魔法使いとブリード教 7
© 2019 sasori_bi クランカイトとフローレインは、その日以来宣言通りユージオと一緒に行動するようになった。
何がそこまで気に入られたのかはわからない。だが、クランカイトはユージオの詰め込んだ授業を一緒に受けるようになったし、フローレインも授業が重なった時には一緒に受けるようになった。自然と三人でいる時間は多くなり、初めこそやっかまれたが、そのうち誰も気にしなくなったし、ユージオ自身も陰口が耳に入らなくなっていった。
よく三人一緒に学校の外へ出掛けるようにもなった。
二回目以降になる拝火の儀は、極端に慎重になったフローレインが初日のように失敗することはなかった。三人で一緒に礼拝堂へ通い、三日に一度の決まり事をつつがなく済ませ、その足でよく王都の街を見て回った。
ガレシアの王都は華やかなもので、行商の露店や食べ物の屋台が絶えず並び、多くの人が行き交う。その人通りは、子供の背の丈ではよく人波に埋もれてしまうほどだ。はぐれた際の待ち合わせ場所を決めてから行くこともしばしばだった。
屋台で買った食べ物を分け合って昼食をとったり、時には授業を抜け出して魔法道具の露店を眺めたり。街の小路に隠れ立つ古書店を覗いて、面白そうな魔導の書を探したりもした。いわくでもついていそうなそれらは大抵が偽物で、クランカイトがあからさまに白けながらも蒐集するのだった。
夜になると魔法道具のランタンが街中を照らす。時には花火が夜空に打ち上げられ、星明りを掻き消しながら歓声に満たされる。王都は毎日祭りでも行われているかのような賑わいだ。
街の外に出れば対照的に緑が豊かで、見上げても頂点が見えないような巨木の森が現れる。ブリード教は自然を守ることを美徳とし、魔法で多少の手は加えられていたが、それによって自然を荒らす必要はなく、人間の営みとうまく融和していた。
三人で湖のそばで遊ぶことも多かった。湖のほとりは静かで、ときおり草食の獣が迷い込んでくるが、人の通りは少ない。その場所でこっそり魔法の練習をした。クランカイトの悪趣味が高じた魔導書を実際に実験することもあるし、授業で習ったものを試したり、その応用で実験的な魔法を使ってみたりした。大人の目を掻い潜って散々好き放題に実験をする。そうでなければ授業に関係する議論をあれこれ交わしたりもした。好奇心が磨いた研鑽の日々だった。
ある日には湖のほとりの木の下に、鳥の雛が落ちていた。
かろうじて毛が揃った小さなカラスだった。目は開いているが、飛べるほど育ってはいない。三人で囲んだ雛に、フローレインが手を伸ばした。
「あっバカ……」
「落ちちゃったのかな。どうする?」
雛を拾い上げたフローレインは、見つけた張本人であるユージオの意思を伺う。下手に触らない方がいいのにと思いながらユージオはこめかみを押さえた。
「どうもこうもない。夜には野犬の餌になって終わりだ」
「終わりなんて嫌だ。どうにかして助けられない?」
返事に詰まるユージオの代わりに、クランカイトが雛を覗き込んで言う。
「この大木をどうやって登る気だ? 魔法でも使うか?」
ユージオの言いたいことをそれとなく代弁してくれた。
おそらく、雛が落ちていた場所に一等近い木の上に巣があるだろう。だが、ここらの木はどれも腕を回しても届かないほど大きな木だ。幹は太く、一番低い枝ですら頭上高くにある。足を掛けて登るのは難しいだろう。鳥の雛を持っていればなおさらだ。
「魔法を使うにしたって、人間に直接魔法を掛けることはできない。まあ――戻したところで助かるとも思えないな」
「どうして?」
「怪我してる。おおかた他の野鳥に狙われでもして落ちたんだろう」
ユージオも同意のために頷いた。雛の腹の辺りは羽が毟られ、赤く血が滲んでいた。下で狙われたのならとっくに餌食になっている。となると、落ちる前についた傷なのではないかと推察するのは、何の不思議もない。
だが、フローレインは納得できないというようにむっとして、手のひらに乗せた雛を高く掲げた。
「『創造を司りし聖なる霊の愛智以て、厚き御心を仰ぎ奉り、聞こし食せ』」
癒しの祝詞だ。詠唱とほとんど同義ではあるが、魔術で使うことはない。
魔法の口上を謡うフローレインの手の平の上で、ひらひらと雪のような細かい光の粒が廻る。魔法が発現した証しだ。
「『かしく、顕し給え』」
光は雛の身体に吸い込まれ、静かに輝きは消えていく。
両手を下げたフローレインは、雛をクランカイトへ突き出すようにして見せる。無残に抉られた傷はすっかり消えて、そこには産毛が揃っていた。それを見せるフローレインはどことなく満足げだ。
「これでどう?」
変幻自在のフローレインの魔法は直感的で、想像をそのまま具現させる力がある。身の内にあるらしき膨大な魔力が、それを操る感性を知らず磨いているのだろうか。どんな魔法も使い方さえ知れば難なく使いこなしてしまう。
ユージオは内心で感嘆を上げる。一方のクランカイトは顔色を変えなかった。
「で、どうやって戻す?」
フローレインは無言でそそり立つ木を見上げた。
少しの間巨木をじっと見上げて、そのうち途方に暮れたように俯いた。首が痛かったのかも知れない。
「……カイトなんかいい方法ないの」
「ない」
「ユー……」
「無理」
「意地悪だ……」
立て続けにきっぱりと切り捨てられ、フローレインは不満げに悪態を吐いた。クランカイトは試すような問いを投げる。
「手段があって戻せたとしても、ひとの匂いが付いた時点で、そいつはもう親が育てることはない。戻したとしても餌になる。野犬か親か、どっちに食われるのがましだろうな?」
クランカイトの言葉は正論だ。フローレインが触れて、治してしまった時点でもう遅かったのだ。自分たちで対処できる範疇も超えている。
「――もう手遅れだ。諦めろ」
ユージオは冷たく背を向けた。耐えきれないというように目を瞑る。見捨てるのは本意ではない。けれど、自分たちの手に余ることであるという判断は間違っていないと思っている。厳しいようだが、それが自然の法則だ。
その雛は運が悪かった。どうあっても巣から落ちてしまえば結果は同じで、たまたまユージオたちが見つけたか、見つけなかったかの違いしかない。そう思うしかない。
だが、小難しい顔をしていたと思ったフローレインは、急に名案という明るい表情に変わった。
「わかった。じゃあ私たちで育てよう。拾った責任で」
「「はあ?」」
ユージオとクランカイトは声を揃える。
どうする、という呆れ気味のクランカイトの視線を受け、ユージオは身体の向きを変えて振り返る。
「俺は拾わない。礼拝堂で面倒見られてる立場で、育てられもしないのに軽い気持ちで命を拾ったりできない」
言って、ゆるりと目を伏せる。
「……それに、人の手で育てるともう、野性に返すことはできない。そいつは巣から落ちた時点でもう生き延びる可能性がないんだ。元の場所に戻せ、レイン」
「じゃあ私が育てる」
フローレインはあくまで突っぱねる。
「自然を大切にする、自然の生き物を守るっていうのが私たちの存在意義だって、礼拝堂の先生に聞いたでしょう。ここで見捨てたら神さまに恨まれるよ。だから戻さない」
「落ちて野犬の餌になるのが自然だってことだよ。人間が手を出した時点でそいつは単なる家畜に成り下がる」
「でも見殺しにできない」
クランカイトに対しても、フローレインはきっぱりと退けた。
「責任持てばいいんでしょう。この子がちゃんと生きて、寿命をまっとうするまで、私が責任持つ。――ここで死なせたりなんてしない」
金色と水色の瞳が真っ向から二人を見据えてくる。確固とした意思が表れた瞳だ。てこでも動かないと見てユージオとクランカイトは顔を見合わせた。
クランカイトがやれやれというように肩を竦める。
「餌、虫とかだけど我慢できるのか」
「〜〜〜〜〜〜ッする!!」
ユージオも「糞の始末とか」とさらに駄目押しするが、フローレインは「するから」と力なく答えて、やはり雛を手放さんと抱き締める。
渋い顔をして溜め息を吐くユージオに、フローレインはずいと一歩詰め寄った。
「だから、せめてユージオは見つけた責任ってことで名前を付けて」
両手に持った雛をずいと差し出されて、ユージオは怯んで一歩後ずさる。カラスの雛のつぶらな瞳と目が合ってますますいたたまれなくなった。
「その理屈はおかしい」
「ま、そのぐらいはしてやってもばちは当たらないんじゃないか」
可笑しげな声音のクランカイトを睨み付ける。
「裏切りやがって」
「少しぐらいの譲歩は円満な解決の確率を上げるぞ」
「うるさ……正論を止めろ」
確かに名前を付けるぐらい大した問題はないし、ユージオが面倒をみなければならなくなるわけでもない。ここでさらに突っぱねて、後々『名前も付けてくれなかった』と恨み言を言われるのも困る。
少しの間押し黙り、雛から目を逸らしながらユージオはぽつりと呟く。
「……『ネヴィン』だ」
これでいいか、と不機嫌顔で尋ねると、フローレインは対照的に満面の笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
フローレインの上機嫌が伝わったかのように、カラスの雛――ネヴィンも小さく鳴き声を上げた。
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