不可視の幸福 5
© 2019 sasori_bi
ようやく頭が冷える頃には、ユージオは意識があるのかないのか分からないという状態だった。意図してかそうでないのか、散々煽られて手加減を放り出したために、ことが終わって少し経っても身動きが取れないまま、寝台に横たわって無言だった。
やってしまったなとさすがに後悔しながら身体を拭ってやり、それが済むとユージオの隣に寝転がる。
そして、頭の隅に引っ掛かっていた疑問をようやく尋ねた。
「いつもあんまり乗り気じゃねえと思ってたんだが。……何かあったか?」
羞恥心の強い彼らしからぬ言動ばかりだった。正気ではあったと思うが、何もなかったとも思えない。
欲に目が眩んで後回しにしてしまったことも含めて悔いながら尋ねると、ユージオは閉じていた瞼をゆっくりと上げた。その焦点がクランカイトにもどこにも合っていないのは、まだ余韻から覚めていないからだろうが。
「ユキシロの話していいか」
「うーん……まあわかった」
こんな時に他の男の話をするなんてと詰る前に先手を取られた。その辺の経験値だけはしっかり積みやがってと思いながらも、クランカイトは他に返答もなく大人しく頷く。
「どうしたんだ」
尋ねると、ユージオがクランカイトの手を掴んで、ぎゅっと指を握った。
「……不特定多数の人間とこういうことをするのだと、ユキシロが言っていた」
以前会った、ユージオがやたらと懐いていた先輩だった。黒い髪に紫の目をした、異国の血を引く容姿の学生。何となく、背格好は少しだけユージオに似ている気がしたけれど、それ以上に――拭い切れない倦怠感が付き纏っている人だと感じた。
ユージオの言葉を聞いて、驚くよりも納得するのが先立った。いつかに寮長のノイシュが言っていた『交友関係が健全でない』というのがそういう意味だったのだろうと、今になって合点がいく。
ユージオは掠れた声でぽつりぽつりと言葉を続ける。
「誰も彼も同じで、差異も優劣もなくて、どうでもいいんだと。手段――代替手段でしかなくて、他の意味はないんだと。その……利点すら、よく分からないと」
「利点……」
ぼそりと繰り返したクランカイトに、ユージオは小さく頷く。
「何も言えなかった。たぶん、何を言っても伝わらない。そもそも知らない、関心すらないものを、俺がどう言ったって届かないし――でも俺じゃユキシロにそういうのを教えられない。俺はあんたじゃないと駄目なんだから」
愛されること。愛すること。そうしようと努力することはできるだろう。けれど、元々そんな感情を知らない。知ろうとも思わないならば、求めることもない。そこにあっても分からない。
愛することが目的で、交わるのは一つの手段だ。しかし、そもそも目的がないのだから、その手段は意味がない。何かの大体手段だというものに、端から意味など求めてはいないのだろう。
それを哀しく思ったユージオの気持ちがなんとなく分かる気がする。
「……自分に何もできないくせに、誰かどうにかしてくれればいいなんて、そんな無責任なこと思う自分が嫌になる……」
「ユージオ」
「あれじゃあんまり寂しすぎる」
いつかの自分と重ねたのだろうか。母を亡くして一人になった幼い自身が、そのまま育ったような姿を見たように思ったのだろうか。
ユージオはごそごそと身動ぎして、クランカイトの懐に潜りこんでくる。背中に腕を回して首元に額を擦り付け、囁くような声が言う。
「こんなに温かいのに」
――誰の体温でもいいわけではないのだ。特別に思う相手でなければそう思わない。
ないことが想像できない。したくもない。
ユージオは抱き締めてくる腕に力を込めた。
「こんなに――幸せなのに」
それがないというのは、どれほど空虚なことだろう。そう思うと自分の胸までどこか少し痛む気がした。
同時に、彼らしからぬ甘えの対象が他ならぬ自分であることに、後ろめたい優越感を覚えながら。
「……そうだな」
クランカイトはユージオの背に腕を回して、その身体を抱き締め返した。
© 2019 sasori_bi
prev / next