけて蛾が飛んできて」
「あぁ、あれですか。ちょっとした騒ぎになりましたからね。何せ、蛙を潰したような悲鳴でしたから。燭台切さんなんか、何かの警報と勘違いしちゃったし」
ね、主、とこちらを見る。
「大袈裟なんだよ、彼は」
「わぁ、主、面白い顔をしますね。撮っていいですか」
「駄目です」
「あ、もう行っちゃうんですか?」
「私は忙しい」
「ちょっとくらいいいじゃないですか。疲れてるんでしょう? 俺、厨に行って何か摘まめるものを持って来ますから、休憩しましょう」
「うるさいなぁ」
「鯰尾、放っておけ。それよりもっとないのか、主殿の話は」
「ありますよ、とっておきのが」
楽しそうで何よりだ。私は部屋を後にするべく彼らに背を向けた。と、
「あぁ、いた」
今度は燭台切光忠に掴まった。俄かに、先程の話題が頭を掠めてしまい、思わず苦虫を潰した顔になる。
「え、何その顔」
「なんでもありません」
「そうなの? あ、お昼なんだけど、さっき厨組で、外で食べたらどうだろうって話になったんだ。希望者だけになるとは思うけど、お弁当にして、万年桜の下でピクニックみたいにしようかなって。ちなみに、主は強制参加だからね」
お誘いかと思ったらまさかの強制イベント。
「別に構いませんけど。何人くらいで行くんです?」
「えぇと、今のところは主と僕を入れて七人くらいかな。もっと増えると思うけど」
「面白そうだな、俺も行こう」
「主、いい顔してますね」
「こらそこ、撮るんじゃない」
「うんうん、みんなで行こうね。お弁当の支度ができたらまた声を掛けるから。鶴さんと鯰尾くんは敷物を出してきて」
昼のピクニックには、驚くべき事に大倶利伽羅も参加していた。
しかしまぁ、考えてみれば鶴丸国永がうちへ来てまだ五日だし、彼の歓迎の意味もあったのだろう。一応の歓迎会はしたけれど、燭台切光忠にしてみれば同郷みたいなものだし、きっと特別にもう少ししてやりたかったのだろう。と勝手に想像して、さりげなく本人に訊いてみれば、
「あ、そうか。それもそうだね。ところで主は楽しんでる? 少しはリフレッシュできたかな?」
と返されてしまった。
私、そんなに疲れた顔をしてるのだろうか……。
私は
三度、大倶利伽羅の夢を見た。
夢で彼は、またしても私を呼び止め、そして長い長い沈黙が訪れた。
沈黙の中で私は、これは夢だと気付いてしまった。夢を自覚した場合、一般的には夢を自在に操れるだとか、そんなような話もあるが、本丸で見た夢は少し異なる。
養成所で習った通りであるなら、明晰夢は結構危険だ。夢の中で怪我をすれば、現実の身体も怪我をする。もし私が今、目の前に立つ大倶利伽羅を引っ叩けば、大倶利伽羅は引っ叩かれた事実を現実に持ち込んでしまう。そもそも夢の世界であれば、何が起きても不思議ではない。現実よりも遥かに、予想のできない危険が多い。
それだけではない。意識がはっきりすればする程、現実までの距離が出る。運悪く深く迷い、そのまま夢に捕らわれた審神者も、過去にいたと聞かされている。
トラブルがあってからでは遅い。視界の端がまだぼんやりしている内に、どうにかして目覚めなくては、と気ばかりが焦った。
過去二回見た大倶利伽羅の夢で、私自身が何か行動を起こした事はない。下手に動かない方がいいだろうか。それとも、動けばその拍子に目が覚めるだろうか。
……いや、このまま大人しくしていれば、きっと時間になって誰かが起こしに来てくれるはずだ。それを待とう。
大倶利伽羅と向かい合わせでじっと立ち、それだけで時間が過ぎていく。余りにもする事がなさ過ぎて、頭の中を関連する情報が出鱈目に流れていった。
本丸で見る夢についてはいくつかの説がある。未来予知、過去視、刀剣男士とのイメージ共有、などなど。
夢枕、という可能性もある。霊力がそれなりに強くなければ難しいらしいが、本丸内に数振りくらいの割合で、それができる刀がいるらしい。
夢枕だとしたら、大倶利伽羅は私に何かを伝えたいはずだ。
そんな事を考えていた時、おい、と彼がまた私を呼んだ。
何故だか私はふっと眩暈がし、ぐらりよろけて半歩下がった。その刹那、
危ない
大倶利伽羅がそう言って、私に向かって手を伸ばした。
目覚めた私の心臓は、病気を疑いたくなる程度には激しく脈打っていた。
あれが夢枕であるならば、大倶利伽羅は私と話がしたいのだろうし、夢で聞いた大倶利伽羅の言葉のニュアンスは、彼が私に伝えたかった事に近いもの、という事になるだろう。
三度の夢で言われた事は、「おい」「酷い声だ」「危ない」の三種類。
……もう少し、こう、親切にできないものか。ヒントとしても少な過ぎるし、何度思い返しても二番目のはやっぱり純然たる悪口だ。
それに三つ目のはまぁ、状況が状況だったし、ひょっとすると反射的に出た言葉なのかもしれないから、何の参考にもならないか。
夢に対して思い悩むのもいい加減馬鹿々々しい気もするが、「特殊」と教わってしまってはそうもいかない。
夢が意味するものは何なのか。詳細は分からないが、夢枕である可能性を考慮すると、ここはやはり審神者として、それとなく彼に話しかけるべきなのだろうか……。
いやいやいや、「夢枕」に関しては可能性があるというだけだ。彼の様子をそのまま彼の願いととるのは早計だろう。本丸で見る夢がどういったものなのか、養成所では「特殊」との説明意外に明確な指導はなかったのだ。ただ、不幸な前例があるから気を付けろとしか言われていない。
勘違いをして、恥をかきたくはない。やっぱりしばらく様子を見よう。
「なぁ、あれは本当なのか。他所の審神者に人違いで声を掛ける事が多いって話だよ。君、審神者会議でも万屋でもやらかしたそうじゃないか。よく懲りないもんだ」
「うるさいよ。審神者なんて皆同じ制服着てるんだから、そりゃ間違える事くらいありますよ。鶴丸国永、あなたはそんな話をする為にわざわざ私のところへ来たんですか」
「そうだ」
「清々しいな」
「いいじゃないか。習った分のおさらいだ」
「聞いたって楽しかないんですよ。私の失敗談ばっかり、よくもまぁそんなに集めましたね」
「まだあるぞ」
「もう結構です」
「まぁ聞けよ。乱が君にどうしても甘えたくて、膝枕してほしいなんて言ったそうじゃないか」
「そんなん忘れましたよ」
「なら思い出せ。君は快諾したけれど、何を勘違いしたのか、自分が乱の膝に頭を乗せたそうだな」
「忘れました!」
「他にもあるぞ。何人かで折り紙をやっている時に、風が吹いて一枚飛んで行ってしまったんだってな。それを追いかけて君は縁側から落っこちたんだろう?」
「落ちましたけど」
「顎の傷は綺麗に治ったのか? 一体どんな体勢で落ちたら顎をぶつけるんだ」
「顎から落ちたからでしょうよ。そろそろ黙ってもらえませんか」
「君はどうやら随分とそそっかしい性格のようだ。報告書も誤字が多いんじゃないか?」
「大きなお世話ですよ。仕事の邪魔です、どっか行ってください」
「俺がいるくらい邪魔にならんだろう。心が狭いぞ」
「狭くて結構。あんまり居座ると執務室出禁にしますよ」
「それはダメだ。権限からまだ日が浅いのに、もう禁止事項とは気が早過ぎる」
「日が浅いとか浅くないとか関係ありません。三つ数えるうちに退室しなければ出禁です。ひとつ、ふたつ」
「分かったよ、退散しよう」
ようやく腰を上げて、鶴丸国永は執務室を出て行った。かと思ったらすぐにヒョイと顔だけ覗かし、
「心配するな、すぐに誰かを呼んどいてやる」
と言い残して去った。
突っ込みをする暇もない。もしかして彼は、私がひとりでいると死んでしまうタイプの人間だとでも思っているのだろうか。……誰かが余計な事を言って、彼が勘違いしているとすればあり得る話だ。
私は大きく溜め息をついた。
顕現から十日が経つと、希望者にはリモートで健康診断が実施される。任意であるから、受けるものもいれば受けないものもいる。鶴丸国永本人は「不要だ」と言っていたが、強制的に受けさせる事にした。
「そんなに俺が心配か?」
「心配ですよ。私が知ってる鶴丸国永じゃない」
そう言うと彼はムッとして、絶対に受診しない、としばらく駄々をこねた。こちらの粘り勝ちで何とか健診を受けさせたが、結果は予想外に良好で、寧ろステータス的には良い方に個体差が出ているようだった。
「おかしい、こんなはずでは」
「君、少し酷くはないか。俺を不具合扱いするのはやめろ」
結果の数値を繰り返し眺め、不意に合点がいった。そうだよ、性格の悪さや粘度は数値に出ないもの。健康診断で分かるはずも無いのだ。
「おい、いま絶対に何か良からぬ着想を得ただろう」
「あれ、随分と感応力が高いんですね」
「無視するな」
霊力が高いのは何となく感じていたが、感応力の数値がずば抜けて高かった。計測していない者もいるから分からないけど、恐らくこの本丸内で一番なのでは。
「これなら夜警に出ても問題なさそう。人手が足りない時にはお願いします」
「それは構わんが、人の話を聞け」
「聞いてますよ。良好な結果で何よりです。いざという時に短刀たちと連携がとれるよう、手合わせにも積極的に入ってください」
後でへし切長谷部にも伝えて、ローテーションの調整をしてもらわないと。
「じゃ、私は用があるので失礼します」
「おいこら、切り替えが早過ぎるぞ」
「付いてこないでください」
「嫌だと言った健康診断を受けたんだ、それくらいは融通しろ」
「いちいち見返りを求めないでください。子供ですか」
「似たようなもんだろう、こっちはまだ生まれて十日だ」
「ご本体は私より遥かに年上ですよ」
「それとこれとは話が別だろう」
結局、その日は一日中、鶴丸国永に付き纏われた。
四度目の夢を見た。
大倶利伽羅はやはり私を呼び留めるだけで、なかなか次の言葉を発しない。
その代わりに、フッと笑ったのが見えた。
「君、リップクリームとスティックのりを間違えるとはなかなかやるな」
「は」
「歯磨き粉と洗顔フォームの取り違えなら聞いた事があるが、リップクリームはそうそうないぞ。だいたい、大きさが違うじゃないか」
「今の生活に随分しっかり対応してますね。本当に権限十二日目なんですか?」
「俺は柔軟なんだ。それより君、この話は伽羅坊も気に入っているようだったぜ」
「嬉しくありません」
「そう言うな。昨日、この話を聞いた時にな、たまたま同席していたんだ。俯いて肩を揺らしていたよ」
「楽しんでもらえたなら良かったですよ」
半分は本心だった。不愛想の極みみたいな大倶利伽羅が、他の連中の談笑風景に参加しているところなど、想像するだけでも難しい。けれどまぁ、伊達刀同士、その辺りは他よりも敷居が低いのか。
考えてみれば、燭台切光忠は厨だ何だと忙しく立ち働いてもらっているし、太鼓鐘貞宗はまだうちに来ていないのだから、鶴丸国永が来てくれたのは、実は結構ありがたい事だったのかもしれない。
俄かに感謝が芽生えて鶴丸国永をじっと見れば、向こうは向こうで何故か唐突に警戒心を出し、たじろいだ。
「おう、なんだ。何か文句があるなら言ったらいい」
「いえ別に」
「別にとはなんだ。はっきりしない奴め」
普段通りのやや険悪な空気に戻ったところで、失礼します、と声がした。
「あぁやっぱりここにいた。主君、鶴丸さんをお借りしますよ。鶴丸さん、午後の演練に向けて、あとちょっとだけ練習しませんか」
声の主は秋田藤四郎だった。反射的に時計を見て、そういえばあと一時間程で午後の演練に出なければならないと気付く。
「おぉ、例のあれだな。承知した」
サッと腰を上げ、親し気に、秋田藤四郎の小さな肩に手など置いたりする。
「主よ、午後の演練を楽しみにしていてくれ」
自信満々にそう言い残して出て行った。
……まぁ、秋田藤四郎はうちの古参だし、大丈夫だろう、多分。
午後の演練に出る部隊を見送り、執務室へと戻る途中、廊下で大倶利伽羅とすれ違った。
彼は私に声を掛けず、チラリと見やっただけで行き去ろうとした。いつもと変わらない振る舞いだった。
ふと思い立ち、彼に声を掛けた。彼は無言で振り返り、こちらを見た。
私は少し後悔した。何の台詞も用意していなかったのだ。
「何の用だ」
痺れを切らしたらしい大倶利伽羅が言った。これでは夢の中とまるきり逆転ではないか。それと同時に、先日の明晰夢は大倶利伽羅本人とも混線している可能性が高いと思い出し、途端に居心地の悪さが倍増する。
「……、じきに午後の演練です」
他に思い付かず、そう告げた。
「あぁ」
正直、驚いた。もっとこう、「だから何だ」みたいな、愛想のない返しをされるとばかり思っていた。
「鶴丸国永が秋田藤四郎と何やら企てているらしいのです。何か聞いていますか」
「言うなと言われている」
どちらにだろうか。
「どうせ、楽しみにしていろと言われたのだろう。ならそのようにすればいい」
「……なるほど、そうですね」
夢の中以上にフワフワと不安定な心持ちであった。在席は長いはずだけど、今までほとんど会話が無かったせいか、話せば話す程どうにも落ち着かないような感じがあった。
「では、行ってきます」
「あぁ」
大倶利伽羅は特に気を悪くした風もなく、いつもと変わらぬ様子のまま、私に背を向けて去った。
その後。鶴丸国永と秋田藤四郎は、演練にて予想通りの素晴らしい連携を見せたのだが、
「見たか主よ、俺たちの必殺技を!」
「二刀開眼にだって引けを取りません!」
「そうだね。秋田藤四郎、ありがとうございます」
「おい、俺を無視するな」
「あなたは一度誉めたらずっとそれを言いそうだから誉めたくありません」
「本当に正直な奴だな、吃驚だ」
結局、鶴丸国永は私が誉めるまで同じ事を言い続けたのだった。
五度目に見た夢で、大倶利伽羅は私にこう言った。
俺を選べ。
シンプルな要求だ。恐らく、会話がしたいという要求を現実で満たした為に、より詳細な情報が出てきたのだろう。亀の歩みのように遅い進展であるが、分かれば何て事もない。
要するに、大倶利伽羅は私に対して、もっと出陣させろと言いたかったのだ。直接言えばいいものを。私は五回見た大倶利伽羅の夢を全て、夢枕であったと結論付ける事にした。
他にも同じ意向の者は多くいそうだが、夢にまで出るという事は余程の要求に違いない。少し迷ったが、無理な注文ではないのだし、折角だから叶えてやりたい。私は、組み分けの担当をしてくれているへし切長谷部に、ひとまず相談する事にした。
「大倶利伽羅、ですか」
「うん。ちょうど鶴丸国永も演練デビューが終わったとこだし、伊達繋がりで一緒に入ってもらうのはどうかなって」
「なるほど、承知しました。明日以降の組み分け表を調整しましょう」
「話が早いなぁ。大丈夫だと思います?」
「えぇ、良いご判断かと。ややこしい任務であればある程、よく見知った者同士の方が都合がよい事もありますからね」
「よかった。ちょっと急だけど、お願いします」
よしよし、これできっと大倶利伽羅の夢はもう見ないはずだ。
彼を嫌だと思う訳ではないが、誰かの願望を映した夢など、余り見たいものでもない。
「お、なんだ、組み分けの話か?」
「鶴丸国永、どこにでも首を突っ込まないで」
「それは俺の勝手だろう。明日の出陣か? まさか俺を外しはしないよな」
「明日の部隊に大倶利伽羅を入れるという相談だ。主のご配慮に感謝しろ」
「そうか」
余程嬉しいのか、鶴丸国永がにんまりと笑った。
「なぁ主、この件、伽羅坊とは話したのか」
「いえ、話してません。未定だったので」
「なら話して来い」
「こら、主に指図をするな」
「硬い事を言うな。こういうのは必要だろう」
「まぁ確かに、一理あります」
「それにしたってお前が言う事か」
「いいよ、ありがとう。大倶利伽羅には私の方から簡単に伝えます。詳細の連絡はお願いしますね」
「仰せのままに」
大倶利伽羅への伝達も済み、執務室へ戻ってメールチェックをしていたら、再び鶴丸国永が姿を現した。
「何だその顔は、そう嫌うな。伽羅坊とは話したのか」
「話しましたよ」
「どうだった」
「どうって、別にどうもしませんよ。納得していたみたいだし」
「そうか。他には何か無いのか」
「ありません」
「なんだ、つまらん」
「面白くする為に話しに行った訳ではないので」
「まぁそうか、仕方がないな。君らは会話に向いて無さそうだし」
「失礼な。大倶利伽羅はああですからまだ分かるとして、私はちゃんと会話ができます。『君ら』と纏めて言わないでください」
「君のはあれだ、言葉数は多いけれども拒む節があるだろう、それだ」
「あなたはうるさいから特別に拒んでるんですよ」
「悲しい事を言うな。泣くぞ」
「他所で泣いてください」
「伽羅坊は、少し難しい奴かもしれないが、悪い奴ではないからな」
「知ってますよ」
それに比べて、とでも言いたいのだろうか。
「そう習ったか」
「彼は秋田藤四郎と同じくらいには古株ですから」
ほんの少しの負け惜しみを含めてそう返した。ここ数日で少し印象が変わったなどとは、口が裂けても言いたくない。
「そうか、そうか」
にんまりと笑い、
「よし、今日はこの辺りで下がるとするか。邪魔をしたな」
「本当に。あまり気軽に来ないでください」
「いいじゃないか、また来るよ」
上機嫌で腰を上げ、執務室を出たと思ったらまた顔を出し、
「後で伽羅坊を手伝いに来させよう。この間は随分と捗ったそうじゃないか。つまりあいつが適任って事だ」
と、そう言い残して去って行った。
何と勝手な奴だろう。大倶利伽羅が横にいて、のんびりと作業ができる訳ないだろう。無言の圧力のせいで無駄に捗ってしまったというのが実際のところなのだ。
感応力があれ程に高い癖して、私の意志は汲み取ろうとすらしないのだから、困ったものだ。いつものように溜め息をつき、それから急に閃いた。
そうだ、確か大倶利伽羅の夢を見るようになったのは、鶴丸国永が顕現してからの事だった。感応力の高さ、加えて彼の日頃の言動を思い出す。
……あいつ、私の夢を弄ったな!
私は大急ぎで席を立ち、声高く鶴丸国永の名を呼び付けた。
(おしまい)
- 5 -
*前次#
ページ: