魔法使いとブリード教 1
© 2019 sasori_bi 国内各地に建立された火を祀る礼拝堂は、今日は同じ年頃の少年や少女らの姿で賑わっていた。
祭祀が執り行われるこの日、その年に初等学校へ就学したばかりの子供が、初めて礼拝堂で洗礼を受けることになっている。そのために、教師の引率で半ば義務的に連れて来られたのだ。
どの子供もほとんど例外なく片耳に耳飾りを付け、広い吹き抜けの礼拝堂内で座っている。その身体は中心に立つ司祭の方へと向いている。自分たちが新しい階段へ足を踏み出す好奇心に瞳を輝かせながら、大人しく口を噤んでいた。
礼拝堂の司祭――それほど若くはない。白い祭礼服を纏った初老の男だ。彼は子供たちの視線を受けながら静かに語る。
「このガレシア王国は古来よりブリード教の信仰によって安寧を築いてきた国であり、ブリード教は我々ガレシア国民の、生きる上の指針となる教えです」
男の話を聞きながらも、どこか子供たちは上の空だ。
皆、司祭の話よりもこれから自分たちが行う洗礼――拝火の儀に興味があった。大人たちが皆日常的に行っている当然のしきたりへ、ようやく自分たちも参加できる。大人の仲間入りができる。そんな子供特有の憧れを持って浮足立っていたのだ。
そんな周囲とは馴染まない気持ちで、一人の少年は退屈顔をしていた。
長い金の髪に、翠の瞳を持った少年だ。周囲の子供たちと同じく、初等学校の黒いローブを身に纏っている。身体をすっぽりと覆うような、丈の長いローブだ。その裾と同じほど長い金の髪は、礼拝堂の中心に燦然と燃える炎に照らされて、まるで赤い川のように床上に広がって輝いていた。
その眩い髪とは裏腹に、少年の瞳に光はないが。
「ガレシア王国を築いた初代ガレシア国王、スヴァローグ�T世が推奨し、以来この国の歴史と共に歩んできた教えです。ですが、ブリード教の始まり自体は建国以前に遡り、名前の由来になったブリードという賢者が説いたと言われます」
もう何度聞いた話だろう――と少年、クランカイトは内心で呟いた。
学校教育の中で散々聞かされた話を、この上さらにわざわざ場所を移して聞かされるとはたまらない。周囲は拝火の儀への好奇心で目を輝かせているが、残念なことにクランカイトの親はそれほど信仰厚い人間ではない。三日に一度の拝火の儀も億劫そうに渋々向かっていくもので、それを見て育ったためか、クランカイト自身もあまり儀式に対する羨望というものがない。面倒な儀式に学校ぐるみで連れて来られたという程度の意識だった。
周囲を見る限り、そういう考えはどうやら少数派のようだが――
「これは我々に与えられた力――皆さん、わかりますね。我々人間のみに与えられた、魔法を操る力です。これは最高神であるアスラという男神より人間に賜った力。そして、スヴァローグ�T世はその力でもってこのガレシア王国を興し、ブリード教の振興に努められました」
クランカイトはこっそりと周囲に視線を巡らせた。司祭の謳うブリード教云々はともかく、礼拝堂に入るのはこれが初めてだったからだ。
礼拝堂という場所は、祀られた御霊代である聖火に子供が間違って触れないようにと、ある程度の分別が付くまで立ち入りを禁じられている。火傷の心配もそうだが、それより万が一にも聖火を消してしまっては一大事だからだ。だからクランカイトも例に漏れず、この年齢になるまで礼拝堂に足を踏み入れる機会はなかったわけだが――
礼拝堂は頑丈な石作りで、壁にはびっしりと文字が刻まれている。古い文字で解読できそうにないが、これはブリード教の聖典の内容を刻んだものらしい。聖典については学校で学ぶことになっているが、要するに最高神アスラとそれに列する神々のこと、そして司祭が今まさに話している、人間のことや魔法のことに触れられているようだ。
「魔法の力は、世界を豊かにするための神の代行という役目を担った人間が、特別に授けられている力です。我々人間はその力を正しく行使し、自然を守り、調和し、ともに歩んでいかなければなりません」
が、暇を持て余して壁面の模様をぼんやりと眺めていたクランカイトは、吹き抜けの二階にちらりと覗いた人影を見つけて瞬きした。
見間違いでなければ黒いローブを着ていた。自分たちと同じ初等学校の制服だ。であればおそらく、自分たちと同じ洗礼に来た者だろう。クランカイト同様、話に飽きてこっそりこの場を抜け出し、一人で高みの見物と決め込んだか。
「レイン」
クランカイトは隣に座る少女にそっと耳打ちした。
隣にいる少女もまた例外なく黒いローブを纏っている。そして、クランカイトと同じ長い金の髪を持っていた。顔の造りは瓜二つだが、隣の少女の方が輪郭や目、表情の端々が若干柔らかい。
そして何より左右で色の違う、金と水色の瞳が特徴的だった。
少女――双子の妹であるフローレインは、クランカイトを見て不思議そうに左右で色の異なる瞳を瞬かせた。
「どうかした?」
「ちょっと抜けてくる。すぐ戻るから、黙っててくれ」
「ええ? 大丈夫ー……?」
不安げな顔をするフローレインに「大丈夫、大丈夫」と投げやりな返事を返しながら、クランカイトは大人の姿を確かめる。
礼拝堂内にいる大人は引率の教師が数人と、礼拝堂に務める巫女たちだ。だが、彼らもまた司祭の話に耳を傾け、子供たちの姿は見ていない。
こちらに視線が向いていないことを確認すると、心配するフローレインをよそに姿勢を低くして、クランカイトはこそこそと礼拝堂の壁際へと向かった。
© 2019 sasori_bi
prev / next