手引書異変 1

© 2019 sasori_bi

 玉石混同、何の役にも立たないくだらない雑学から、商売の元になりそうな魔法道具の設計図、膨大過ぎて実行が危ぶまれるほどの壮大な国政案――本当に種別なく、容赦なくぐちゃぐちゃに詰め込まれている。綴られて冊子になっていればよし、雑に紙片に書きつけられて前後が存在するのかどうかもわからないものなど珍しくなく、それが半端に興味深かったりすればもう前後の内容に気を散らされ、捜索に絶望する。

 そんな《地の底》と呼ばれる、会員に限って開かれた地下の一階層の中で、その日ユージオは一冊の本を目に留めた。

「……また誰か散らかして行ったのか?」

 何人いるかもわからない人の出入りのために、物が移動されていることはしょっちゅうだ。油断するとすぐに長椅子が埋まるので、座るためにまた無造作に物を移動させ、さらに散らかる――完全に悪循環だった。

 絶対に片付けた方がいいのだろうが、何しろ出入りが限られているので、限られた中から人手を用意するのが困難だった。かといって中途半端に片づけを始めると、また誰かが空いた空間に物を散らかすのだから負の連鎖だ。

 とはいえ、こんな本があっただろうか――と思いながら手に取って、先ほど作った長椅子の空白に腰掛けていると、壁際の机に向かっていたユキシロが振り返る。

「ああ、さっき誰か来ていたな」
「誰か……グレットか? それともギレン先輩……いやまあいいか。ええと……」

 出入りの何人かとは面識がある。通常は接点のない中等部の方の生徒や、時々校舎内ですれ違う先輩。だが、今はそれもどちらでもいいことだと、ユキシロの曖昧な認識を追求することはしなかった。

 だが、本のタイトルを目で追ったユージオは、盛大に眉をひそめて冷ややかな眼差しに変わる。

「……最低……」
「? 何だって」
「……色事の……手引…書……」

 実際の題名については異なっているが、概ねそう言う内容の本だった。
 ユージオは思い切り嫌悪を丸出しにするが、振り返ったユキシロはさほど動揺することもなく言い放つ。

「まああっても不思議はないな。結婚するからと必要に迫られる奴もいる」
「……いいとこのご令息は大変だな」
「あと夜会に行くからだの、先輩に馴染みの娼館を案内されるからだの」
「馬鹿じゃないのか……」
「身持ちが堅いのもまあ悪いことじゃない」

 頭を抱えるユージオの様子にも、ユキシロはさほど頓着する様子はない。

 馬鹿馬鹿しい、さっさと研究資料の山の最下層にでも埋めて二度と発掘されてこないようにしてやろう――と一瞬思ったユージオだったが、その行動は途中で止まった。色事の手引書。何しろ見たことがない。自分の未知の情報がそこにある――と思うと、幸か不幸か好奇心がなくはない。ついでに少々、というかむしろこちらの方が主な要因で、自分事で思うところがなくはない。
 少しの躊躇の後、おもむろに長椅子に掛けて頁をめくり始めたユージオに、ユキシロが声を掛けてくる。

「読むのか」
「……興味があるわけじゃなくて……」
「君の自由だ」

 特に冷やかすでもからかうでもなく、ユキシロは自分の書きつけの方に集中している。その反応に幾らか救いを得ながら、ユージオはぱらぱらと頁を捲ってその内容を浚った。

 ――数分と経たない内にぱたりと本を閉じると、その気配を悟ったユキシロがまた声を掛けてくる。

「どうだった。感想は」

 ユージオはぐったりと頭を抱えて長椅子の肘掛けに凭れた。最後まで読んだはいいが、慣れない情報に頭の中を引っ掻き回された気分だった。

「……世の中、何事も奥が深いな……」
「受け付けないものをわざわざ無理して読むこともないだろ」
「……そうなんだけど……」

 わかってはいるのだけれど。

 おそらく彼も同じことを言うだろう。別に無理しなくていいと言うに違いない。わかっている。わかっているが――そうも言っていられないのは、あまりにも自分が至らないということを常日頃感じているからだった。

 本を投げ出して深く溜め息を吐いていると、ユキシロが振り返って尋ねてきた。

「さては内容に用事でもあったか?」

 どう答えても藪蛇な問い掛けに、ユージオは大いに顔をしかめながら。

「……そういうんじゃないけど」
「ふうん?」
「本当に……そういうんじゃ」
「大事な人間がいるんだったか」

 いつそんな話をしただろう。いや、したかも知れない。確か会って間もないその日のうちに。

 救いといえばやはりユキシロがそれほど興味深そうな反応を示さないことだが、それにしたってどう答えていいのかと大いに逡巡しながら。

「…………いや本当に、これじゃ全然参考にとか、ならないし」

 頭を抱えたままで、ユージオは低くそれだけを答えた。






 ――正直言って、色事が不得手だ。

 拙いというのも確かにある。ただ、それ以上に苦手意識ができた。恥ずかしいのかも知れないが、時折よくわからない衝動が込み上げてきて、どうにかなりそうなことや、自分がどんな醜態を晒しているのか想像できないのが落ち着かない。かといって理性が残っていても、自分の声や反応がどうにも受け入れがたく、どちらでも同じことだった。いくらかブドウ酒か何かで誤魔化してみても、翌日には冷静になって居た堪れなくなるので同じことだった。
 日常と切り離すようにしているから、余計にあの時の空気や体温が異常なことのように感じる。

 したいと思うこともある。けれど、そんな自分を理性が受け入れられない。嫌いではないのに、不快でないことが不快だ。

 それが非日常であるほどに、ますます苦手意識は募って、クランカイトもそれは気付いていて。
 だから、彼に辛抱をさせているとも嫌というほどわかっていた。




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